妖(あや)し瞳の、艶姿

冴月希衣@商業BL販売中

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番外編(参)

甘雨を仰ぐ【一】

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 青草が、夏風に舞い上がる。


 まんべんなく照日てるひが広がる庭を行けば、数株のはちすが風に煽られ、揺れている。中島に架かる橋で立ち止まると、先ほど宙に舞い上がった夏草が蓮の向こうに飛んでいった。

「うあぁ、暑いなぁ。なんだ、この暑さは。さすがの私も少しばかりふらついてしまいそうだ」

「だらしないですね。この程度の暑気で弱音を吐いて。あなたは丈夫なだけが取り柄でしょうに」

 目に眩しい澄んだ空を背後に従えた相手が背を丸め、ふにゃふにゃと欄干に縋りついているものだから、私の対応は醒めた視線を送るのみ。

「なんだとー? 朝靄にそよと揺れる卯の花に喩えられたこともある建様に、なんたる暴言だ」

「卯の花に喩えられるですって? あなたが? あぁ、あれですね。邪気祓いの花ですからね、卯の花は」

 ふにゃふにゃから一転。今度は肩をそびやかして、ぷくっと頬を膨らませる。わずかな間にくるくると表情が変わる。全く、面白い人だ。

 面白いけれど、その感想は胸にとどめたまま、呆れ顔に無愛想な声を乗せ続ける。

「あなたを見れば、鬼もそそくさと逃げ出すことでしょう。有り得ない失敗を次々としでかす迂闊さが移っては、鬼と言えど、堪らないでしょうからね」

「うっ! 確かに先刻もつまらんしくじりをしてお前に迷惑をかけてしまったが、鬼も逃げ出すほどの失敗ではなかった……と思う。そもそも、私が言いたかったのは、丈夫な身体以外にも取り柄はあるんだぞ、ということで!」

「あー、はいはい。わかっていますよ。失敗の鬼、という取り柄ですね」

「ちがーう!」

 ——ぺちんっ

 建殿の叫びと、その両手が欄干に叩きつけられた音が同時に響いた。それが合図。

「ふははっ」

「ふふっ」

 一瞬の沈黙ののち、それまで堪えていた笑いを互いに漏らす。

 庭を散策する間の軽口の応酬は、私たちの常の姿。はたから見れば喧嘩しているだけに見えるだろうが、互いに納得済みで掛け合いを楽しんでいるひと時だ。

 普通の恋人同士はこんなことはしないが、同性の私たちは一般的な恋人の枠には嵌まらない。異端なのだから、構わない。



「光成ー。お前の嫌味、今日も冴え渡ってたなぁ」

「それは褒め言葉ですか? それとも、私は喧嘩を売られたのでしょうか」

「もちろん、前者だ。私がお前に喧嘩を売るわけがないだろう? そんな暇があったら、しっかりと手を繋ぐぞ」

「手を繋ぐだけですか?」

「腰を抱いて、身を寄せ合っても良いだろうか」

「合格です」

「おぉ、こんなに簡単に合格した。正直な欲望を口にしただけなのに」

「だから、ですよ。私たちが二人きりで過ごせるのは、蔵人くろうどの任から離れた今だけ。時を無駄にしない率直な望みをあなたはさらりと口にされたのですから、合格は当然です」

 余計なことをしている暇があったらお前と手を繋ぐと言われて、私がどれほど嬉しかったか。あなたは自覚なさっているのでしょうか。

「そうか、そうか。合格は当然か」

「はい。——ですが」

「え?」

「場所は選ばねばなりません。今、私たちがいるのは池庭に架かった反橋そりはしの上。こんな目立つ場で抱き合えば、家人の注目の的です。そういうわけで、この手はお離しください。ほら! さっさと離れる!」

「痛っ! 光成っ、何発叩くのだ。私の手はとっくにお前の腰から離れているというのに」

「あ……申し訳ありません。叩きやすかったもので、つい」

「叩きやすいって何だ。私の手は楽太鼓がくだいこではないぞ」

「あぁ、はちすが美しいですねぇ。先日、北山のゆかりの寺から分けていただいたのですよ」

「無視するなーっ」 

「あー、はいはい。ところで建殿。蓮の傍まで行ってみませんか? 手だけ、そっと繋いで」

「……行く」

「ふふっ。では、参りましょう」

 堪えきれない笑いが、短く漏れ出る。

 ぐるぐると両手を振り回して抗議していたのに、手を繋ぎましょうという私の提案に即座に頷いてくださるこの人の切り替えの柔軟さには、尊敬の念とともに、愛おしい笑みが浮かんでしまう。

 愛しい人だ。

 性格の悪い私と違って、おおらかで素直。呆れるくらいのお人好し。そこが愛しい。

 呼吸をするように自然に、さまざまな失敗をしでかしてくれるけれど、そこが歯痒くも愛おしい。

 実はまだ不服だぞ、と言いたげな、ほんの少しの膨れっ面を見せつつ、きぬの袖の内で指をしっかりと絡め合うことをしてくれるこの人を、私はとても好きなのだ。

「建殿? あの……蓮の花茎の陰に隠れていれば大丈夫、なのではないでしょうか。少しくらいであれば、その……口づけても、誰にも見られないと思いますが……いかが、ですか?」

 とてもとても好きだから、邸の庭という開放的な空間であることを承知の上で、自ら口づけをねだるという、『光成らしくない』ことをしてしまうのです。


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