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第一章
待ち合わせ
しおりを挟む眼前に広がるのは、鮮やかな紅梅の群れ。今を盛りと咲く花々に降り注ぐ陽射しは、どこまでも柔く優しい。
ふと思い立って、⽊々の間を進む⾜をいったん⽌めた。その場で⼤きく深呼吸。
「梅花の薫りって、こんなに芳しいものだった? 今まで知らなかった」
ここに来るのは初めてだから、だろうか。
気まぐれに吹く⾵が運んでくる花⾹を深呼吸とともに吸い込み、辺りをぐるりと見回す。中庭からプールへ、そこからさらに⼸道場へと抜ける通路に梅花の⽊が並び立ってるなんて知らなかった。中学から通ってる校舎なのに。
「だから、無知だって⾔われるのか」
いつも⾃分に苦⾔を突きつけてくる⼈物の顔が浮かぶ。⾃分の傍らにいる時、眉間にしわを寄せていることが多い相⼿だ。
やれ、堅物で融通の利かないヤツだの、⼈のぶんまで⾯倒事を背負い込もうとする迂闊なアホだの、そのくせコミュニケーション能⼒が絶望的で笑える⾺⿅⼥だの。
よくそんなに暴言が吐けるものだと感心するほど、私への当たりがきつい子なんだけど。言われてる内容は私自身がわかっていて直せないところ。つまり図星だから、反論をしたことがない。
「反論、してもいいんだけど。よく考えたら、結構ひどい評価だし。『融通が利かないヤツ』はともかく、あとの二つは明らかに言い過ぎだと思うから」
でも、こう思ってても、実際にそれを自分が口に出すことはないということもわかってる。口下手の自分と違い、能弁で、⾆鋒鋭い⾔い回しを得意とする相⼿にかなうわけもない。時間の無駄。
それに、⾔葉選びはひどいけど、その⼦がそんなことを⾔う時は決まって——。
「遅い!」
あ……。
「おっせーぞ! そんなとこで何やってんだよ!」
「ごめんなさい。紅梅が綺麗だったから」
遅いと⾔われたことに若⼲の疑問はあるけれど、⽴ち⽌まっていたことに対して謝罪した。
「紅梅? あぁ、これ眺めてたのか。花も悪くないけどさ、⼈を待たせてんだから悠⻑に突っ立ってんなよ」
「そうね。悪かったわ。でも、そんなに待たせた? 約束の時間まで、まだ余裕があると思ってたけど」
「それは、そうだけどっ。式典が終わったんだから、真っ直ぐ来ると思うだろっ」
花を眺めるゆとりはあったはず、と腕時計を確認すると、やや上擦った声⾳が落ちてきた。⾒上げると、ぱっちりと⼤きな⽬元に狼狽の⾊も⾒える。おかしなことに。
「宇佐美、くん?」
「ほら、⾏くぞ」
「あ、うん」
まだ時間には余裕があるのに、わざわざ迎えに来たり。急かすようにされてる意味がわからない。そのことを尋ねたら少し挙動不審になった理由も。
でも、待ち合わせ場所に向かう途中でぼうっとしてたのは悪かったから、この話題はここで終わらせたほうがいいんだろうか。
迷いなき足取りで先導する後輩を斜に見上げ、思考を完結させることにした。
それにしても、また手を掴まれての移動だ。今日も今日とて、また、このパターン。自分はよくよく、この子に手を引かれて先導されることになるらしい。
よっぽど頼りないとでも思われてるのか。私のほうが、二つ年上なんだけど……。
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