キミとふたり、ときはの恋。【いざよう月に、ただ想うこと】

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キミとふたり、ときはの恋。【第四話】

いざよう月に、ただ想うこと【5−1】

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 秋の深まりは、風と雨が教えてくれる。
 さぁっと音を立てて降りしきる細い雨。ここ数日続いている秋霖《しゅうりん》の雨音を運んでくる風が、甘く芳しい香りも同時に乗せてくる。
 どこか懐かしいその香りは、橙色《だいだいいろ》の小さな花。金木犀《キンモクセイ》が放つ薫香だ。
 濃い緑の葉に、鮮やかなコントラストを描くように密集している橙色の花びらは長雨にしっとりと濡れ、雨の匂いと入り混じった花の香りが、開け放たれた窓から教室へとまんべんなく届けられている。
 深まる秋の濃度は、世界を包む雨の匂いと風の冷ややかさに比例し、その感触とともに、夏が既に遠く過ぎ去っていったことを私に知らしめていた。
「涼香ちゃん、どうしたんですか?」
「……え?」
 窓の向こうの金木犀。その花びらと葉ずれの様子だけを注視していた意識に、萌々ちゃんの可愛らしい声が飛び込んできた。
「さっきからずっと手が止まってますよ。窓の外に何かあるんですか?」
「あ……ごめんなさい。ううん、何もないの。ただ、もうすっかり秋なんだなぁ、なんて思って……」
「えっ? 今更ですか? もう十月の下旬ですよ?」
「うん、そうなんだけど。何となく、そんな気分になったというか……でも、ごめんね。今日中に仕上げるって言ってたのに、私、ぼうっとして手を止めちゃってた。今からちゃんとやるね」
 心配顔とびっくり顔とが萌々ちゃんから連続して向けられて、慌てて笑顔を作った。
 そして、いつの間にか止めてしまっていた作業を再開するべく、手元の布地を持ち上げた。
 そうよ。ぼうっとしてる場合じゃないわ。今は皆で学園祭の準備をしてる真っ最中なのよ。
 学園祭の本番は、もう二日後だ。私は自分の、萌々ちゃんは武田くんの。それぞれの担当の衣装の仕上げを今日中に済ませてしまわないといけない。

「涼香ちゃん。どうですか? これ。超絶カッコいい武田くんにぴったりの衣装になったと思いませんか?」
「うん、すごく素敵。武田くん、また身長が伸びて百八十三センチになったって言ってたから、これを着たらますますカッコよく見えるんじゃない?」
「ですよね! ですよね! 武田くん、もともとスタイルいいのに身長が伸びたから、さらにスラリとしちゃって、もう最強ですよね! ああぁぁ、私のこの悶えが皆さんに伝わるように、張り切って仕上げちゃいますっ」
「うんうん、頑張って!」
 裏地に飾りつけをするのだと武田くんの衣装に手を入れていた萌々ちゃんの満面の笑みに引きずられて、私も笑顔になった。と同時に、少し羨ましくもある。好きな人の衣装を手がけることができる萌々ちゃんが、正直羨ましい。
 こんな時、私も奏人と同じクラスだったらいいのにって、思ってしまう。今更そんなこと思っても仕方ないのに。
 去年の私は、この時期をどう過ごしていたんだろう。
 残念なことに、あまりよく覚えてないのよ。去年は、つき合って最初の学園祭で、『とにかく楽しかった』という記憶しか残ってない。
 同じクラスで、いつもどんな時も、例えその姿を探そうとしなくてさえ、視界の中に奏人を映すことができていた去年の私を叱りつけてやりたいわ。なんて勿体ないことをしてるの、って。
 それほどに、奏人が傍にいることが当たり前の日常だった。去年の私は、なんて幸せ者だったんだろう。


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