同居人は王子様。

mnkn

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でこぼこ同居生活。

#11

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たくさんの女性からの視線を感じるのは、きっと気のせいではない。

恐らくだが、仕立ての良いスーツを来た、隣の美形の男のせいだ。

「なんかすごい見られてる気がする」

「あー、言われてみりゃそうかもな」

隣の男はぶっきらぼうに呟く。

王子って立場なら、こんなふうにじろじろ見られることには慣れてるのかな。


「ねえ、電車って知ってる?あんたの国にあった?」

少し前を歩いていたあおいが、くるっと俺のほうに振り返った。

「電車ってあの箱みたいなやつだろ?知ってるけど乗ったことはねえな」

「やっぱり!お坊っちゃまだもんねー」

そっかそっか、と再び前に向き直した。

その時、ふわりとあおいの長い黒髪が風になびかれた。

その時、一瞬シャンプーの匂いがした。

そういえば、今まで俺の周りをうろついていたのは、強い香水の香りを身に纏っている女ばかりだった。

....けど、こいつは違う。

出会って数日経ったが、こいつは話してて飽きない。面白いやつなんだよな。

庶民のくせに、この俺にああしろこうしろと指図してきやがる。まるで小動物が威嚇してくるみたいだ。面白いだろ?

ただ、女としてはタイプじゃないな。
もっと俺は奥ゆかしい女のほうが.....っておい、

「なんだこれは」

俺はとっさに声をあげた。

「なんだこれって、電車だってば」

目線の先にあったのは、いわゆる満員電車。

「日曜の朝だから大丈夫かと思ったけど、結構混んでるんだねぇ」

人がすし詰め状態でいる中を、あおいは割って入っていった。

「ちょっと、あんたも早く乗って」

そういうと、右腕を掴んで不意に引っ張られた。

「ちょ、あぶね」

勢いよく引っ張られて、バランスを崩した俺は咄嗟に彼女の肩を掴んでいた。

いや。左手は、肩を掴んでいた。

引っ張られた側の右手は、見事に彼女の右胸に着地していた。

「あ、すまねえ」

別に触りたかったわけじゃねえ。手はすぐ退けたが、どうやら目の前の女は驚きで何も言えないみたいだ。

....大丈夫か?こいつ、ずっとフリーズしてる。なんか気を利かせたことでも言うべきか?

「思ったより大きいな、お前の胸」

そう言われて喜ばない女はいないだろ!

と思いきや、さっきまで脱力していた目の前の女は一気に両眉を吊り上げた。

「.....この....変態クソ野郎!」

...ク、クソ?!?

あおいの大きな声に、周りの人が一気にこっちを向く。

「いや、これは不可抗力だろ!」

「あんたデリカシーなさすぎ!!!意味わかんない!!!!最低!!!!」

「は?引っ張ったのはお前だろ!!」

満員電車の中で言い合いをする俺らをジロジロと訝しげに見てくる周りの人たち。


「ちょっと、あなた」

あおいではない、隣にいた知らない女に腕を掴まれた俺は次の駅で放り出された。

「触られたあなたも降りなさい!」

あおいも言われるがままに、女に連れられて電車から降りる。

咄嗟に見ず知らずの女は、制服を着た駅員に向かって俺を差し出した。

「駅員さん!!!こちらの女性が今、この男に痴漢されていました!!!!」

.....ちかん?なんだ、ちかんって。

そう思ってあおいの方を振り返ると、真っ青な顔をして目をパチクリとさせていた。


俺は言葉の意味は分からなかったが、何だか、波乱な一日になりそうな予感がした。
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