宇宙漂流記

時間を遡ること数時間まえ

３

　
　
外の男はふっと笑うと、
慌あわてるでもなくこう言った。

「おっぱいを見せてくれたら開けてやるよ」

冗談じょうだんとも本気ともとれない口調くちょうで。

そんな悠長ゆうちょな会話をしている余裕よゆうなど
ない程ほどに、シャワーの温度は上がっていた。


「ふざけないで！」


肌に針はりを突つき刺さしたような痛みが、
これが夢でない事を告げていた。

夢を凌駕りょうがした現実的リアルな痛みに、
何も考えられず、ただ本能だけが、
ここから逃げなければと体を突き動かした。

扉に体当たりするが一向いっこうにドアは開かなかった。

すでに前を隠す余裕よゆうなどなく喚わめいていた。


「開けて、お願い、開けて！」


この時よくよく考えれば、
おっぱいを見せているのだから、
男は約束を守り扉を開けるべきなのだが、
男はそんな約束を守る気など、
始めからなかったようだ。

この時のキャロンドに、
それを指摘してきするほど余裕はなく、
ただただ狂ったように扉を叩くだけだった。

そんな彼女を嘲笑あざわらうように、
無機質むきしつな機械の音声が流れ出した。

【火災確認】

【火災確認】

【生体認証開始します】

【確認終了／無人】

【ただいまより真空消化を開始します】

その音声が終わると共に天井の一角が、
ブラインドのように開き、
勢いきおいよく空気を吸い込み始めた。

途端とたんに浴室カップセルの水滴すいてきが一斉いっせいに蒸発じょうはつし、
白霧で彼女の裸体らたいをかき消した。

同時にそれまで響いていた雑音ざつおんや彼女の声も
薄れていく。

必死で扉を叩き叫ぶ彼女の声や音が、
扉の外の男の耳に聞こえることはなかった。

完全に無音むおんの世界になった浴室は、
やがてたちこめる白煙も吸い込まれてゆき、
浴室よくしつの中は逆にクリアーになっていった。

蒸気じょうきが吸い込まれ透明クリアーになった扉の前に、
彼女の影は無くなっていた。

キャロンドは意識を失い、
浴室で崩くずれおれていた。

無音むおんになってゆく浴室で数十秒、
彼女は灼熱しゃくねつの真空に焼かれ、
悶もだえ苦しみながら意識いしきを失ったのだった。

それもキャロンドの体感時間であり、
実際じっさいには数秒で彼女は意識いしきを消失しょうしつし、
その場に倒たおれていたのだが。

浴室の中には醜みにくく膨ふくれ上がった肉の塊かたまりと、
眼球の片方が飛び出した、
原型げんけいをとどめない、
何かの遺体いたいが残されているだけだった。


室内の扉が静かに開き閉まる音が、
本当に無人になった室内に響ひびいていた。