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第5章 執着の末に
6 放浪癖の導師
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ふらり、と、その男が現れたのは、聖霊たちによってシノンが罰を受けた翌日。
追いかけたくともその居場所について何のあてもなく、無闇に出奔しようとするシンを、ジークが強引に拘束しているところだった。
それこそ、ジークが契約をした精霊に聞けば知っているのかもしれないが、それを聞けば精霊を困らせることは分かりきっていた。
「成長しないやつだな」
聞き慣れない、でも、聞いたことのある声に思わず、シンは動きを止めた。
穏やかだが人を小馬鹿にしたような声。
視線を巡らせれば、小柄な少年が立っていた。
城の中に。忽然と。
「誰だ?」
この城の警備はどうなっている、と、ふと思うが、この国の騎士は近隣でも最強を誇る。武術であれば。
むしろ、押し通るような気配はまったくなかった。
文字通り、忽然と現れたのだ。
「転移してきたのか?」
非常識な。
「魔法に対して無防備な城だな。まあ、魔法に長けた者がいないのだから仕方ないかもしれないが。守りを築くために外から雇うくらいのことはしても良いと思うぞ。確かに腕っ節は良いかもしれないが、入りたい放題だ」
見回しながら平然という男を見つめ、シンは唐突に思い出した。
「お前、フィーナの」
「ああ、少しは脳細胞が生きていたか。うちの馬鹿弟子、出て行ったようだな」
子どものような形は、昔シンの手からセラフィナをするりと引き受けたときと変わらない。
時が止まったような錯覚に、シンはどう反応して良いかわからない。
ただ、騒ぎを聞きつけてカナンや国王夫妻、王太子夫妻も集まってきた。
「セラフィナの、師匠?」
呟くようなジークの問いに、導師は視線を向け、その目を細めた。
「辺境伯、か。うちの弟子が世話になった。慌ただしく去ったようだから、後始末をつけにきた」
「後始末?」
その響きが含む不穏な気配に、そろって顔を曇らせた。
だが、導師は気にする様子もなく一同を見回す。
別に、セラフィナに頼まれていたわけではない。ただ、勝手にやろうかと思ったこと。
ちょうど、セラフィナが「消える」気配を拾った上に、あまりにも強い魔力の暴走に、なんとなくそこで起こったことの非常識な状況を察していた。
「やめてください」
導師が次の動きに移る前に、カナンが口を開いた。
その必死な眼差しに、この娘が知っていることを、察する。それはつまり、その可能性をセラフィナが伝えていたということ。
「君は、聞いていたのか」
「わたしから、姫巫女の思い出を奪わないでください」
「なっ」
絶句する国王一家の前で、カナンは導師だけを見つめていた。
セラフィナが言っていたこと。
もしいずれ、自分がこの国を去ることが、それも、不意に姿を消すことがあれば、みんなの中から自分を消していくかもしれない。ヒト以外に近い自分の存在は、知らないに越したことはないから。この国の理を無視したような非常識な存在だから。
そしてもし、自分がそれをやらずにいなくなっても、もしかしたら自分の師匠がそれをやりにくるかもしれない、と。
こんな存在を知ることで、良からぬことが頭を過ぎる気の毒なヒトを作らないように。
自分は決して忘れないと言う、ズルい人。
それに。
「姫巫女の思い出がなくなれば、わたしは、なぜ妹がいないのかもきっと、理解できない」
導師は、体ごとカナンに向け、そっとため息をついた。
そうして、ジークに押さえられたままのシンにその目を移す。
「あのばか娘を、待つのか」
「迎えにいく」
被せ気味に言うシンを冷たい目で見る。
「どこにいるかも、分からんのに」
「教えろ」
人にものを聞く態度じゃないな、と肩を竦め、ふん、と鼻で笑い飛ばした。
「かまわんぞ。お前如きがそう簡単に辿り着ける場所にはいないからな。辿り着ければ、お前があれの邪魔になることもすこしはへるかもしれん」
さらっと、邪魔になる、と言ってのける。
この国で1番の戦士である第二王子に向かって。
だが、言葉どおりだと、そこにいる誰もが痛感していた。
ただし、と。
導師は冴えた目をシンに向けた。
「カナンの言うことは、もっともだ」
名を教えていないのに、当たり前のようにその名を口にする。
「だから、お前たちは、そっとしておく。ただし、これからやる事に横槍を入れないのなら。入れた瞬間に、すべての話はなかった事にする」
返事も待たずに、勝手に話を進める。
「我が名はエリュオス。第二王子よ、今からお前を眠らせる。目覚めた時にセラフィナを覚えていたら、わたしを見つけるが良い。お前からセラフィナを預かった場所で、1週間だけ待とう。その後は、旅に出る。それより後に万が一思い出したなら、まずはわたしを見つけるんだな」
そうしたら、居場所を教えてやろう。連れて行っては、やらんがな。
声だけを残して、現れた時同様、忽然と姿を消す。
同時に、ジークの腕にずっしりとした重みがかかった。
眠らされると聞いた直後、シンは拳を握りしめる。
セラフィナが生きていると分かった時、クレイが容赦なく、シノンを裁いた後で姿を消した時に自ら抉った掌の肉にまた、爪を立てる。
なぜこの傷を作ったのか、忘れるな、と。
追いかけたくともその居場所について何のあてもなく、無闇に出奔しようとするシンを、ジークが強引に拘束しているところだった。
それこそ、ジークが契約をした精霊に聞けば知っているのかもしれないが、それを聞けば精霊を困らせることは分かりきっていた。
「成長しないやつだな」
聞き慣れない、でも、聞いたことのある声に思わず、シンは動きを止めた。
穏やかだが人を小馬鹿にしたような声。
視線を巡らせれば、小柄な少年が立っていた。
城の中に。忽然と。
「誰だ?」
この城の警備はどうなっている、と、ふと思うが、この国の騎士は近隣でも最強を誇る。武術であれば。
むしろ、押し通るような気配はまったくなかった。
文字通り、忽然と現れたのだ。
「転移してきたのか?」
非常識な。
「魔法に対して無防備な城だな。まあ、魔法に長けた者がいないのだから仕方ないかもしれないが。守りを築くために外から雇うくらいのことはしても良いと思うぞ。確かに腕っ節は良いかもしれないが、入りたい放題だ」
見回しながら平然という男を見つめ、シンは唐突に思い出した。
「お前、フィーナの」
「ああ、少しは脳細胞が生きていたか。うちの馬鹿弟子、出て行ったようだな」
子どものような形は、昔シンの手からセラフィナをするりと引き受けたときと変わらない。
時が止まったような錯覚に、シンはどう反応して良いかわからない。
ただ、騒ぎを聞きつけてカナンや国王夫妻、王太子夫妻も集まってきた。
「セラフィナの、師匠?」
呟くようなジークの問いに、導師は視線を向け、その目を細めた。
「辺境伯、か。うちの弟子が世話になった。慌ただしく去ったようだから、後始末をつけにきた」
「後始末?」
その響きが含む不穏な気配に、そろって顔を曇らせた。
だが、導師は気にする様子もなく一同を見回す。
別に、セラフィナに頼まれていたわけではない。ただ、勝手にやろうかと思ったこと。
ちょうど、セラフィナが「消える」気配を拾った上に、あまりにも強い魔力の暴走に、なんとなくそこで起こったことの非常識な状況を察していた。
「やめてください」
導師が次の動きに移る前に、カナンが口を開いた。
その必死な眼差しに、この娘が知っていることを、察する。それはつまり、その可能性をセラフィナが伝えていたということ。
「君は、聞いていたのか」
「わたしから、姫巫女の思い出を奪わないでください」
「なっ」
絶句する国王一家の前で、カナンは導師だけを見つめていた。
セラフィナが言っていたこと。
もしいずれ、自分がこの国を去ることが、それも、不意に姿を消すことがあれば、みんなの中から自分を消していくかもしれない。ヒト以外に近い自分の存在は、知らないに越したことはないから。この国の理を無視したような非常識な存在だから。
そしてもし、自分がそれをやらずにいなくなっても、もしかしたら自分の師匠がそれをやりにくるかもしれない、と。
こんな存在を知ることで、良からぬことが頭を過ぎる気の毒なヒトを作らないように。
自分は決して忘れないと言う、ズルい人。
それに。
「姫巫女の思い出がなくなれば、わたしは、なぜ妹がいないのかもきっと、理解できない」
導師は、体ごとカナンに向け、そっとため息をついた。
そうして、ジークに押さえられたままのシンにその目を移す。
「あのばか娘を、待つのか」
「迎えにいく」
被せ気味に言うシンを冷たい目で見る。
「どこにいるかも、分からんのに」
「教えろ」
人にものを聞く態度じゃないな、と肩を竦め、ふん、と鼻で笑い飛ばした。
「かまわんぞ。お前如きがそう簡単に辿り着ける場所にはいないからな。辿り着ければ、お前があれの邪魔になることもすこしはへるかもしれん」
さらっと、邪魔になる、と言ってのける。
この国で1番の戦士である第二王子に向かって。
だが、言葉どおりだと、そこにいる誰もが痛感していた。
ただし、と。
導師は冴えた目をシンに向けた。
「カナンの言うことは、もっともだ」
名を教えていないのに、当たり前のようにその名を口にする。
「だから、お前たちは、そっとしておく。ただし、これからやる事に横槍を入れないのなら。入れた瞬間に、すべての話はなかった事にする」
返事も待たずに、勝手に話を進める。
「我が名はエリュオス。第二王子よ、今からお前を眠らせる。目覚めた時にセラフィナを覚えていたら、わたしを見つけるが良い。お前からセラフィナを預かった場所で、1週間だけ待とう。その後は、旅に出る。それより後に万が一思い出したなら、まずはわたしを見つけるんだな」
そうしたら、居場所を教えてやろう。連れて行っては、やらんがな。
声だけを残して、現れた時同様、忽然と姿を消す。
同時に、ジークの腕にずっしりとした重みがかかった。
眠らされると聞いた直後、シンは拳を握りしめる。
セラフィナが生きていると分かった時、クレイが容赦なく、シノンを裁いた後で姿を消した時に自ら抉った掌の肉にまた、爪を立てる。
なぜこの傷を作ったのか、忘れるな、と。
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