溺婚

明日葉

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逃走経路、なし 2

 絢佳が本当に適当に、あるものを使ってつまみを作り、家にあったワインを綾部が開ける。
 連絡先、はつまみを作らなきゃ、と言うあからさまなごまかしに天羽が驚いている間に今のところ、うやむやになっていて。


 そんな事をしていたら、絢佳が不意に自分のスマホに目をやり、顔を顰めた。
「出なくていいぞ」
 と、何も聞かずに言う綾部を怪訝に思って眺めれば、着信、気がついちゃったんですもん、と、なんだか生真面目な子だなぁと天羽は眺める。



「え?」
『お前、邪魔すんなよ。普段人見知りのくせに』
「邪魔したわけじゃないですよ。聞くに耐えなかっただけで」
『関係なかっただろうが』
「そう言うなら、関係ない人間の耳に入らないようにやってください。でも、ほんと、やめた方がいいですよ。前はそんな事」
『おい』
 途中で遮る声の低さに、絢佳はため息をつく。いい人すぎるくらいいい人だと思っていたのに、違ったということなのか。
『お前、あれ狙ってるの?』
「は?何おかしなこと言ってるんですか。イケメン、お断りです。面食いですけど」
『ぶはっ』
 電話の向こうで耐え切れないように吹き出す音。失礼だなぁ、と思っていれば。
『どうにもならないな』
 不意に穏やかになった声音に困惑顔をした絢佳の手から、不意にするりとスマホが抜き取られた。
 そういえば、人がいるんだった、と思えば、なぜか、不機嫌な顔をした天羽がスマホに勝手に出てしまう。
「悪いけど、こっち取り込み中なんで、邪魔しないでもらおうか」





 え!切った!?




 驚いている絢佳の前で、勝手にスマホを操作している天羽。に、ようやく我に返って取り返そうと手を伸ばした。
 大きな体に阻まれて、しかも意地悪く長い手を伸ばして遠ざけられる。
「ちょっとっ。子どもですかっ。返してくださいって」
 無防備に背中側から頑張って手を伸ばす絢佳の体は天羽に密着してしまっているんだけど。

 まあ、気づかないよねぇ、と綾部はのんびりとグラスを口に運びながら傍観者を決め込む。
 まあ、女遊びが過ぎて、でもどちらかと言うとお前女嫌いだろう、と突っ込みたくなるようなそんな悪友が、なぜかとっても気に入ってしまったらしい後輩は。
 この見た目で恋愛偏差値最底辺にいるのを知っているから面白がることにした。偏差値低過ぎて、下手したら口説かれていることに気づかないという面白いこともやってくれそうだ。
 ついでに、さっき電話で言っていたイケメンは遠慮したいというのもおそらく本心だから、悪友に対しては警戒心MAX。だけど無頓着だから、胸がやつの背中に触れていても気づかないし、それを狙っていたはずのあいつが、あまりの無防備さに、おう、照れはじめたな。




「ん」


 ほい、と不意に返されたスマホにほっとすれば、想定外に至近距離に整い過ぎた精悍な顔があって絢佳は尻込みして後退り…はできなかった。絢佳の手にスマホを滑り込ませたその腕が自然に腰に回り引き寄せられる。
「オレの連絡先、入れてあるから」


「は!?」


「店でも思ったけど、あの優男、知り合い?」
「…ご迷惑をおかけしました」
「絢佳は関係ないだろう。むしろ、迷惑かけたのはこっち。まあ、勝手に巻き込まれたんだけどな」
「ぐっ」
 この人、意地悪だ。そして俺様だ。というか、離して欲しい。冷静を装っているけど、実際いっぱいいっぱいだ。正直体が固まっていて動けない。
 それなの。

 天羽は、絢佳のスマホをもう一度受け取って鞄に滑り込ませてしまうと、絢佳の手にワインを注いだグラスを持たせ、それから自分も持って、改めて乾杯、と微笑む。いや、もう、微笑むなんて生易しい表現には絢佳には見えない。
 ただ、乾杯をしたら、とりあえず一口は口に運ぶというのは、もう脊髄反射の範疇なのだろうか。なぜこんな姿勢で、そしてなぜこんなことに、綾部さん、助けてよと思いながら一口含んだところで。
 天羽が視線を彼のスマホに走らせる。
「ちょっといい?」
 と、片手にあるグラスを向けられれば、反射的にあずかってしまい。
 両手がワインを注いだグラスという身動きならない状況になっても、絢佳が危機感をいまだに持たないのを感じ取って、天羽が流石にため息をついた。



「なあ、年、幾つ?」

「へ?37歳ですけど。てか、答えちゃったけど、何自然に年聞いてるんですか」






 あわあわと混乱する絢佳の声を無視して、天羽はぐいと、その腰をさらに引き寄せた。強引に自分の足の上に座らせてしまう。
「おい、天羽」
 綾部が流石に止めに入ろうとしても、聞く耳を持たない。
「その年だから、もう大丈夫とか思ってる?それとも、誘ってる?なあ。まさか本気で、わかってないのか?」
 引き寄せられたことと、天羽の視線にびくりと震えた絢佳の、どちらのグラスだろうか。ワインが跳ねて、絢佳の鎖骨に滴る。
 それに目を向け、唇を舌で舐めた天羽は、そこに唇を寄せながら、視線は絢佳から話さない。




「ひゃ…ぃ」



「もったいね」

 この、気持ちはなんだろう、と天羽の方は完全に困惑して逃げ道を探している女を見据える。凶暴に、虐めてしまいたいのに。いや、今まさに虐めているんだが。だが同時にものすごく甘やかしたくて、面白くて楽しい。
 怯えよりも困惑で揺れる目に見つめられて、ぞくりと背中が泡だち、胸の中のものが口から出そうなほど苦しくなった。青臭い気持ち。のような気がする。
 それなのに、この目の前の女は、全く、その気持ちについて来ていない。
 鎖骨に舌を這わせ、ワインを舐めとれば、その一瞬の体温を感じさせるワインが甘く口の中に広がる。
 引き寄せる前に口に含んだワインを飲み込んでいなかったようで先ほど驚きで少し開いた口の端から溢れているのを舐め取り、驚きに目を見開いたままの絢佳に目を合わせた。
「そのグラス、落とすなよ。中身もこぼすんじゃないぞ」
 そんな無茶な、という顔をする絢佳の唇を奪い、その口内にまだ残るワインを奪い取る。



 こくり、と。


 嚥下する音に、ようやく絢佳の顔が驚きよりも羞恥に染まった。


 ふるふると不安定な様子を見れば、言われたまま素直にグラスを持っているけれどおそらくは時間の問題。
 というか、かけられても文句を言えないような事をしている自覚はあるのに、素直なことだ。まあ、そんな事を大胆にもしてくれた日には、遠慮なくこちらからもお仕置きをさせてもらうつもりでいたのだが。



 天羽の様子に、綾部は内心で絢佳に手を合わせた。


 諦めろ…



 サムズアップする気持ちで、目を逸らす。まああのくらい、強引じゃないと話が進まないような後輩だし。



 長年の付き合いで、綾部は立ち上がって絢佳の手から二つのグラスを受け取った。


「じゃあな」


「え、え!?」



 そのまま、絢佳を縦抱きにした天羽は、絢佳の荷物も持ってすたすたと歩き出す。


「飲むのはまたゆっくりな」

「いや、ちょっと!綾部さん!え、何コレ!?」



 おお、声を出す元気が戻ったか、と呑気に手を振りながら、1人続きを飲みはじめた先輩を振り返る動きが精一杯で、何をどう抑えているのか、ジタバタすることもままならない。



「なっ!?」


「オレの部屋、この上なの」


「いや、ナゼ?」




「ちょっと、大人しくしようか?暴れられてるの見られたら、オレ犯罪者みたいでしょう」
「いやコレ、同意ないですよね?人さらいですよ?」
「人攫いって」
 靴を履きながら吹き出した天羽は、器用に絢佳のカバンを持っている方の手に絢佳の靴まで持つ。
 そして体を起こすと、抱き上げたままの絢佳に口付けた。軽く。


「とりあえず大人しくしてねぇと、今度は目撃者の前で濃厚なの、やるからな」



 言った瞬間、ぴたりと止まる。
 ちっ、と舌打ちが聞こえ、どっち!と思わず文句は口にしたものの、抵抗もできず解放もしてもらえない絢佳にとって少しでも恥ずかしくない状態は。


 誰かに見られたときに顔が見えないよう。というか、誰かがいることに自分が気づかずに済むよう。


 自分の自由を奪う、会ったばかりのこの人の肩に顔を埋めるだけだった。





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