溺婚

明日葉

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週末でどこまで歩み寄れるか 6

 天羽の言葉に甘えてゆっくりと身支度をして起きてみれば、いくら日曜日とはいえ、あまり平日と違う時間では動かない絢佳にとっては驚くほどにゆっくりとした寝起きで。こんなに熟睡していたことに驚いてしまう。しかも、知らなかったはずの家で。

「あ、美味しい」

 そして、口に含んだ味噌汁の優しい味わいと程よい出汁と味加減に思わず声を漏らして微笑むのを、向かいに座った天羽が嬉しそうに目元を和らげて見つめてくるのもこそばゆい。



 なんてことをやっていたら、不意に物音がして、人が入ってきた。





「お前ら、いま朝飯?」



 前触れもないその声に絢佳は顔を上げて、面食らう。
 来るとはそういえば、昨日言っていたけれど。綾部と、もう1人。意外すぎる人。



 あの、絢佳の大事なソファを売っていたお店の、いつも面倒を見てくれる、店員さん。


「好きに入れと言ったけど、せめてチャイムは鳴らせよ」
「邪魔されたくないからってセキュリティ全部解除しておいて何を言う」
 早く入ってセキュリティ入れないと面倒だろうがと憮然とした綾部の言葉は、正しいと絢佳も思う。
 ただ、朝ごはんを2人で食べているところに不意に現れられれば、居心地は悪い。


 そして、気になることはさっさと済ませようとするように、食事中なのも無視して綾部はあっさりと問いかけた。



「会ってすぐ結婚したってメッセージ一言って、意味分かんねぇんだけど?子どもでもできたか?」
「すぐに分かるか」
「何もしてませんっ」
 呆れた天羽の言葉に重なった絢佳の言葉に、綾部が驚きの目を向ける。






「お前、手、出してねぇの!?」












 どんな爛れた生活をしていたんだ、この男、と朝食の洗い物をしながら絢佳は胸の内の整理をつけようとする。いや、あの流れ、あの言動、そしてこのセレブっぷりやあの見た目、どれをとっても、意外性のかけらもないことなんだけど。
 なんでそんな男が、自分で面倒な結婚生活を不意に言い出したのかとか、意味がわからなすぎる。
 上に。綾部の思わず出たような言葉でなぜだか絢佳に嫌われると思ったらしい天羽が離れなくて暑苦しい。嫌うも何も、な勢いで話を進めて、好きだとか嫌いだとか自分の気持ちを理解する間もなくこの状況になっていて、とか思う意味がわからない。
「天羽さん?」
「ん?」
「綾部さんと、もう1人、リビングにいますよね?」
「…そうだな。綾部しか来ないと思っていたんだが」
「?片付け、やりますから」
「大丈夫」
 大丈夫、の意味がわからない、と思いながら、沸かしたお湯を示す。
「何がいいですか?コーヒー?紅茶?日本茶?」
「絢佳」
「…殴っていいですか?」
「コーヒー入れる」
 そんなことを言う天羽を軽蔑に近い視線で見つめてしまった絢佳だけれど、そのあとで手でカリカリ、とコーヒー豆を挽いてコーヒーを入れるのを見る目は好奇心に溢れていて。
「やりたい?」
「はいっ」
「次に入れる時、一緒にやろう」
 天羽に言われて、嬉しそうに笑顔になるのを見れば、天羽はやはり、年上には見えないな、と思う。







 絢佳は気遣ってくれたのだろうけれど、追いやられるようにして先にリビングにコーヒーを持っていけば、買って知ったるで綾部と、もう1人の悪友、浅葱は好き好きに寛いでいる。
「お前が女の後追いとか、自分の目で見ても信じられねぇ」
 笑う綾部の言葉に、言われた天羽の方がめんくらう。後追い?と。無自覚なその行動に綾部はさらに笑ってから、リビングの一角、日当たりの良い場所にあるこの部屋では見慣れないソファに目を向ける。
「なあ、あれ」
「ああ…」
 頷きながら、天羽は浅葱に目を向ける。大柄な天羽よりもさらに筋肉質で体格の良い浅葱。ただ、顔は女性的にも見える整った顔で、歳を経てもアンバランスな危うい魅力は増すばかりで。
「お前、知ってた?」
「客としては、な。全く興味はなさそうだったのに、いつの間にかお前に取り入ってるとか、幻滅だ」









 幻滅。



 聴き慣れた声が、聞いたことがないほどに冷たい声音で発した言葉が自分に向けられているのを感じて、片付けを終えて顔を出した方がいいのかどうしたものかとリビングをのぞいた絢佳の体が固まる。
 絢佳の気配を察しながら言ったらしく、声の主、浅葱は絢佳の方に見たこともないような冷たい目を向けた。あのソファを勧めてくれた時も、何度もメンテナンスに出した時も、さらには手伝いがいないと聞いて持ち帰るときに断るのを笑顔で制して部屋まで運んでくれた時も、いつも優しい優しい、あの厳つい体つきとは違う、その顔立ちのままに安心感しかなかったような人が。

「浅葱、待て」


 驚いて綾部の方が声を上げるのを、浅葱は聞こえない顔をして、リビングの端に立ち尽くす絢佳に歩み寄る。




「カケラも色気感じさせないから気に入ってたのに。いつの間に、真打に近づいたの?疾矢に取り入って、満足?」




 壁際に追い詰められて、絢佳はギラギラとした怒りの籠る冷たい目に見下ろされる。



 一瞬、置き去られた天羽が我に返るのは、一歩遅れた。


「女だってだけで、疾矢を自分のものにできると奢っているやつは、認めない」

「浅葱っ」




「ん?????」








 完全に、話から置いてけぼりの絢佳は、ようやく言われた言葉を咀嚼して、見たこともない目で見下ろす浅葱の言わんとすることを察した。



「わたし、トンビに油揚げのとんび?」


「…そして、豚に真珠の豚」



 間の抜けた問いかけに、思わず合わせたような返しをしてしまい、浅葱は調子が狂う。



 あの、ソファを体全部で気に入ったと表現しているような様子で買っていった女の子。言ってくれればメンテナンスはするからと言ったけれど、言ってよこしはしないだろうと定期的に案内を出していれば、大事にしてくれているのが分かるような使い込まれ方をしていて。伝えて布や、メンテナンスの方法の指示を受けながらやってきた。
 仕事柄、仕事なら、常識の範囲の接客はするけれど。うっかりでも接触があってもなんとも思わないのは、大丈夫なのはこの子だけだったのにと思えば尚更に腹立たしい。玉の輿の、足掛かりのされたかと。



 と、思ったのに。


「浅葱、待て」

 天羽に肩を掴まれる。


 が、天羽が何かを言う前に、怯えた顔も覗かせていたはずの絢佳が探るような目を向けてきた。



「あの、浅葱さんと天羽さんって?」


「だから、お前も天羽」
「俺が、抱かれたいと思う唯一の相手」




 2人の声が重なり、綾部が頬杖をついて目を逸らし。



 そして絢佳が浅葱を見上げる目は。




 何も、変わらなかった。






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