溺婚

明日葉

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週末でどこまで歩み寄れるか 7

 浅葱を見上げる眼差しは変わらなかった代わりに、天羽に向けられる眼差しが残念なものを見るものになる。

「おい」

 不機嫌な声でその視線を咎め、何かを言おうとする天羽から絢佳はため息をつきながら目を逸らす。
 完全に気を削がれた形の浅葱は、息を詰めるようにして成り行きを見守る形になっている。

「女よけ、だけじゃなくて、そういうカモフラージュもですか?しかも、パートナーにちゃんと伝えも相談もしてないとか、あり得ないんですけど」
「いや、ちょっと待て」
 ゲスい、この男、という気持ちのこもった目で見られれば流石の天羽もぐさっとくる。というか、誤解が酷すぎる。確かに、女避け的なことを匂わせてしまった気はするが、後者は完全に、誤解だ。
「絢佳」
 ぷい、と顔を逸らす絢佳にイラッとして、しかも、浅葱に壁際に追い詰められたまま、危機感もなくそこに収まったままなのも腹立たしくて。
 腕を伸ばして強引に自分の方に引っ張り出した。

 焦った様子にも見える天羽を珍しいものを見る思いで浅葱は凝視して、その目を綾部にも向ければ、向こうでも呆れた顔をしている。
「仮面夫婦?結婚したって、なんか間違い?」
「間違いじゃない」
 そこは否定して、天羽は本気で怒った顔で浅葱を睨む。そのまま背中を押して絢佳を綾部のいる方へ促そうとしたが、素直に従わないような抵抗を手に感じてすぐに切り替え、担ぎ上げる。
「え、ちょっ」
「口説き落としている途中だ。余計なちょっかいを出すな」
「は?口説けてないのに、結婚って、意味わからないぞ」
 綾部の方が驚いて声をあげれば、ですよね?などと肩の上から絢佳が味方を見つけたと言わんばかりの声を上げるから、絢佳を抱えている腕に力が入る。
「お前、ここで襲うぞ」
「っ」
「そこはお前は一度は納得したんだから蒸し返すな」
「…横暴」
 ぽそ、と呟いた声は、天羽の耳元でしっかりと伝わり、少し乱暴に肩から下ろされる。そのまま、逃さないというように両足の間に座らされて腰を抱えられれば、絢佳は恥ずかしさといたたまらなさで当然逃げ出そうとするけれど。天羽の力にかなわないことは、知り合って短時間で、何度も思い知らされている。





 つまり?と、一通り、綾部が客観的に見たことを絢佳に教えてくれたことを確認するように絢佳は浅葱を見つめてから、離してくれる気配の全くない天羽を首を回して振り返る。
 天羽は、完全に、女好き。その結果、色々面倒になって逆に辟易としているということはあるが、宗旨替えはしていないと。
 浅葱については、綾部が見る限り、ゲイ、というわけではないとかで。なぜか、天羽には抱かれたい、と感じるらしい。が、そのほかは男に対しても女に対しても、抱きたいも抱かれたいもそもそも感じないのだとか。
「浅葱さんは、天羽さんが好きなんですね」
「まあ、性的な対象としてね」
 けろっと言われてしまえば、絢佳はふわっと笑う。嘘だなぁ、と。
「それは後付け?だってそっちが一番だったら、天羽さんになんて思われたっていいから、関係持ってしまえるでしょう?」
「…知ってたけど、過激だね、君」
 店員と客という立場で会話を何年も重ねていればある程度親しいわけで。そういえばこういう反応に、違和感はないような子だったと浅葱は苦笑いしかない。
 こそばゆい、と言われそうだから言わないけれど、友達として、本当に大事なんだろうな、とにこにこしていれば、伝わったようで不機嫌な顔をした浅葱が手を伸ばしてきて天羽の腕の中の絢佳の額を小突く。
 浅葱のその行動が想定外で、天羽のガードが遅れた。綾部も呆れた顔で浅葱を見やる。
「浅葱、お前…」
「悪いな。何の心の準備もない状態で天羽が結婚したとか聞いて、頭に血が上った」
 浅葱が、女性と言葉を交わすだけではなく、ボディタッチを含んだコミュニケーションを自然とすることに驚きを隠せない男2人の前で、さらりと浅葱は謝罪を口にする。
「そのソファ、売ったの俺だから」
 分かりきっているけれど。天羽にも、そしてここまでくれば綾部にも。それでも告げられれば、天羽の目がそれ以上話すな、と伝えてくる。
 まだ、そこには触れていないのかと思えば、尚更思い違いは確実で。天羽にとって思い入れのあるこのソファと、ずっと知りたがっていた買って行った客のこと。それをネタに近づいたのかと勘ぐったのだけれど。


「浅葱さんくらいの、この人に、って感覚なら、誰にでもあるかもしれないですもんね。わたしだって今後、もしかしたらこの人なら触れてみたいって思う女の人に出会うかもしれないし」
「お前はその前に、オレな?」
 ふい、と、天羽の腕の中でそっぽを向くけれど、許さないというように、天羽の顔が背後から追いかけてきて、触れるだけのキスをする。
「え…」
 まさか、人前で?と頭が真っ白になっている様子の絢佳の様子で少し天羽は溜飲を下げる。
「お前さっきから、呼び方間違えすぎ」
 まさかのそのお仕置き?と反射的に振り返れば、なぜか楽しげな顔でまた唇を狙われて、反射的に口を手で覆った。天羽の顔を抑えるように出した掌に口付ける形になりながら、不満げな目を絢佳と合わせた天羽は、不意にその目に笑みを浮かべる。
 絢佳の腰を抱いていない方の手で、自分の口を押さえた絢佳の手首を掴み、そのまま、今度は意図的にその掌に口付けた。しっかりと、目は絢佳と合わせたまま。
 羞恥に目を潤ませた絢佳が逃げようとするのを楽しげに眺めてからようやく手だけ、開放するけれど、抱え込んだまま離そうとはしない。


 そんな様子を呆れて眺めた綾部は、首を振った。天羽が絢佳を綾部の部屋から持ち帰った時から、そうだろうとは思っていたけれど。どうやら天羽は自分の気持ちに開き直ったようで。そうなればまあ、恋愛偏差値最底辺の絢佳に逃げ道が残されているはずもない。あるのは、この惚けた子が本気で気付かずに躱してしまう言動と、先ほどの浅葱とのやり取りのように独特の感覚で突き抜けていく可能性くらい。
「浅葱、言ったろ?今日ここに来ても無理だって」
「そういえば、浅葱は急にどうしたんだ?」


 じっと、絢佳を構い続ける天羽を不思議なものを見る思い出眺めていた浅葱は、その声にああ、とぼんやり応じる。
 不思議で。普段、天羽にまとわりつく女を見れば苛立って腹が立ったのに。天羽が相手にもしていなくても。それなのに、胸が痛みもしない。
 悪戯心が、むしろ芽生える。もしここで、絢佳を助けたら?あるいは一緒にいじったら?
 天羽はどんな反応をするんだろう。
「とりあえず天羽、そのくらいにしてやったら?もういじめないから。その子、そういうの慣れてないのに、その上人前でって、鬼か、お前」
 案の定、絢佳が尻尾を振っていそうな顔で浅葱を見つめる。
 綾部が、浅葱の意図するところに気づいたように、やめろ、と視線を送ってくるけれど。
「もともとはその子、気に入ってるんだ。いじめるなよ?」
「浅葱さんっ、いい人っ」
「何年も知っているのに、さっきまで俺の名前も知らなかった距離感とか、とても好ましい」
「浅葱、お前っ」
 天羽も、浅葱の意図を察して声を上げるけれど、絢佳は無頓着に、逃してくれない天羽の足の間で、人懐こい笑顔を浅葱に向けた。



「やっぱり浅葱さん、好きー」



「お前っほんとに、何しに来たんだよ」
 独占欲を隠しきれなくなった、いや、もと隠す気もなかったのか、隠せていなかった天羽が、完全に尖った声を向ける。
「俺のマンション、しばらく工事で色々不便でさ。ここにおいて?結婚はちゃんと認めたから」
「認めたなら綾部のところにしろ。新婚家庭だっ」
「ついでに狙わせてもらおうと思っていたんだけど、それはやめておく」
「緩衝材…」
 浅葱と天羽の言い合う間に、絢佳の呟きが絶妙に混じる。

 耐えきれなくなった綾部が盛大に吹き出し、一瞬ぽかんとした天羽は、力加減も忘れて絢佳を抱きしめた。思い知らせようとするように。緩衝材の入る隙間なんて、ないと言いたいのか?と、痛みと苦しさで顔をしかめる絢佳を、愉快そうに浅葱は眺めていた。







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