溺婚

明日葉

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懲りない人たち 2

 この状況で1人だけ、と、そういうということは、誰か大事な人がいるということ。
 そういう人がいるのに他の人間を選んだというのは、その人に相手がいる…それこそ、不倫していた相手の人だとか、そういうことなのかとか。
 考えていたって答えなんか出ないので、絢佳はしっかりと自分を抱え込む人間ソファを促すように、見上げようとした。が、それは、顎を頭に乗せられて阻まれてしまう。



 天羽は、どう伝えたものか、と自分がこれほど言葉が出てこないことがあるのかと驚く。ただ、そのままを伝えるしかない。


「オレは昔、いろいろなりたいものがあって、幸いいろいろと恵まれていたから、やりたいことに片っ端から手を出した」

「うん?」


 くす、と笑って絢佳は頷く。自分でそれ、言っちゃうのがすごいと思うけれど、実際そうなのだから嫌味にもならない。仕事部屋を見る限り、今もあれこれ手を出しているんじゃないかと勘繰っているけれど。




「思い上がった若造は、ものの見事に、洗礼を受けた。オレのことになんて見向きもしない。オレの名前をはっきり出せば、褒めるやつも手に取る奴もいるだろうが、そんなことは求めていないし、そんな必要もないと思っていた」



 ただただ甘かった。そして、感覚も世間と乖離していた。一番は金銭感覚だったのだろう。誰だか分からない人間が作ったものに大金を叩く酔狂は、金と暇を持て余したやつばかりだ。

「オレにとっては、最高の仕上がりだったそれは、全く見向きもされなかった。生まれだろうが元々の知名度だろうが、それを持っているのもその人間の運なのだし付加価値をつければいいと言われて、腹を立てた。お前は芸術家になりたいのか、職人になりたいのかと聞かれた」


「?」


 絢佳は首を傾げる。楽しくない思い出話のように内容は聞こえるのだけれど、それを話す天羽の声がとても楽しそうで。


「こだわり過ぎて、もう引き上げろと言われた。ただその時、オレはほとぼりをさませと、頭を冷やしてこいと、海外勤務に回されていたから、しばらくそのままにしてもらっていた」



 どこかで聞いた話、と、絢佳は振り返って顔を見たいのに、断固としてそれはさせてもらえない。





「そうしたら、それを欲しそうな人間がいると不意に連絡がきた。気に入った様子で、ずっと座っていると」

「それって…」




「プライドをこれでもかと痛めつけられていたところに、だ」



 今もプライドは高いから、へしおられなかったのね、と絢佳はぼんやりと思う。むしろ、とっても強くなって高くなっただけのような気もする。


「気にはなったが、会う気はなかった。会って、その誰かに否定される言葉を口にされたら、我慢ならない気がしたし、聞いたら恋人がいるようだという話だった。もう、相手がいるのは見たくもなかった」


 いや、ちょっと待って?話とんだ?と絢佳は首を傾げる。首を傾げると、天羽の腕にこめかみが当たるが気にしない。
 恋人いたって、関係なかろう、と。だって、ただのお客様でしょ?と思うのだけれど。
 ただ、精神的に彼にとっては追い込まれていた時の救いになったことで、なんかそういう感情も持ってしまったのかなぁ、と推測するしかない。



「買ったけど、大事にされていないとか、使ってないとか、そういうことを知るのも嫌だった。ただ、定期的にメンテナンスには出されていたけれど、やっぱり恋人はずっといるようだった」




 なんか、思い当たる話なのに、決定的に食い違う部分があって、絢佳は抗議するように天羽の腕を叩く。諦めたように力を緩めた天羽を振り返れば、顔を隠すように首元に額を乗せられた。

「あんなに大事に使ってくれていた。あのソファを見た時、本当に言葉にならないくらいに驚いた」



 やっぱり、と思えばなおさら、分からない。


「あの、恋人、って?」


「買った時も、メンテナンスの時も男が一緒だっただろう?」


 ああ、浅葱さんから聞いたんだな、と察するけれど、ちょっとだいぶ違う。というか、誤解にしても、浅葱さんはわかっていたはずなのだけれど。

「1人じゃ運べないから、友達とか後輩に頼んだけど…」

「男が一緒だったって??」


 しばらく目を見合わせて、ふ、と口元が緩んだのはほぼ同時だった。
 日本語って、難しいよね、と絢佳が肩を震わせれば、今度は絢佳の額を天羽は自分の肩に押し付けた。見るな、というように。


「男、と言われて、そう解釈したのね。言葉そのままでしかなかったのに」


 楽しそうに肩口で言われれば、天羽はうるさい、と低く唸る。
 何にしても、と、向き合う形で座り直させた絢佳をしっかりと腕の中に抱き込んだ。



「可能性があったのがお前だったんだから、余計なことは考えるな」




 気に入ったソファを買っただけ。
 絢佳にしてみればそれだけのことで、しかも破格の値段に値引いてもらって。だからどこにそんな、執着ポイントというかそんな雰囲気のものがあったのか謎でしかないのだけれど。しかも、会うつもりなかったというし。
 どれだけ精神的に落ち込んでいたのか知らないけれど、本当に、ただその事実が起こったタイミングなんだろうなあとは、ぼんやりと思う。
 家具職人、では少なくとも今はないようだし、それっきりやめたのかなと思うともったいない気はする。まあ、いろいろやりたかった一つのようだから、他のやりたかった何かを続けているのかもしれない。


 結局、この人が自分をどう思っているのかは、いまいち確信持ってあてはめられる言葉が分からないままなんだけど、と、少し不満に思って、あーあ、と、絢佳はため息をつく。
 不満とか、思っている時点で。この人にどうしようもないくらい惹かれてしまっているということ。
 体に引きずられた、わけではないと思う。むしろ、ちゃんと自覚してなかった心に引きずられて体を許した。


 人に言われるまでもなく、似合わな過ぎて困るんだよなぁ、と、今は許されているこの人を抱きしめたいと思って。いや、抱きつきたいと思って。背中に手を回してぴったりとくっつけば、驚いたのか珍しく、天羽がぴくりと体を少し震わせるから、小さく笑ってしまった。





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