溺婚

明日葉

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懲りない人たち 4

 天羽が一度家に寄ってくれたので、急いで着替えをする。仕事としてのT P Oとしてはありで。かつ動きやすくて。何かあっても洗濯しやすい服。そして、動き回りやすい靴を履いて鞄に空の水筒を突っ込んで駐車場で待っている天羽のところに戻る。
 職場に紅茶や中国茶の茶葉が置いてあるから、着いてから入れればいい。コーヒーが飲みたい時は、家でいれていくけれど。
 お昼は、どこかに食べに出るか引き出しの非常食カップ麺で済ませよう。



「お待たせしました」
「いーえ」

 なぜか楽しげに応じる天羽の横顔を見て、改めて、実感する。まあ、あれだけの女の人たちが諦めきれずにワンチャン狙い続けるわけだよなぁと。

「なんだよ」
「いーえ。いい男だなぁと思っただけデスよ」
「…何を今さら」


 うっわ、さすが俺様、とまじまじと見て、気づく。
 うん、照れている、この人。珍しいもん、見た気分だと思って絢佳はほくほくと視線を前に戻した。


「とーやは、今日は仕事は?」
「ゆっくり行く。帰りは遅くなるから、寝てていいぞ」
「ふーん」


 仕事は、真面目なのだ。一緒に生活してから、仕事で遅くなるのは当たり前だし、帰ってきてから呼び出されて戻ることも何度もあった。
 言われて名前で検索をして、「異色のストラテジスト」なんて出てきたけれど。調べれば調べるほど分からなくなって、やめた。目の前にあるこの人を知っていくことから始めれば良いか、と。そうしているうちに仕事のこともわかるかと思ったけれど、まあ分からない。挙句にどうやら家具職人にでもなりたかったような過去まで話されたら、混乱を極めた。
 ただ、なんとなく、なぜそこでと言われそうだけれど親しみは湧いた。好きなことをやりたくて、うまくいかなくて、想定外のところで頭角を表してしまったのかもしれない。それでもやりたいことを捨てきれなくて、あちこち手を出すのをきっと続けているのだ。この人に、あなたの本職って結局なんなの、と聞いたら、なんと答えるのだろう。いや、答えてくれるのか、からかもしれないけれど。



 そんなことを思いながら、絢佳はぼんやりと思う。
 残念ながら不意打ちで自覚してしまったので、打ち消す前に巣食ってしまった思い。これは多分、後は膨らむだけ。重いって言われそうで嫌だなぁと思う。
 ミイラ取りがミイラ、だし。と目を伏せて、不意に、結婚することになったあの、天羽の挑発の言葉を思い出す。

 こわいのか、と。



 こわいよ、と言ってやりたい。
 この年まで来たら、避けられるものは避けて通り過ぎてそのままにしたいのだ。この年までうまいかなかったものが今更うまく行くなんて到底思えないのだ。

 自分の気持ちを認めて言葉にするのが、こわい。
 それを知った誰かに否定されるのが、こわい。
 拒絶が、こわい。


 臆病の結果が、ここまで1人だった1番の理由だと思う。
 自分のことなのに、自分の気持ちが理解できないのは、自覚するのを怖がって目を逸らし続けているから。
 自覚しても、否定と拒絶が怖くて、抱え込んだ、沈殿したり消化したり、とにかくなかったことにできるようにばかり苦心していた。




 ただ、そういう逃げが打てない状況に追い込まれているのだよな、と。
 だって、結婚してしまって、一緒に住んでいる。
 この人がそれに、気づかないわけがないと思う。


 今なら傷が浅くて済む、なんて思うのは、また臆病の印だけれど。
 絢佳にとっては、確かな言葉をもらっていない以上、天羽がどういうつもりで、絢佳を選んだのかよく分からない。きっと、物珍しくて面白がったのだろうと理解することにしたけれど。それに、天羽の気が変われば、それほど気兼ねなく終わりにできるとも、思ったかな、と。売り言葉に買い言葉、だったし。むしろそこまで1人だったのに手を差し伸べて一時の夢を見させてもらったと感じるかもしれない。








 もうすぐ着くな、と絢佳は道沿いを眺める。出勤していく、知っている顔、見たことのある顔。
 ハザードをたき、減速して脇に寄せる様子を見せたところで、絢佳は不意に、自分でも、え、今、と思うくらいに不意に口を開いた。



「とーや」
「なんだ?」



「とーやのこと、好きになったみたい。とーやのパートナーとしてこういう感情が重くて邪魔なら、短期間で申し訳なかったけど、終わりにして」




 不意打ちの絢佳の声に、ブレーキを踏む足に力が入りすぎてブレーキ音を立ててしまう。


 言葉をなくしている天羽に、絢佳は自分でも不思議なくらい、静かな気持ちで目を向けて、笑った。


「さすがだね。こんな短期間で落ちるとか、自分でもちょろいなぁ、と思うけど。送ってくれてありがとう」




 手を伸ばそうとした天羽の気配を察したのか、それともそれどころではなくこの空間から逃げたかったのか。
 すり抜けるように絢佳は助手席から降りてしまう。


 ドアを閉めて、ひらひらと少しぎこちない笑顔で手を振ると、真っ直ぐ伸びた背中で、大きめの歩幅で、出勤する人並みに紛れてしまった。









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