溺婚

明日葉

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エピローグ

 それで、と、カウンターに座る絢佳にココアを出しながら柏木は尋ねる。
 ココアというメニューは、ない。ただ、以前出したら気に入った絢佳はよく注文をする。割と手間がかかるので、その度に柏木がまったく、とぶつぶつというところまでが一行ひとくだりだ。

「旦那さんの言っていることは、理解したの?」
「はあ…」

 煮え切らない答えに、柏木が苦笑いする。


 女避けなんかじゃなくて、絢佳が欲しいのだ。



 浅葱は挑発したつもりはなかったのだが、まあ、行動に移せば結果的に挑発したことになるのだろうとは思っていたが。
 浅葱の暴挙の結果、絢佳を抱え上げたまま浅葱を蹴り出した天羽は、そのまま絢佳を寝室に運び、ベッドに組み敷いた。そして、そんなことを言いながら、顔中にキスを落とし、絢佳が泣きを入れても、甘やかし続けた。


「そうは言っても…女よけ、ならまだ理解できたんですよ。ちょうどよかったんだろうな、って。でもわたし個人となると。あれだけのスペックの人の目に止まる要素がなさすぎて」






 だから、なんだか腑に落ちないというか、理解できないというか。趣味を疑うというか。ああ、とハッとしたように絢佳は顔を上げる。

「柏木さん、こんなこと言ってたって、あの人きても言わないでくださいね?また怒られる…」


「怒られるって?誰に?」


 不意に背後から両側に長い腕が伸びてくる。絢佳を囲い込むようにカウンターに手をついた天羽は、不意打ちで絢佳の耳元で尋ねながら、こめかみに唇を押し付けた。

 ひゅっと、息を吸い込んだ絢佳はそんな甘やかしに硬直して対応できないでいる。


「お前、頭で考えるなって言ってるだろう。大人しくオレが言うこと受け入れていればいいんだ」

「この…俺様め」


 ようやく呟く絢佳は、身の置きどころがない。左右どちらに避けても、天羽の腕があるのだから。そして、背中にはしっかり密着されていて。カウンターの隅のいつもの席で、他の席からあまり見えないけれど、見ようとすれば見えるわけで。


「物好きっ」
「お前の自覚が足りない」


 天羽は、腕の中でそわそわと逃げ道を探している妻の頭頂部にキスをしながら、不敵に笑う。気に食わない。何が気に食わないって、これだけ言っているのに、絢佳はずっと一歩引いているような態度だから。
 いや、正確にいうなら、常に、天羽の気持ちが離れることを想定して覚悟して、天羽の言葉を聞き、日々を過ごしているから。あの日。浅葱を追い出した後。退路を断つように、天羽の言葉を信じるしかないように言葉を重ねているのに一向に最後のところで踏みとどまる絢佳を、音を上げても甘やかし続け、白状させた無意識のそんな自己防衛。
 そんな風に自己防衛しないといけないほどに、かつて誰かが絢佳に思われ、そして傷つけたということが、胸糞悪く腹の中がぐるぐるしたが。
 そう言われてみれば、絢佳の言動の端々にそれを見てしまう。


「お前が嫌だと言っても、手に入れた以上手放してやる優しさはオレにはない。それなのになんでオレの心がお前から離れると思う。理解できるまで、仕事休むか?」
「は?」


 腹が立って、思わず口をついて出た言葉に、絢佳が呆れた声を出し、けれど天羽の顔を確認してその顔を引きつらせた。決して冗談ではないと悟って。


「だいじょうぶ。間に合ってます」


「…柏木さん、チェックして」

「え!?」



 この話の流れでなんで急に、と絢佳は天羽を本格的に振り返る。だが、目の前には天羽の胸元と、シャツの隙間から鎖骨が見えるだけで。話すと動く喉仏に目を奪われていると、天羽に少し強めに手を引かれた。













「あ~あ。絢ちゃんに関してはあいつの地雷がわからないな」


 天羽と今日も一緒にここに来たというのに、今回は置いていかれた浅葱は、追いかける様子もなく眺め、カウンターに座る。

「疾矢があれほど執着する相手が出てくると思わなかったな」


 誰からも注目され、けれど誰にも執着しない男だったのに。容姿に恵まれ、才能に恵まれ、それを最大限に生かして生きながらも、人への愛着とは無縁に見えた。

「うれしそうですね」

「え?まあ…そうだな。長い付き合いのやつが、幸せなら」
「彼女のあれは、彼女の方も彼を好きだ好きだと、言っているようなものですが…彼はどこまで気づいているのでしょうね」


「さあ…柏木さん、それ、言わなくていいから」
「あなたも懲りないですね」



 柏木に言われて、浅葱はにやり、と笑った。
 意図的に箍を外したのだ。懲りてやる、理由がない。







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