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第1章 カウントダウン
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体温計を見て、やわらかい笑みを浮かべた花音の顔を覗き込み、翔も知らず笑顔になっている。
「花音のおかげでもう、治ったよ」
「治った…熱は下がったみたいですけど」
「っ言葉遣い!」
ぐしゃっと髪をかき混ぜれば、迷惑そうな顔になって髪を直している。知りません、と言いながら花音は洗濯物を干しに出ていってしまった。その後ろをついていって、翔は瞬きをした。
「オレ、夜中に着替えたの、一回じゃなかったの?」
「3回着替えましたよ?」
さらっと答えながら洗濯物を干しているが…。
「照れてるんですか?病人なんだからいいんですよ。汗で濡れたものを着ていたら治らないし」
「にしたって…」
「慣れてますから。…懐かしいくらいでしたよ」
本当に、懐かしむような笑顔を向けられて翔は複雑な思いになる。慣れているのはきっと隼人の父のため。思い出すのは辛くないのかとも思うけれど、言葉の中に彼の気配を感じる時、花音の表情はいつもやわらかい。
「花音は、土師さんとどうやって付き合いだしたの?」
「え?」
不意に聞かれて怪訝な顔になったが、少し考えてくすっと笑った。
「わたしが、風邪ひいたんです」
「風邪?」
「大学に入ったころ、わたし携帯電話を持っていなくて。特に約束をするような関係でもなかったので、会う時は偶然ばったり会う感じだったんですけど。まあ、お互い授業とかサークルとか、決まった動きのサイクルがあるから、顔を合わせる場所みたいなのもあって」
で、風邪をひいてしばらく顔を合わせなくて。心配で仕方ないのに知る術がないのはいやだからって、土師さんに言われたのだと、やっぱり幸せそうなやわらかい笑顔で言うのだ。
自分で聞いておいて、だが、妬ける。
「サークルって?」
「わたしはオーケストラ。土師は、そこの後輩なんです。土師さんは、バレー部」
「オーケストラ?楽器、やってたんだ」
過去形で言われ、花音は曖昧に頷く。御調は、社会人になってから所属した団体で知り合った人だった。
「みんな…サークルの仲間も、先輩も後輩も、授業の先生も優しくて。隼人を連れて来ればいいんだから、続けろって続けさせてくれたんです」
「え?」
意味をとりかねていれば、土師さんから聞いていないのかと花音の方が首を傾げた。
「うちの父に、もともとわたしを大学卒業させてくれる気があったのなら、4年間は学費を予定どおり出してくれって言ったんです。土師さんが、自分とのことでわたしが大学辞めるとか、サークル辞めるとか、言わないけどいやがっていたのもありますし、そっちも、好きだったので」
話の続きを想像して眉根を寄せる翔の顔を見上げ、そういう顔も、整っているなあとずれた感想を抱きながら花音はけろっとした顔で続ける。
「学費を自分で稼ぐのは無理なので、4年で卒業しました。土師さんのこと、文句言わせない。卒業して就職して、自分で稼いだお金で生活して隼人といるのに、何か言われる筋合いはないですから。まあ、土師さんの家族が、ものすごく助けてくれましたし、さっき言ったように、大学側の理解もすごくあって助けられたんです」
そこまで話してから、なんとなく時計に目をやった花音が慌てたような顔になる。
「大変、時間っ」
つい話の方に気を取られて手が疎かになっていた。洗濯物を干していく花音をそこに残して、翔はキッチンに行く。隼人にレパートリーが少ないと言われる花音より、翔の方が料理は得意なくらいだった。
「朝飯、作るよ」
「あ、あっためるだけになってるんですっ」
「え?」
一体何時に起きたんだと思いながら翔はそのままキッチンに入る。
眠っている翔の顔色が良くなっているのを確認し、細かく切った野菜をたっぷり入れたお粥が土鍋にできている。昨晩の、喉を通りやすいお粥とはまた違い、十分食事にもなるようなお粥に、ふと笑みがこぼれる。
隼人と手をつなぎ仕事に出かける花音を玄関で見送りながら、翔は両手で2人の髪をそれぞれ撫でる。
「行ってらっしゃい。明日は、花音のおじいさんの見舞いな。オレも午後から仕事だけど、夕方には今日は終わる予定だから」
「うん。いってきます」
緊張した面持ちになる花音を見下ろし、くくっと、翔は笑う。こっちが緊張したいくらいなのだが。
「かけるくん、レン、いってきます」
こちらは屈託なく笑って手を振る隼人に、手を振ってやりながら、閉まった玄関に背を向け、足元のレンを一撫でした。
正直、昨日の体調では仕事に穴を開けてしまうかと心配したが。まさか、無理をしてでもいく、ではなく、こんなにすっきりするとは思わなかった。
「花音のおかげでもう、治ったよ」
「治った…熱は下がったみたいですけど」
「っ言葉遣い!」
ぐしゃっと髪をかき混ぜれば、迷惑そうな顔になって髪を直している。知りません、と言いながら花音は洗濯物を干しに出ていってしまった。その後ろをついていって、翔は瞬きをした。
「オレ、夜中に着替えたの、一回じゃなかったの?」
「3回着替えましたよ?」
さらっと答えながら洗濯物を干しているが…。
「照れてるんですか?病人なんだからいいんですよ。汗で濡れたものを着ていたら治らないし」
「にしたって…」
「慣れてますから。…懐かしいくらいでしたよ」
本当に、懐かしむような笑顔を向けられて翔は複雑な思いになる。慣れているのはきっと隼人の父のため。思い出すのは辛くないのかとも思うけれど、言葉の中に彼の気配を感じる時、花音の表情はいつもやわらかい。
「花音は、土師さんとどうやって付き合いだしたの?」
「え?」
不意に聞かれて怪訝な顔になったが、少し考えてくすっと笑った。
「わたしが、風邪ひいたんです」
「風邪?」
「大学に入ったころ、わたし携帯電話を持っていなくて。特に約束をするような関係でもなかったので、会う時は偶然ばったり会う感じだったんですけど。まあ、お互い授業とかサークルとか、決まった動きのサイクルがあるから、顔を合わせる場所みたいなのもあって」
で、風邪をひいてしばらく顔を合わせなくて。心配で仕方ないのに知る術がないのはいやだからって、土師さんに言われたのだと、やっぱり幸せそうなやわらかい笑顔で言うのだ。
自分で聞いておいて、だが、妬ける。
「サークルって?」
「わたしはオーケストラ。土師は、そこの後輩なんです。土師さんは、バレー部」
「オーケストラ?楽器、やってたんだ」
過去形で言われ、花音は曖昧に頷く。御調は、社会人になってから所属した団体で知り合った人だった。
「みんな…サークルの仲間も、先輩も後輩も、授業の先生も優しくて。隼人を連れて来ればいいんだから、続けろって続けさせてくれたんです」
「え?」
意味をとりかねていれば、土師さんから聞いていないのかと花音の方が首を傾げた。
「うちの父に、もともとわたしを大学卒業させてくれる気があったのなら、4年間は学費を予定どおり出してくれって言ったんです。土師さんが、自分とのことでわたしが大学辞めるとか、サークル辞めるとか、言わないけどいやがっていたのもありますし、そっちも、好きだったので」
話の続きを想像して眉根を寄せる翔の顔を見上げ、そういう顔も、整っているなあとずれた感想を抱きながら花音はけろっとした顔で続ける。
「学費を自分で稼ぐのは無理なので、4年で卒業しました。土師さんのこと、文句言わせない。卒業して就職して、自分で稼いだお金で生活して隼人といるのに、何か言われる筋合いはないですから。まあ、土師さんの家族が、ものすごく助けてくれましたし、さっき言ったように、大学側の理解もすごくあって助けられたんです」
そこまで話してから、なんとなく時計に目をやった花音が慌てたような顔になる。
「大変、時間っ」
つい話の方に気を取られて手が疎かになっていた。洗濯物を干していく花音をそこに残して、翔はキッチンに行く。隼人にレパートリーが少ないと言われる花音より、翔の方が料理は得意なくらいだった。
「朝飯、作るよ」
「あ、あっためるだけになってるんですっ」
「え?」
一体何時に起きたんだと思いながら翔はそのままキッチンに入る。
眠っている翔の顔色が良くなっているのを確認し、細かく切った野菜をたっぷり入れたお粥が土鍋にできている。昨晩の、喉を通りやすいお粥とはまた違い、十分食事にもなるようなお粥に、ふと笑みがこぼれる。
隼人と手をつなぎ仕事に出かける花音を玄関で見送りながら、翔は両手で2人の髪をそれぞれ撫でる。
「行ってらっしゃい。明日は、花音のおじいさんの見舞いな。オレも午後から仕事だけど、夕方には今日は終わる予定だから」
「うん。いってきます」
緊張した面持ちになる花音を見下ろし、くくっと、翔は笑う。こっちが緊張したいくらいなのだが。
「かけるくん、レン、いってきます」
こちらは屈託なく笑って手を振る隼人に、手を振ってやりながら、閉まった玄関に背を向け、足元のレンを一撫でした。
正直、昨日の体調では仕事に穴を開けてしまうかと心配したが。まさか、無理をしてでもいく、ではなく、こんなにすっきりするとは思わなかった。
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