年下にもほどがある!

明日葉

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Side榊 1

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「寝てていいよ。わたしの隣ならみんな、わたしに潰されたって思うだけだから」



 この部署に配属された春。歓送迎会の2次会。顔に出ないせいで散々に飲まされて、隅の方でずっと席移動もしないで飲んでいる人の隣に座った。
 仕事はできるけど、きつい人、と言う噂も聞く主任。でも男女関係なく慕う後輩も可愛がる先輩や上司もいる様子なのを何度も見ている。この人は席を動かないのに、誰かしらが同じテーブルに確かにいた。
「狛井さん、これからお世話になります」
「…こちらこそ」
 差し出したグラスに軽くグラスを合わせてくれて、淡々と飲み干している。
 この人も顔に出ないな、と思っていたら、目の前に違うグラスが置かれた。
「こんな隅っこに来て、休憩していいよ。それ、ストロー刺さってないけどウーロン茶だから飲んで」
「は…」
「顔に出ないけどだいぶ回ってるでしょ。この課、みんな飲むからねぇ」
 有無を言わさずに飲まされていると、課長が来て狛井さんに笑いかける。
「こら、あんまり飲ませるなよ」
「先に飲ませたの、課長たちですよー」
 手元にあるのがウーロン茶だなんて思われていない。そのうち、眠気が襲って来た。寝てていいよ、と言われて、抗えずに横になった。
 酔っ払いのやることだと言い訳をして、すぐ隣にあった彼女の膝に頭を乗せて、腰にしがみついた。
 体が緊張するのはわかったけれど、そのままじっとしている気配に、調子に乗って、腕に力を込めた。


「酔わせて何やってんだ」
「ちょっ、変わってくださいよっ」


 飛び交う声に気づかぬ顔で、目を瞑っていた心地よさ。







 いつも完璧だと思われて。見た目のおかげで周りの期待値ばかり高くて。勝手にされた期待を裏切って幻滅されたくなくてどんどん取り繕って。
 結果、いつも周りに人はいたし、仕事も順調。
 ただ、狛井さんのそばの居心地の良さは、違った。そばにいたくて声をかけても食事に誘っても、残業帰りに送ると言っても、全てスルーされた。いや、こちらの本意は全く伝わらない。
 年の差のせいなのだろうけれど。10歳以上の年の差は、相手に気付いてもらえないらしい。
 もどかしくて苛立って、そんなことをしていたら、我ながららしくないミスをした。手配ミスで業者が動いていなかった。それなのに、周りは誰も怒らない。ここは、怒ってもいいところだと思うのに。
「こまいー」
 気が抜けたような声で係長が狛井さんを呼んで、状況を説明した。こちらを見られて、思わず緊張して背筋が伸びる。厳しい人、なのは事実なのだ。
「すみませんっ」
「謝る相手は、わたしじゃないから。とりあえず、現場に行っててください。係長も一緒に」
 彼女は、なんでか、オレの名前をほとんど呼ばない。それに気付いたのはいつだったろう。被害妄想かもしれないし、気のせいかもしれないけれど。
「課長、現場整ったら、直帰でいいですよね?」
「あー。いいよ。今からなら就業時間終わるだろうし」
「え、いや、でも」
「今日はイブだよ。引っ張りだこでしょうが。仕事スッキリさせて、楽しみな。楽しみが後にあれば、現場押さえるのも苦じゃないでしょ」
 引っ張りだこなんかじゃない。
 全部、断った。でも、そんなこと言える状況じゃなくしたのが自分自身で。
「よし、じゃあ榊、いくぞ」
「え、いや、でも業者…」
 大丈夫大丈夫、と係長が動くのに、ついていくしかない。


「大丈夫だからな」
 オフィスから出て、改めて係長が目を合わせて言う。
「狛井が業者は動かしてくれるから、安心しろ」
「でもこんな年末に今から…」
「あいつに頼まれたら、現場も業者も、まあなんとかなる。取引先の書類ミスも普段から直してやってるようなやつだ。そんな奴に頼まれたら、向こうもなんとかしてやろうと思うだろ?」
「…はい」
 そんな顔するな、社内きっての有望株が。
 揶揄うような口調に戻って言われるけれど。こんな初歩的なミスをしていたらそんなこと胸を張って言えるわけがない。
「さっき、榊のこと怒らないであいつ、動いただろう」
「はい」
「まあ、時間との勝負ってのもあるんだけど。自分で反省してる奴、怒って追い討ちかけても仕方ないからなぁ。それに普段からちゃんとやってるのを知ってるから、今はそんな場合じゃないから怒らなかったわけじゃなくて、誰も怒ってないぞ」
 普段ミスのない奴は気にしすぎるんだよな、と笑って言われて、さらに凹む気持ちをとにかく鼓舞した。




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