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46話 竜の過去 ①大好きだよ
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♢♢♢
今から11年前──竜が6歳になったばかりの頃。
それは、ジメジメとした梅雨が終わり、夏に差し掛かる7月のことだ。
「おかぁさん……おなかすいたょ」
とあるアパートの一角。
竜はダイニングテーブルに腰掛ける母を見上げ声をかける。
「はぁ……はい、これでも食べてな」
ため息をついた母は立ち上がり、キッチンからスティックパンの入った袋を手渡す。
その母の顔はやつれ、髪の毛はボサボサだ。
「……ありがとう」
竜はそれを受け取ると母の正面の椅子に座り、夢中で口に頬張る。
3本入っていたパンはものの数分でなくなった。
「もう、なくなったわけ? 今日はそれだけだから。全部食べたあんたがいけないのよ」
「ご、ごめんなさい……」
竜は空になった袋握りしめ悲しそうな顔で母の前に立つ。
それは今にも泣き出しそうな顔だ。
「もう! そんなんで泣かないでくれる。うざいから。全部食べるあんたが悪いんだよ!」
「いたっ! ……うっ……ないてない…もんっ!」
母に肩を押され床に転ぶ竜。
顔を歪めた竜は必死に泣くのを堪えていた。
***
次の日。
「はい、今日のごはんね」
「……ありがとう」
1日分の食事を手に嬉しそうに笑う竜。
その手にはスティックパン3本が入った袋が握りしめられていた。
「はぁ……あんた似てきたね。イライラすんだよね」
母の言う"似てきた"は竜の父親だ。
結婚当初は優しい夫だった。
だが、竜が生まれてきてからはまるで別人のように変わり果てた。
育児を手伝うことはなく、家事を少しでも手を抜くと怒鳴られ、殴られる始末だ。
そんな夫とも竜が4歳の頃に離婚している。
竜が成長するにつれ、父親に似てきた顔。
そんな竜の顔に怒りを覚えるようになった母。
「……っ! いたいよぉ。おかぁさんっ! いたいっ!」
竜はあまりの熱さと痛さに泣き叫ぶ。
椅子に座る竜の隣には母が立っている。
タンクトップから出る細い腕からは煙が漂う。
二の腕には火の点いた煙草が押し付けられていた。
──いわゆる根性焼きだ。
「うるさいなっ!」
母はそう言うと竜の背中を思いっきり叩く。
「いだぁいよぉぉ……」
「……はっ! ご、ごめんね。竜ごめんね……。でも竜の顔が悪いのよ。あの人に似てくるから。でも竜は大好きよ……」
「……うん。僕もおかぁさん好き」
母は竜を抱きしめると優しく頭を撫でる。
手を上げた後は必ず母は謝り"大好き"と伝える。
幼い竜はそんな母の一言に嬉しく思い、自分は"愛されている"と錯覚する。
それは小学校に上がっても続いていた。
小学校に上がってからの食事は学校の給食だけだ。
家では何も与えてもらえずお腹が空いた時は母にバレないよう冷蔵庫の余り物を食していた。
食べたことが母にバレた日には、怒鳴られ殴られる。
そして、母は必ず"ごめん、大好きだよ"と口にしていた。
土日はスティックパン3本だけ手渡される毎日だ。
※2021/12/18
タイトル変更しました。
今から11年前──竜が6歳になったばかりの頃。
それは、ジメジメとした梅雨が終わり、夏に差し掛かる7月のことだ。
「おかぁさん……おなかすいたょ」
とあるアパートの一角。
竜はダイニングテーブルに腰掛ける母を見上げ声をかける。
「はぁ……はい、これでも食べてな」
ため息をついた母は立ち上がり、キッチンからスティックパンの入った袋を手渡す。
その母の顔はやつれ、髪の毛はボサボサだ。
「……ありがとう」
竜はそれを受け取ると母の正面の椅子に座り、夢中で口に頬張る。
3本入っていたパンはものの数分でなくなった。
「もう、なくなったわけ? 今日はそれだけだから。全部食べたあんたがいけないのよ」
「ご、ごめんなさい……」
竜は空になった袋握りしめ悲しそうな顔で母の前に立つ。
それは今にも泣き出しそうな顔だ。
「もう! そんなんで泣かないでくれる。うざいから。全部食べるあんたが悪いんだよ!」
「いたっ! ……うっ……ないてない…もんっ!」
母に肩を押され床に転ぶ竜。
顔を歪めた竜は必死に泣くのを堪えていた。
***
次の日。
「はい、今日のごはんね」
「……ありがとう」
1日分の食事を手に嬉しそうに笑う竜。
その手にはスティックパン3本が入った袋が握りしめられていた。
「はぁ……あんた似てきたね。イライラすんだよね」
母の言う"似てきた"は竜の父親だ。
結婚当初は優しい夫だった。
だが、竜が生まれてきてからはまるで別人のように変わり果てた。
育児を手伝うことはなく、家事を少しでも手を抜くと怒鳴られ、殴られる始末だ。
そんな夫とも竜が4歳の頃に離婚している。
竜が成長するにつれ、父親に似てきた顔。
そんな竜の顔に怒りを覚えるようになった母。
「……っ! いたいよぉ。おかぁさんっ! いたいっ!」
竜はあまりの熱さと痛さに泣き叫ぶ。
椅子に座る竜の隣には母が立っている。
タンクトップから出る細い腕からは煙が漂う。
二の腕には火の点いた煙草が押し付けられていた。
──いわゆる根性焼きだ。
「うるさいなっ!」
母はそう言うと竜の背中を思いっきり叩く。
「いだぁいよぉぉ……」
「……はっ! ご、ごめんね。竜ごめんね……。でも竜の顔が悪いのよ。あの人に似てくるから。でも竜は大好きよ……」
「……うん。僕もおかぁさん好き」
母は竜を抱きしめると優しく頭を撫でる。
手を上げた後は必ず母は謝り"大好き"と伝える。
幼い竜はそんな母の一言に嬉しく思い、自分は"愛されている"と錯覚する。
それは小学校に上がっても続いていた。
小学校に上がってからの食事は学校の給食だけだ。
家では何も与えてもらえずお腹が空いた時は母にバレないよう冷蔵庫の余り物を食していた。
食べたことが母にバレた日には、怒鳴られ殴られる。
そして、母は必ず"ごめん、大好きだよ"と口にしていた。
土日はスティックパン3本だけ手渡される毎日だ。
※2021/12/18
タイトル変更しました。
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