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1話。史上最強の錬金術師、理解されずに追放される

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「マイス・ウィンザーよ。貴様を国家反逆罪で、追放処分とする!」
「な……っ!? お、お待ちください国王陛下。何かの誤解でございます!」

 謁見の間に呼び出された僕──18歳の錬金術師マイスは、国王陛下から突然、追放を言い渡された。

 せっかく朝から錬金術工房に引きこもって、至福の時を過ごしていたというのに、国家反逆罪だって……!?

「ヒャッハー! 言い訳は見苦しいぜ兄貴! これで栄光なるウィンザー公爵家の次期当主は、この俺様に決定だな!」

 僕のひとつ年下の弟アルフレッドが、国王陛下の隣に立って歓声を上げた。
  
「てめぇが、禁忌を破って守護竜ヴァリトラ様の元に通っていたことは、とっくに調べがついているんだよ! てめぇはこの国を滅ぼすつもりなのか? あっあーん!?」

 その一言で、今の状況がある程度、理解できた。
 アルフレッドは僕を追い落として、自分がウィンザー公爵家の次期当主になる野望を抱いていた。

 この5年間、あの子の元に通っていることをひた隠しにしてきたけど……とうとう嗅ぎつけられてしまったのか。

「おおかた、ヴァリトラ様に取り入ろうとでもしたんだろうが、残念だったな! この欠陥品が!」
「マイスよ。我が国は、復活された守護竜ヴァリトラ様のおかげで周辺諸国を従え、大国となった」
 
 国王陛下の声には静かな怒りがこもっていた。

「もしヴァリトラ様の機嫌を損ねれば、我が国はおしまいだというのが、わからんのか!?」

 この場に集った父上をはじめとした国の重鎮たちは、賛同を示して頷く。彼らは僕を心底蔑んだ目で見ていた。
 王国は完全にヴァリトラの力に依存するようになってしまったのだから、無理もない。

「ヴァリトラ様の世話役は、選りすぐりの美少女でなければならぬと、伝説にはあるのだぞ! そ、それを貴様は……ッ!」

 4年前に突如、王都近くに巨竜が出現した。
 その巨竜は、国内の魔物をすべて従えてしまった上に、魔物に王国民を決して傷つけないように命令した。
 さらに王国に侵攻してきた敵国の軍隊を、いとも簡単にやっつけてしまった。

 その雄姿が、伝説の守護竜ヴァリトラと瓜二つであると騒ぎになって、今に至る。
 いや、あの子はそんな伝説のドラゴンなんかじゃ、ないんだけどね……

「国王陛下、今、この場にてマイスの廃嫡と、アルフレッドを公爵家、次期当主とすることを、お許しいただきたく存じます!」
「うむ、許す! 我が偉大なる野望、世界征服のため、このような愚か者は不要であるぞ!」

 父上の進言に、国王陛下は叫ぶ。
 世界征服。その一言に、居並ぶ大貴族たちが色めき立った。
 無敵の守護竜ヴァリトラのおかげで勢いに乗った国王陛下は、世界を手中に収めるという野望に取り憑かれていた。

「ヴァリトラ様の元に行っていておらぬが……当然、マイスと我が娘、第一王女ルーシーとの婚約も破棄だ! ルーシーの婚約者はアルフレッドとする!」
「くはっ! やったぜ! ルーシー様が俺様のモノにぃいいい!?」

 アルフレッドは大喜びした。

「お、お待ち下さい。ルーシー殿下の意思も確認せずに、それは……!」

 僕は思わず、異を唱えた。
 僕とルーシーは幼馴染として育った間柄で、婚約していた。

「ひかえよ、マイス。これは余の決定であるぞ!」
「はっ……!」

 事態は最悪な方向に転がっていった。
 これはマズイ……国王陛下たちは、僕がヴァリトラの怒りに触れるのを恐れているが、事態は全くの逆だ。

 僕を追放などしたら、あの子は──ヴァリトラは100%、大激怒する。
 そうなれば、この国はおしまいだ。

「まったく、なぜこのようなことをしたのか、理解に苦しむ! 誤解と言ったな? 最後に何か、申し開きがあるなら申してみよ」
「はっ……恐れながら申し上げます」

 この場にルーシーがいてくれれば、弁護してくれただろうが……
 今は僕の力だけで、この国を守るために弁明しなければならない。
 僕は意を決して、口を開いた。

「以前から申し上げておりました通り、国王陛下が崇めている守護竜ヴァリトラは……僕が錬金術で生み出した人造魔獣なのです」
「はぁ……?」

 全員が、呆気に取られた。

「ヒャハハハハハ! 兄貴、まさか公の場で、ここまで大ボラを吹くとは思わなかったぜ。てめぇは外れスキルを持って生まれた欠陥品。回復薬もまともに作れない無能だろうが!?」

 アルフレッドが腹を抱えて爆笑しだす。

「その通り! まさか、陛下の御前で、こうまであからさま嘘をつくとは……恥を知れ! 公爵家の面汚しめが!」

 父上も顔を真っ赤にして僕を罵倒した。
 やっぱり信じてもらえなかったか……
 『外れスキル持ちの欠陥品』。それが、僕に対する評価だった。

 この世界ではごく稀に、生まれた時に神様から特別な能力であるスキルを授かる者がいる。

 僕のスキルは【創世錬金術(ジェネシス・アルケミー)】という、錬金術系のスキルだった。
 効果は、『SSSランクの錬成を成功させる』という破格のものだ。

 この世界のアイテムは、品質によってSSS~Fランクに格付けされている。
 市場に流通しているアイテムの最高ランクはS。SSSランクは、神話級アイテムとされる幻のランクだった。
 
 このことを知った父上は、大変喜んだという。
 しかし……
 僕が錬金術を使おうとすると、ことごとく失敗した。
 なぜか錬金術に使う素材が、必ず爆発してしまうのだ。

 やがて僕は、無能の烙印を押されて、誰からも見向きもされなくなった。
 
「本当です! 実はヴァリトラの正体は、4年前に黒死病にかかった僕の双子の妹ティニーなんです! 僕は妹の病気を治そうとして、人体改造の錬金術を使ったところ、ティニーはなぜかドラゴンになってしまったんです!」

 錬金術の目的のひとつは、人間の肉体や魂を、より高次元の存在に錬成、進化させることだ。究極の到達点は、老いも病も怪我も超越した不老不死となることだった。

 だけど、人間の身体を変質させる錬金術は、失敗すれば恐ろしい怪物を生んでしまうリスクがあった。

「僕はティニーを人間に戻すための方法をずっと研究し続けて……そのためにヴァリトラの元に通っていたんです!」

 僕は必死に訴えた。

「もし僕を追放したら、確実にヴァリトラの怒りを買います! そうなったらヴァリトラの配下の魔物たちは暴走して王国を襲い、被征服地では謀反が相次いで王国は崩壊します!」
「も、もう良い……何を言うかと思えば、くだらん世迷い言を! それでも、偉大なる錬金術師パラケルススの末裔か!?」

 国王陛下は怒りを爆発させた。
 大貴族たちは、完全に呆れ果てていた。

「いえ、僕の言っていることは神に誓って本当で……!」
「ヒャハハハハハ、国王陛下! 良いことを思いつきました。兄貴を恐ろしい黒死病が蔓延している辺境のベオグラードに送りましょう。ヴァリトラ様を生み出せるほどの偉大な錬金術師なら、流行り病くらい簡単に治せるよな!」

 アルフレッドが底意地の悪い眼差しを僕に向けた。

「それは妙案だ! 陛下、ウィンザー公爵家の人間が……仮にもパラケルススの末裔が国外追放とは、いかにも体面が悪うございます。確か、かの地は、領主が病没して困り果てておったではありませんか?」

 それに父上も乗っかってきた。

「ふむ、それもそうであるな……よしマイスよ。貴様はベオグラードの領主となり、流行り病を鎮めて参れ!」

 ベオグラードだって?
 王都から、あまりに遠く離れた辺境の地だった。
 確か、どこまでも続く大森林が広がる土地だ。

「ヒャハハハハハッ! ヒビってやがるな、嘘つき野郎め! そうだよ、そこがてめぇの墓場って訳だぁ!」

 僕が言葉を失ったのを恐怖したと捉えたのか、アルフレッドは喜色満面となった。
 えっ、妹の命を奪おとした黒死病については、かなり研究してきたから、問題ないどころかむしろ望むところなんだけど……

「さぁ、騎士ども、この愚か者をつまみ出せ!」
「ハッ!」

 国王陛下の命令によって、騎士たちが僕の両腕を掴んで無理やり退場させる。
 アルフレッドを始めとした大貴族たちの嘲笑が、僕に浴びせられた。

「国王陛下、どうか僕の話を聞いてください! このままでは、この国は……っ!」
「ええい、黙れ! これ以上、グダグダ言うなら、死刑にするぞ!」

 無慈悲に謁見の間の大扉が閉められる。
 僕の声は最後まで届かなかった。この瞬間、この国の命運は尽きたのだった。
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