私ときつねさんとおじさんと

メイ

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1章

出会い

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 夏休み後半の某日、私は友人を何人か引き連れ、駅の近くにある公民館にて勉強会をしていた。夏の終わりの恒例行事、溜まりに溜まった課題の消化といったところだ。
 勿論終始真面目にやるつもりは毛頭なく、一日やそこらで終わる筈もないため、夏休み最後の一週間は勉強会で消化するというのがお決まりなスケジュールだった。

 一日のノルマは午前十時に集合、夕方の六時頃に解散。
 けれど、休憩や雑談を含めたら手を動かしている時間は実質その半分くらいか。勉強嫌いな私からしたら少々長過ぎに感じるくらいだった。


「雫ちゃん、また明日!」

 今日もまた一日分のノルマが終了し、勉強会の二日目が幕を降ろす。
 綺麗な夕焼けに包まれながら、昨日と同じように友人に手を振り一時の別れを交わした。


「あぁ、疲れた~」

 いつになく大袈裟にリアクションをとりながら、ゆっくりな足取りで歩を進める。
 私の家は他のメンバーと違い少し遠く、最寄りの駅から電車で五駅移動しなければならなかった。
 とはいっても、高校へは電車で通っているため、定期の存在から交通費に関して気にすることはなかったが。

 高架下に差し掛かった瞬間、不意にお母さんに電話をかけたくなった。
 理由はないけれど、この衝動は時折ある。なんでもない、取り敢えず無性に話がしたくなる瞬間。

 頭上にて電車が走る中、一旦歩みを止め、スマホ内に登録されたお母さんの元へ電話をかける。
 電車の騒音でほとんどが掻き消されているものの、微かなコール音が辛うじて耳の中に届く。

「あ、お母さん? あと三十分くらいで帰るから晩御飯の準備よろしくね」


 本当になんでもない内容の些細なやりとり。
 けれど、不思議と安堵の気持ちが私の中を満たしていくのがわかった。

 決してマザコンとかそういうつもりはないが、こうして謎の衝動に駆られてしまってる辺り否定しきれたものでもない。
 お母さんとは二人きりで暮らしている。
 お父さんは私が物心つく前に死んでしまったため、どんな人だったかさっぱりわからない。
 死因は不慮の交通事故と聞かされたが、詳しい事は何故かはぐらかされて教えてくれない。
 
 お父さんの記憶がカケラ程度しか無いものの、お父さんが死んだ後にお母さんが保険金で家政婦を雇ったのは覚えている。
 お母さんも女手一つで働いてくれたが、当然その分家事に手が回らなくなり、予算の都合で私が保育園を卒園するまでの期間という取り決めの元で雇った感じだ。


    その家政婦が面白いことに男性……というよりかはおっさんが正しいか。
 髪はボサボサで長く、挙句整えることもなし。
 髭も伸びてて、さながら不審者にしか見えない不衛生ぶりだった。


 解雇するまでの四年間、一度たりとも笑っていないことも覚えている。
 ただ、家政婦としての仕事ぶりは、今振り返っても大したものだと感心する。
 とにかく面倒見がよく、言ったことは何でもこなしてくれたし、相談事に対しても嫌な顔一つせず向き合ってくれた。
 料理も思いの外上手で、タコさんウィンナーを瞬く間に量産してくれたのは実に衝撃的だった。


 けれど。


 私が小学生になると同時に、その人は私の前から居なくなってしまった。
 期限を迎えたがための解雇で仕方のないことだけれども、別れも無しにまるで煙のように跡形もなく居なくなったため、流石に悲しかった。
 四年もの間、名前も素性も、どこに住んでるのかも一切明かしてくれなかったため、なおさらこの別れは堪えた。


 まるで嫌われたようにも捉えられるから……。



 ちなみに私がその人に付けたアダ名は〝ヒゲおじさん〟。
 四年間、髭を短く切り揃える場面はあったが剃ることはなかったため、万能極まるアダ名だった。



「ん、それじゃあまたあとで」

 眩しいくらいの紅い夕日が照りつける中、三十秒に渡る電話を切る。
 すぐ近くの街路樹にへばり付く蝉が、今日一日の閉幕を高らかに謳っていた。

 嗚呼、このまま歩を進めていつも通り一日が終わる。
 ふと瞳を閉じて今日という日を振り返ろうとした。


 その時だった。




「もし。道を尋ねてもよいかの?」




 頭上を走る電車の騒音をまるですり抜けるようにはっきり聞こえる、けれど静かに語りかけるような声に、はッと振り返る。

 そこにいたのは一人の女性。
 金の長い髪に、綺麗に着こなされた着物姿、純白の足袋に二枚歯の高めな下駄。
 妖艶ささえも漂う美しい顔立ちとその姿は何処か場違いにも映るが、思わず視線を奪われてしまう。
 なんというか、まるで彼女を取り囲む空気が違うというか、どこか異質というか……。


「はて、そんなに難しい問いだったかえ?」

 微笑みながら向けられた人差し指が、静止した私へ向けられ、それに釣られるように私も我に帰る。

 困ったなぁ。
 心の中で溜息をつきながら呟く。

 駅周辺は過去に幾度か散歩したことはあるが、街全体などからっきしで、道案内を期待されるほどの土地勘はない。


「あの、すいません。この辺りは土地勘がないので……」

 多分、これが正解だろう。
 下手に行き先を聞いて無駄に期待を持たせるより、最初からきっぱり断った方がまだ良心的か。
 駅の近くに交番があるのは記憶しているが、相手を、ましてやお巡りさんにまで負担を掛けそうで正直気が引けた。
 何より、説明下手な私には荷が重いのも否めない。

「では、私はこの辺で」

 苦笑し小さく一礼した後早々と退散しようとする。
 ところが、なぜかその女性の表情が先ほどより生き生きとし、笑顔に満ちていた。まるで、想定が確信に変わったかのように。

「ほほぉ、となれば妾もついて行こうかの」

「……えっ」

 ただでさえ意味のわからない笑みに困惑している最中、突如投下されたその一言にますます頭が混乱する。
 あくまでお互い初対面、ましてや会って間もない女性から発せられたその一言は、どこか恐怖すら感じられた。

 高架下の陰に丁度重なるため少々見づらいが、琥珀色の鮮やかな瞳が私を凝視する。
 私がこれからどこへ行こうとしているのか、まるで全てを見透かされているようで薄気味悪かった。

 けれど、少しばかり冷静になり頭の中を整理してみれば、面白いくらい理にかなった一つの結論がふと脳内をよぎる。


「……もしかして、駅に行きたいんですか?」

 半信半疑で尋ねてみるとどうやら正解らしく、目を輝かせながら小さく頷く。

 なるほどそういうことか、と私は頭の中で確かな納得を覚えた。
 土地勘がないという点で私がここら近辺には馴染みがないこと、さらには夕方である以上向かうのはおおよそ自宅、つまりは駅を利用するということ。
 たったそれだけのことなのだ。


 不審だと思った相手も、いざ蓋を開けてみれば少々鋭いだけで何の変哲もないただの迷子。
 そんな相手に過剰に身構えた私を振り返ると、なんというか……少しばかり恥ずかしい。
 口調や服装は変わっているものの、この人の無垢な笑顔を見ていると、決して悪い人ではないのが直感的に伝わった。

「駅まで近いと言っても十分くらい掛かりますし、途中わかりづらい場所もありますし……一緒に行きましょうか」

 こちらからも笑みを返し、早速駅へ歩を進めようとした。




 その矢先の出来事だった。




 なんの前触れもなく、強い風が吹き抜ける。   

 とても強い、まさに突風だった。
 前髪が激しく靡き、たちまちに視界を完全に奪う。

 すぐ近くで何やら大きな音が響き、その音が聞こえて間もなく強風がピタリと止んだ。
 本当に突然、束の間に起こったことだった。

 乱れた髪を手櫛で整えながら、すぐさま音がした方へ視線を向ける。
 誰かが停めていた一台の自転車が転倒していて、カラカラと寂しげに音を奏でながらタイヤが空回りしていた。
 先程の強風ならむしろ倒れないほうが不自然か。


 すごい風でしたね。
 苦笑しながらそう呟き、再度女性の方へ視線を向けようとするも、すぐそこにいたはずの女性の姿は、いつの間にかどこにも見当たらなくなっていた。
 辺りを見渡しても、通行人はおろか人影一つもない。


「え……」


 ありえない。

 つまりあの女性は、着物姿という動きづらい状態で、私が視界を奪われた数秒間に下駄の音を一切立てずに去ったということになる。
 果たしてそんなことが出来るのだろうか。
 今思い返せば、あの女性が道を訪ねて来た時もそうだ。
 一体どうやって物音一つ立てずに私の背後に立ったのか。
 考えれば考えるほど疑問が増えてゆく。
 もし今の気持ちを一言で例えるなら〝狐につままれた〟が最も相応しいだろう。


「……あっ、しまった。もうこんな時間か」

 埒があかない思考を一旦止め、思い出したかのようにスマホを覗き込む。
 電話を切ってから、既に結構な時間が経っていた。
 刻一刻と進んでいるであろう晩御飯の準備を考えたら、こうして道草を食っている暇はない。
 もしパスタとか麺類だったらそれこそ台無しになるだろう。
 そんなことを思いながら一心不乱に駅へ向け走り出す。


 真っ赤な夕焼けの日差しが、先ほどよりも一層眩しく感じられた。



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