私ときつねさんとおじさんと

メイ

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1章

深淵へ

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 迸る眩い夕日に照らされながら、私は電車に揺られていた。

 勉強による疲弊と、謎の女性との出会いと不可解極まる別れ。
 それぞれが頭の中で混沌を描き、さらなる疲労が押し寄せる。


「間も無く◯◯、御出口は右側です」


 車内は夕方にも関わらず、珍しいほど空いている。座ることこそできなかったか、疲れている分満員よりかは遥かにマシだった。
 吊革に掴まり見飽きた外の風景を呆然と眺めては、夕食のことが頭をよぎり溜息が漏れ出る。

 別に食いしん坊というわけではない。ただ、私の記憶違いでなければ、数日前にお母さんの告知で近々パスタを作るだの言っていた気がしなくもない。
 お母さんの料理は、そこら近辺のレストランよりも美味しい。
 パスタがその筆頭と言えよう。
 それはそれは芸術の極みたる味で、数千円の価値があると私の舌が評価した程だ。
 もっとも、私の舌による評価は信憑性あるのか怪しいし、第一伸びきったパスタなど最早目も当てられないが。
 だからここは静かに神頼みをするしかない。

 パスタの神がお母さんの気をそっと逸らしてくれるように……否、これは見方によっては逆効果ではないのか?



「間も無く◯◯、御出口は左側です」



 テンションが右肩下がりな中、電車が駅に停まり、降りる客と乗り込む客が交錯した後次の駅にて向けて発車する。

 そういえば、あの謎の女性は最終的に電車に乗れたのだろうか。容姿といい口調といい、不意に消えてしまった件といい、一体何者だったのだろうか。

 思えば思うほどわからない……というよりかは、理解の及ばないところへ手を伸ばそうとしている。
 そう表現したほうが正しいのかもしれない。



「次は終点◯◯、◯◯で停まります」



 アナウンスが耳の中に入った途端、ようやく今ある致命的な状況下に気づく。
 それから間も無く、降りるはずだった駅が私の眼前を横切っていく。

 しまった、そう思っても既に遅い。
 このまま終点を目指すあたり、この電車は通勤快速で間違いないだろう。
 確認を怠った私に非はあるけれど、疲労と急いでいる心境に対しこれは流石に堪える。

 更に深い溜息を一つ漏らし、終点はまだか、早く着かないかと外の景色をぼんやり眺めながらまるで呪文のように心の中で幾たびも唱える。

 みるみる見慣れない風景が広がっていき、十分ほど経った頃漸くアナウンスが流れる。



「間も無く終点◯◯、お出口は左側です」




 もはや料理のことは頭の中に無く、とにかく今は一刻も早く帰りたい、その一心だった。

 電車が徐々にスピードを落としていき、それを皮切りに辺りの乗客達が一人、また一人と出口へ集まり始める。

 私自身混雑を煩わしいと感じる性のため、最後に降りようと敢えて出口から遠ざかり、ごった返す出口を後回しにする。
 電車が停車して間も無くドアが開くと同時に我先にと乗客達が流れるように降りていき、ごった返していた出口からみるみる人がいなくなっていった。


 さて、私もそろそろ降りないと。そう思いつつ出口へ歩を進めそのまま降りようとした瞬間……


ドンッ。


 私の目に見えない〝何か〟にぶつかり、大きくよろける。

 それとほぼ同時に車内アナウンスが流れる。





「ツギハ終点、終点、ドア、閉マリマス……」




 まるで生気が感じられない、雑音混じりの歪で禍々しい声。



「どうなってんの、これ……」


 まるで意味がわからなかった。

 出たくてもまるで見えない壁が出口を塞いでいるようで一向に出られず、何度も繰り返し流れる不気味なアナウンスに混乱は更に高まった。

 普通じゃない。

 私は恐怖と焦りに我を失いながら違う出口へ急いで向かうも、非情にも目前でドアが音も無く閉まる。
 そして、幽閉され恐怖と絶望に茫然とする私など御構い無しに、電車が物音ひとつ立てず深淵の闇へと発車した。


 一人残された車内で、なす術もなく変わりゆく外の世界をただただ眺めることしかできず、不安と恐怖に押しつぶされそうになる。

 スマホを取り出しても何故か圏となりろくに機能することはなく、多少は明るかった外の世界も、次第に墨汁を零したような真っ暗闇に包まれていった。


 一体、どうなってしまうんだろう。


 私は泣きそうな衝動を必死に堪え、ひたすら電車が停まるのを待つ事しか出来なかった。
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