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1章
至高の肌触り
しおりを挟むカラン、コロン。
闇夜へ響く下駄の音を聞き流す中、遠くから太鼓の音が微かに聞こえてくることに気がついた。
だいたい五秒に一回のペース、その音は歩を進めれば進めるほどに大きく鮮明なものになっていく。
「……お祭りでもやってるんですか?」
三歩ほど前方を歩く雪華さんに冗談混じりに尋ねてみる。
「うむ、少し違うがあながち間違いでもない。神も仏もおらぬここではそもそも祭り事という概念がない。そうじゃな……まぁ、祭りでよいか」
大きな耳をパタつかせ少し考えているものの、結局適当な答えが見つからなかったのか一周回って元に戻る。
諦める早さからみて、どうやら中々な面倒くさがりらしい。
雪華さんが妖怪と知った時はさすがに尋常じゃない程に驚いたものの、敵意のカケラも感じられない、まるで自由気ままな"雪華"という存在を見てるうちに不思議と悪い人ではないということが伝わった。
根も歯もない、ご都合な思い込みかもしれないけれど、人を食べる、あるいは騙すような危険なオーラや雰囲気は全く感じられない。
何より、餌と呑気に会話を弾ませて道案内までするような能天気な狩人はいないだろう……多分。
「あの~、そろそろ元の世界に戻る方法を教えてくれませんか?」
「そう焦るでない。心配せんでも帰れるから安心せい」
何故か茶化される。
方法くらい教えてくれても問題は無いだろうに、ここまで露骨にうやむやにされるとどうも納得がいかない。
「……まさか、方法がわからないとか?」
「ほほぉ、甘く見られてしもうたの。お主を元の世界に戻すのはこうして道案内をするのと同意義と言えるほどには容易い。が……生憎このままおいそれと帰すわけにはいかんのじゃ」
その場に雪華さんが立ち止まったかと思えば唐突に振り向き、私の額に人差し指を押し当てながら言葉を紡ぐ。
「帰すのは容易い。だが根本的な問題であるどうしてこちらの世界に迷い込んだか。それを解明せねば根本解決にはならんじゃろ?」
たしかに。
私は心の中で思わず納得をした。
この世界に迷い込んで動転したのもあり、一番大事な事を見落としていた。
それと同時に、再発防止の問題解決までしっかり考慮していた雪華さんにただただ脱帽した。
それはさておき、論破がよほど気持ち良かったのか額に押し付けられた指先はいつの間にやら頬へ迫り、これまた執拗に頬を突かれる。
表情もこれ見よがしなほどのドヤ顔である。
さすがにやられっぱなしも癪なため、仕返しとばかりに雪華さんの耳をつまんでみた。
ほんの軽い気持ちの反撃のため、あまり意識せず触ったためその感触たるや。
「な、なにこれぇ!?」
私の中の好奇心に稲妻じみた衝撃が走ると同時に革命が花開いた。
今まで経験した事のないほどのふわふわでもふもふな肌触り、感触。
犬や猫、鳥とも違う……あまりにもかけ離れすぎてまるでこの世のものとは思えないほどの快感に、つい絶句してしまった。
以前、フクロウカフェでメンフクロウを撫でたことがある。
メンフクロウの肌触りはまるで綿毛のようで、その感触に驚いたことはあったものの、もはやこの耳はその次元すらも超越してるだろう。
とにかく、どれだけ考えたところでこの感触を比肩できるものが浮かばないのは間違いない。
「これこれ、妾の耳で遊ぶでない。本来有料じゃぞ?」
本来は有料。
なるほど、つまり考えることはみんな一緒か。
納得のいくその気持ちよさにしみじみと頷きつつ、私の興味は自然ともう一方へと向けられた。
当然その矛先は尻尾。
耳を触った際に衝撃を受けて以来、さっきから気になって仕方がない。
警戒の眼差しを向けて私を凝視する雪華さんを前に、口笛混じりにすっとぼけながら上手いこと尻尾を捕らえようと手を忍ばせる。
その時。
「む?誰かこちらに来るな」
何かを察した雪華さんが、耳を小さく動かしながら呟く。
「へー、誰だろ……は?」
尻尾のことで頭がいっぱいになっていて気にも留めてなかったものの、冷静に考えて実は結構まずい展開が有り得ることに気がついた。
そう、必ずしもこの世界の住民がみんな雪華さんのように無害な存在とは限らないかも知れない。
頭の中で人を取って食べるような恐ろしい妖怪のイメージがどんどん膨らむ中、とにかく相手の出方を伺うことはせず雪華さんの背後に周り、盾にするように身を縮こませた。
「あれ、雪華じゃん。随分と早かったね」
背中にぴったりと張り付き同化している(つもり)ため姿こそ確認できないものの、声はやたらと高くまるで子供のような幼さが感じられる。
「うむ、生憎店が定休日での。緑はこれから何処へゆくのじゃ?」
「魚を取りに行くんだ。そうだ、雪華も来る?」
どうしよう、話に花が咲きかけてる。
話を聞いてると結構仲が良いらしく、多分想像していたような恐ろしい妖怪ではないようだ。
けれど、いまいち顔を合わせるタイミングが難しい。
それに、下手に驚かせて興奮させてしまったら……なんて躊躇いを抱いてる、その時だった。
「ところで、さっきから背中にぺったり張り付いてるの誰?新入り?」
どうしよう、バレてた。
明らかな私に対する指摘にやり過ごすという手段は断たれ、このまま隠れ続けるのは無意味だと諦めると恐る恐る雪華さんの肩から顔を覗かせる。
「……あれ?」
居ない。
たった今まで雪華さんと会話していた声の主が、周囲を見渡しても全く見当たらない。
けれども気配そのものはまだ感じられるし、足音も一切しなかった以上この場から離れたということも考えづらい……
「下じゃよ、下」
「へ?」
人差し指で何やら足元を示す雪華さんに導かれるように視線を下へ向けると、私の視界は確かにそれを捉えた。
背丈は多分五十センチあるか怪しい短身、緑を基調に黒い斑点が目立つ肌。
ビー玉ように大きく丸い目玉が二つ、手足には水掻きが付いていて頭の上にはなんとお皿まである。
多分、というか間違いなくこれが河童という妖怪だろう。
それは私を見つめながら固まり動かなくなっている。
好奇心とも探究心とも取れる何とも言えない眼差しをこちらへ向けていて、不意に視線を雪華さんへ戻すとなにやら思い立ったように口を開いた。
「ははぁん、この子さては座敷童子でしょ。言っとくけど僕のマスコットの立場を脅かそうとしたって無駄だからね!」
人差し指なのかよくわからない小さな可愛らしい指で私を指しながら、何やら自信満々に宣言している。
とりあえず勘違いしているのは明白だけれども、どこか微笑ましくて愛嬌のあるその容姿、仕草についどうでも良くなりそうだ。
「残念、河童が主食の山姥じゃ」
何いらないことを吹き込んでるんだこの人は!!
雪華さんの余計過ぎる一言に思わず心の中で突っ込んでしまった。
まさかこんな突拍子もないことを間に受けることもないだろう。
私は笑顔を振りまきながら目の前の愛らしい妖怪へ疑いを晴らそうと手を振ってみる。
けれど、その顔は明らかに恐怖で引き攣っているというか、どこか青ざめているというか……完全に引いている。
「たすけてぇぇぇぇぇ!!」
結局笑顔の甲斐なくその小さな河童はまるで穴の空いた風船のように出鱈目に走りまくり、やがて遠くの方へと消えてしまった。
その様子たるや、まるで世界の終わりを彷彿とさせるようでよっぽど怖かったのだろう。
可哀想に。特に私。
「何もそこまでいじめることはなかろう?」
十割戦犯なその狐さんはまるで他人事のようにぼやくものの、その目尻には薄らと涙が溜まっていた。
どうやらこの悪戯好きな悪魔は今の今まで笑いを堪えるのに必死だったらしい。
「……落とし前、後できっちりつけてくださいね」
言わずもがな第一印象というのは何より大事で、今後河童、あるいはこの世界のさまざまな住人達に山姥と呼ばれる可能性があると考えると頭を抱えたくなる。
けれど、無性にお仕置きなり高額なパシリなりさせたい気持ちをグッと堪えて、ここは寛容な心を持って特別に許してあげた。
なぜかって?
もっふもふで気持ちいいんですよ、雪華さんの尻尾。
さすが、有料は伊達じゃないね。
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