私ときつねさんとおじさんと

メイ

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1章

異界の宴

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 途方もないと思われた道がついに途切れ、目の前に長い石段が現れた。

 最初は微かに聞こえていた太鼓の音が、今では煩いくらいに鼓膜を打っている。


 石段の前には古ぼけた赤く大きな鳥居が構えていて、石段の最上部を見上げるとキャンプファイヤーでもやっているのか紅の灯りが伺える。
 太鼓の音に合わせるように歌や笑い声が聞こえ、祭りをやっているのはどうやら嘘ではないようだ。


「これ、登るんですよね?」


「うむ。安心せい、お主を取って食らおうとする輩など此処にはおるまい」


 私の一抹の不安を察したのか、即座に雪華さんが一言添える。



 ……そういえばあまり触れようとはしなかったけれど、やたら敏感に察する雪華さんに僅かばかり違和感を覚える時がある。
 別に変だとかそういった違和感じゃなく、どこか懐かしいような……本当に今日初めて会ったのかと疑ってしまうような感情が時折胸の中でざわめく。

 勿論、こんな綺麗で謎めいた人は今まで見たことがないし、雪華って名前も初めて聞く以上そんなことはありえないはずだけれど。




「ほれ、考え事はその辺にしてそろそろゆくぞ?」

 
 既に石段を三段ほど登った雪華さんが振り返り、立ち止まる私に告げる。


「置いていったら孤独死しますよ?」


 苦笑いを混じえながら冗談を返し、薄らと苔の生えた湿気帯びる石段を一段、また一段と登る。




 一歩 進めば 宵の闇

 二歩 進めば 蓮の池

 三歩 進めば 骨の塚

 四歩 進めば 天の雨

 五歩 進めば 終の鐘




 雪華さんが何かを唄っている。

 詞の意味は全く読み解けない。

 が、耳に残るその明るくもどこか寂しげな声色と石段を踏み込み軽快に鳴る下駄の音によって、どこか神秘的なものを感じた。

 

 ふと、下駄の音に違和感を覚える。

 音が変というより、雪華さんが一歩歩く度に何やら音が二つ聞こえる。

 どういう事だろうと雪華さんの足元へ視線を配るとすぐに下駄の音は一つに戻り、今度は何やら元気溢れる声が前方から聞こえた。


「おお、雪華ではないか!久しぶりだな!」



「ほう、誰かと思えば朔夜サクヤではないか。珍しいの」


「兄者におつかいを頼まれたのだ!拙者にかかれば容易い任務だけどな!」


 
 石段を下ってきた下駄の音の主は小さな女の子で、雪華さんを見るなりまるで飼い主が帰宅して興奮した子犬のように飛び寄ってきた。


 見た目は着物を着た小学校低学年くらいの子で、真っ白な髪と鮮やかなほどに真っ赤な瞳を除けば至って普通の女の子……失礼、頭にすらりと生えている二本の角も例外ではないか。

 おそらく、この子は日本童話などでもお馴染みの鬼というやつだろう。

 日本古来より根付く怪異、異形の超有名どころ。
 かの有名な桃太郎伝説をはじめ、酒呑童子シュテンドウジ牛鬼ギュウキなど、さまざまな名前や姿で鬼という存在は登場する。

 本来は人間を襲ったり食べたりする、凶暴で残忍な存在として描かれているのだが、目の前の女の子はどうやらそれらのイメージとは大きくかけ離れているようだ。


 
「大福の匂いがする!ずるいぞ雪華!」


 その朔夜という子はこれまた犬のように雪華さんの着物に顔を寄せ、なにやら御立腹の様子。
 どうやら匂いに敏感なようで、甘味が手に入らないことに駄々をこねる様子はますます鬼のそれとは結び付かない。


「大福の恨み節は幾らでも聞いてやりたいがおつかいならさっさと帰ったほうがよいのではないか?お主の兄者はせっかちじゃろ?」


「それもそうかぁ……無念。今度大福を持ってきたら許してやるぞ!いつでも遊びに来るがよい!」


 大福がよほどの好物らしく悔しげに上目で睨むものの、おつかいとやらが重大任務らしく首に巻いた風呂敷の結びを僅かに強めては小走りで駆け降りていく。
 薄暗く足場も見づらいというのに軽快な足捌き、幼さこそあるとはいえど流石は鬼といったとこか。




「……わぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ……あー、どうやら転げ落ちたらしい。
 心配にはなるけれど、絶叫の後なにやら八つ当たりする声が聞こえるあたり多分大丈夫だろう。
 流石は鬼といったとこか。







「ほぉれ、広場に到着じゃ」


 うんざりするほどに延々と続いた石段登りもとうとう終わりを迎える。
 電車を降りてからずっと聞こえていた太鼓の音は今や煩く感じるほどで、等間隔で打たれる太鼓の合間に楽しげな歓談の声まで聞こえて来る。
 声の数からして、どうやら人数は二人や三人程度ではなくてもっと大勢のようだ。




 石段を登り切った先、そこに広がる神秘的な光景に私は言葉を失った。




 轟々と燃え盛る焚き火、それを取り囲み活気に満ち溢れるこの世界の住人達。


 人の言葉を介しながら無邪気に戯れる狛犬コマイヌ


 幾本もの瓢箪を空にして尚も酒盛りを嗜む鴉天狗カラステング


 焚き火を取り囲み、回転しながら飛び跳ねる達磨ダルマ


 そしてその達磨達に合いの手を入れるように陽気に踊る小さな鬼達。


 誰も彼も知っている。見たことがある。
 けれど、本来フィクションとして描かれているその姿が今や現実として目の前に現れ、あり得ないと思っていた常識がこうも連鎖的に、容易く覆されるともう常識というものはゴミ箱にでも捨てたくなる。


 そして。

 墨汁を溢したような闇夜に包まれるこの世界に少しばかり慣れてしまったせいか、この広場を煌々と照らす炎や満ち溢れる活気はどこか眩しく感じてしまった。

 私はこの世界のことを何も知らないまま勝手に恐怖し、早く帰りたいと心底思っていたが、それは偏見で失礼なことかもしれない。

 現に、ここにいる妖怪達は……私の知ってるどの人達よりも楽しそうに振る舞っていた。



 

「ねぇねぇ、この子は新しい友達?」

 私達の訪問に気づいた狛犬が、尻尾を乱舞させながら雪華さんに近づき、興味津々な様子で尋ねる。

 大きさも外見も、狛犬らしさこそあってもほとんど犬そのもの。
 それがアニメ染みた可愛らしい声で喋り戯れている様子は愛くるしいという言葉の度を過ぎていていた。


「せっかく遊びにきたんだ、踊って行きな?」

 狛犬に気取られてる間に小鬼が三人ほど私を取り囲んでいて、一瞬困惑する私のことなど御構い無しに手を引いてきて、一緒に踊ろうと口を揃えてせがむ。


「え、えっ!?ちょ……!」

 周りの妖怪に助けを求めようにも、鴉天狗達は引き続き酒盛り中、やぐらの上の達磨達はドンドコドンドコとよくわからないリズムで太鼓を叩いている。
 多分、新入生歓迎の太鼓と思われる。

 あたふたと混乱する私にさらなる追い討ちをかけるように、焚き火の側にいた小さな河童がぺたぺたと歩み寄ってきたかと思えば私の足にしがみつき、それを合図に小鬼達も遊んでと一斉に駄々を捏ねはじめた。

 なんだろう、この状況。



「これこれ、妾達は遊びに来たのではないぞ?生憎じゃが忙しい身、遊びはまた今度じゃ」


 私の様子に見兼ねたのか、雪華さんが助け舟を出してくれた。
 
 最初は不満そうになかなか離れなかった小鬼達も、ようやく観念したのか渋々と離れてくれた。
 流石にこのままでは酷なので、「また今度ね?」と一言添えるとよほど嬉しかったのか不満そうな表情が一転、眩いほどに明るい笑顔が戻り、ぱたぱたと軽快に焚き火の周りを駆け巡る。



「さて、ここまで来れば海山カイザンの家はもうじきじゃ。ゆくぞ?」


「……ん?」


 聞き覚えのあるような、無いような。
 そんなモヤモヤする名前が雪華さんの口から発せられた。

 私は一応オカルト好きで、妖怪の知識はそこそことはいえあるつもりだ。
 けれど、海山という名前は全くと言っていいほどイメージが浮かんでこない。
 
 もしかして聞き違い?
 積もるモヤモヤを晴らそうと雪華さんに聞こうとするも、いつの間にやら私を置いて結構先を歩いていた。


「ちょ、待ってください!」


 手を振り一時の別れを告げる小鬼達へ手を振りかえしながら、急いで雪華さんを追いかける。


 少しづつ、確実に遠ざかっていく太鼓の音にほんの少し寂しさを覚えつつ、闇夜に足音を響かせて走った。











「……鬼柳院海山キリュウインカイザン?」


「うむ、今向かってるのはそやつの家じゃ」


 相変わらず街灯代わりの提灯が左右に点々と設置されているものの、先程よりもいくらか灯りが弱く、どこか不気味さが漂っている。



「なんか、人っぽい名前なんですね」



「まぁ、人間じゃからな」



「……へ?」


 さも当たり前のように告げられた一言に思わず硬直する。


「ここに私以外の人がいるんですか!?てか、住んでるんですか!?」


「うむ。この世界に来た人間第一号じゃ。お主の先輩みたいなものじゃぞ?」


 もはや定番と言わんばかりに、予想通りな反応を見せる私を伺っては笑う雪華さん。



「……で、その人は何者なんですか?」


 雪華さんの露骨な意地悪に頬を膨らませながら、気になる事への質問を続ける。



「そうじゃなぁ。とりあえずもう目的地は目前じゃ、着いたら好きなだけ教えてやろうぞ?」



「目前って、家なんかどこにも……あっ」


 薄暗さのあまり近付くまで気付かなかったが、何やら目前に先程のような石段が確認できる。
 今回のはより一層急な階段で、心なしか先程よりも段数が多く感じる。
 疲れてる中でのこれは流石に苦行もいいところだろう。


「……他に道とかって無いんですか?」


「さぁ、頑張って登るかの!」


 露骨な無視をしながら、元気に満ち溢れた雪華さんが先陣を切る。

 私はこの時、初めてお年寄りの気持ちを理解してしまった。
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