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第2章
6話 アイスクリームと近づく距離
しおりを挟む氷を使ってアイスクリームを作る。
それは、この世界においては革命的な事かも知れないが、現代日本においてはなんでもない事だ。
だから学生時代、理科や科学の成績が、平均よりちょっと上程度だったニアージュでも分かる事であり、できる事なのである。
やり方は簡単。
ミルクと卵黄、砂糖を混ぜ合わせて作った液――アイスの元を金属製のボウルに入れ、そのボウルを砕いて塩をまぶした氷の中に突っ込んで、アイスの元をひたすら掻き混ぜる。
するとそのうち、ボウルに触れている部分から液がだんだん冷えて固まってくるので、その部分をこそぎ取りつつ液を混ぜ続け、最終的に全体が冷え固まるまでそれを繰り返すだけだ。
ちなみに、アイスの元となる液を作る際、卵は入れても入れなくてもいいが、今回エフォール公爵家ではミルク以外に卵も余り放題余っているので、卵を入れるタイプのものを作る。
なお、今回は卵黄が持つ特有の仄かな生臭みを消す為、バニルという香草を乾燥させて煮込んで作った汁を少量混ぜ込んだ。
名前からどことなく察した方もいる事と思うが、バニルは日本でいう所のバニラと同じ似た風味を持つ香草で、よくクッキーやケーキ作りに使われている。
見た目はニラにそっくりで、採れたての頃の風味はまんまパクチーなのだが、カラカラに乾燥させるとその独特香りはなぜか、バニラエッセンスを彷彿とさせる甘い香りに変化するのだ。
それから、残った卵白はお菓子作りの得意な料理人が、後でラングドシャクッキーを作るのに使う、と申し出てくれた為、それに甘える事にした。
ニアージュとしては、新たなお茶菓子が増えてホクホクである。
もっとも、そのラングドシャクッキーは米粉ではなく、最近使用頻度がめっきり減った小麦粉を使って作るそうなので、小麦アレルギーのアドラシオンの口に誤って入る事がないよう、注意深く管理する必要があるが。
なにはともあれ、アイスクリーム作りは始まった。
氷室から氷を幾つも運び出して砕き、大きなボウルに放り込んで塩をまぶしたその上に、大量に作ったアイスの元となる液がたっぷり入ったボウルを乗せ、人海戦術でひたすら混ぜ続け、出来上がったものは溶けてしまわぬよう、厨房の脇にある簡易保存庫へ順次入れていく。
上記の作業を、料理人達と使用人達が交代制で続ける事しばし。
丁度昼食が済んだ頃に、アイスクリーム作りも無事終了した。
そして今。
ニアージュの目の前には、アルマソンが見繕ったシャンパンと共に、綺麗なガラスの器にたっぷりと盛りつけられた、念願のアイスクリームが鎮座している。
そこに銀のスプーンを差し込んでひと掬いし、口に運べば、たちまち口腔内に心地いい冷たさと甘さが広がり、バニラの香り高い風味が鼻から抜ける。
文句のつけようがない美味だ。
「ん~~っ、美味しーーい!」
「……っ、ああ……これは確かに美味い……! 濃厚さと清涼感を同時に味わえる、こんな菓子がこの世にあったのか……!」
ニアージュが思わず左手で頬を押さえながら歓喜の声を上げると、向かいに座っているアドラシオンからも、しみじみとした感嘆の声が上がった。共に出されたシャンパンにもよく合う。
今回出来上がったアイスは、邸の使用人達や侍女達全員に、慰労という形で供される事になっている。
多少の時間差はあれど、アドラシオンだけでなく、アナやいつも世話になっている人達全員で、同じアイスの味を楽しむ事ができるのかと思うと、今この瞬間が、尚更素晴らしいものに感じられた。
「なにこれ最高……! 小さい頃に作った奴より格段に美味しい……っ!」
「ああ……。まさか、ミルクと卵と砂糖を冷やし固めただけで、こんなにも美味い菓子が作れるとは……。それに、バニラの風味もとてもいい」
「ええ! けれどこれは氷もふんだんになければ作れないものですから、ミルクと卵だけでなく、氷をたくさん寄越してくれた、どこかの誰かに感謝するばかりですね」
ニアージュとアドラシオンは、アイスクリームとシャンパンを交互に口に運んで楽しみながら、笑顔で語り合う。
「そうだな。どこの誰が成した事なのか、全く分からないというのが少々難だが……」
「それはもう、考えても調べても分からないのですから、あまり深刻に捉えるのはやめておきましょう。……もしかしたら、これってみんな精霊の分け前なのかも知れませんし」
「ははは、そういう考え方もあるか。しかし……あれはもう『分け前』の域を超えている。『贈り物』と呼んだ方が妥当だ。……もしこれが本当に精霊の成した事だとするならば、精霊は俺達に、何を望んでいるんだろうな……」
「それは分かりませんが……村に伝わる伝承では、精霊は自然と調和を好むとされています。だとしたら今後私達は、邸の敷地内にある菜園や花壇、領地の自然を大切にしながら、みんな仲良く暮らしていけばいいのではないでしょうか」
「……自然を大切に、みんな仲良く、か。まるで幼子への言い聞かせのようだ。だが、大切な行いである事に違いはないな。今後も心に留め置く事にしよう。
そして願わくば、この恵みが我が家だけでなく我が領地へも広がり、いずれ国中を満たしてくれたら……なんて。それは流石に夢を見過ぎか」
「あら。いいじゃありませんか。夢を見る事は理想の実現に必要な、大切で重要な一歩目ですよ」
「夢ばかり見ずに現実を見ろ、と笑われそうな気もするが」
「笑いたい人にはそうさせておけばいいのです。いつでもどこでもいるんですよ、夢や理想を追いかける人をバカにして笑って、現実に酔っ払って斜に構えてる奴って。
……ふふっ、私達人間は、きっとこの先色んな夢をたくさん叶えていきますよ! もしかしたら何千年後かには、空に浮かんでる月や星にも行けちゃうかも知れません!」
「ふ……。それはまた、ロマンに満ちた壮大な話だな」
ご機嫌で空を指差して笑うニアージュを、アドラシオンはただ穏やかに微笑んで見つめる。
「ニア、アイスクリームも食べ終わったようだし、少し部屋で休んだ方がいい。珍しく酔いが回っているように見受けられる」
「? そうですか? んー、そうかも……。なんだかフワフワして気分がいいですし。けど、今日に限ってなんでかしら?」
「もしかしたら疲れが出たのかも知れない。今回はひと月前から大わらわだったしな」
「ああ……確かに。では、お言葉に甘えてちょっと休ませて頂きますね。……ごちそうさまでした。料理長や料理人達、みんなに私がお礼を言っていた、とお伝え下さいますか?」
「勿論だ。おやすみ、ニア。夕飯時にまた色々と話をしよう」
「はい。たくさんお話しましょうね」
柔らかく微笑むアドラシオンに、ニアージュも飾らない笑顔でそう答えた。
その後ニアージュは、部屋で休む前に料理長に頼んでアイスクリームを少量分けてもらい、精霊に祈る為に作った簡素な祭壇にそれを供えてから、ベッドで横になって休んだ。
だが、目を覚ました時にはなぜか、供えたアイスクリームは影も形もなくなっていた。
しかも、アイスクリームを入れていた容器は、洗った後のように綺麗になっているというおまけつき。
ニアージュはアナ共々首を傾げるばかり。
もしかしたら本当に、この邸には精霊がいるのかも知れない。
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