訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

ねこたま本店

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第2章

9話 非常識令嬢の襲来 中編

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 世の中、どうしてそんな事も分からないんだ、と言いたくなるような、意味不明な言動を取る馬鹿はどこにでもいるものだが、悲しいかな、ご多分に漏れずこの世界の貴族の中にも、その意味不明な言動を取る馬鹿は、普通に存在するらしい。

 ニアージュは、邸の敷地に敷かれた石畳の道を軽やかな音を立てて走ってくる、5頭立てのやたら豪華な馬車の姿を玄関先から見つめつつ、そんな事を思う。
 というかあの馬車、ご令嬢と世話役の侍女を乗せているだけのものにしては、サイズが大き過ぎないだろうか。

「ねえ。あれってどこからどう見ても、よそのお家にちょっと出かける為に使う、1人2人で乗るタイプの馬車じゃなくて、5、6人くらい乗れる長距離移動用の馬車よね。
 言っちゃ悪いけど、あれを個人の私用で乗り回すなんて、場所取りだし不経済だわ。バラト侯爵家って、個人で乗る小型の馬車を持ってないのかしら」

「あれは多分、少人数用の馬車を持っていないのではなくて、単にあのお嬢様が、見栄の張り方を甚だしく間違えていらっしゃるだけだと思いますよ」

 ついでに思わず口からぽろっと零れ出た独り言を、傍らに控えるアナが拾う。
 ものの見事なチベスナ顔だ。

「ああ……要するに「我が家はこんなに大きくて立派な馬車を、個人で普段使いしていられるくらいに、裕福で立派な名家なのよ? どう、凄いでしょう? おほほほほ」…とか言いたくて、わざとあの馬車に乗ってきた訳ね……。なんていうか……色んな意味で付き合い切れないんだけど……」

「あのような下らない見栄になんて、付き合わずともよろしいかと思いますわ、奥様。どこからどう見ても、そんな価値などございませんもの」

「……それもそうね」

 ついでにニーネが白けた顔で身も蓋もない意見を述べ、ニアージュもそれにあっさり同意した。

「というか、みんな、厄介事に巻き込んでしまってごめんなさい。なんだか、思っていた以上に面倒そうな相手みたいだわ」

 ニアージュがため息交じりにうそぶくと、背後に控えていたアルマソンが、「いいえ、どうか我々の事はお気になさらず」と、柔らかい口調で言う。

「奥様は、エフォール公爵家と旦那様の名誉を守らんが為に、かのご令嬢と直接対面される事をお選びになったのです。ならば我々もそのご意思を尊重し、付き従わずしてどうすると言うのでしょうか」

 アルマソンが話している間にも、件の令嬢を乗せているとおぼしき大型馬車は、粛々と敷地の石畳を進み、やがてニアージュ達が居並ぶ玄関前で停車した。

「さあ、お客様がご到着なさいましたよ。当家の家格と品位を、礼儀作法にお暗くていらっしゃるご令嬢に、とくとお見せしようではありませんか」

「……ええ、そうね。ありがとう、アルマソン。ここはみんなで一丸となって、格の違いを見せ付けてやりましょう……!」

 目の前で、御者が御者台から降り、令嬢が乗っている馬車のドアを開けようとしているのを見つめながら、ニアージュは改めて自身に気合を入れ、アルマソン達もその姿と言葉に背筋を伸ばす。
 ――が。

 件のご令嬢は、いつまで経っても馬車の外に出てこなかった。
 どうやら、御者がどれだけ馬車のドアを開こうとしても、ドアが開かないらしい。血相を変えた御者が馬車に取り付き、何度もドアをガタガタ揺らしているが、びくともしないようである。

「――ちょっと! なにをしていますの! 早くドアをお開けなさいッ!」

「もっ、申し訳ございません! ですかそのっ、なぜかドアが開かず――」

「馬鹿な事を言わないで! そんな訳ないでしょう! これは毎日のように点検しているお父様の馬車なのよ! さっさと開けなさい! これは命令よッ!」

「はっ、はいぃっ!」

 しかも中から、若い女性のものとおぼしき金切り声まで聞こえ始め、御者の男性はますます慌てている様子だ。

「……なにあれ。馬車のドアが開かないなんて事、普通起こらないわよね。というか、自分のじゃなくて、お父様の馬車を使ってここまで来たの? あの人……」

「恐らく、お父上がご息女を甘やかして、ご自身の馬車を貸し与えられたか、ご息女がお父上に無断で、馬車を持ち出して使っているかのどちらかでございましょう。どちらにせよ、浅はかな行いとしか言いようがありません。
 挙句、トラブルに巻き込まれたからと、あのような声を上げられるとは……。淑女にあるまじき品のない振る舞いです」

「そうよね。以前、私の淑女教育をして下さった侯爵夫人があれを見たら、秒で怒髪天になると思うわ。それこそ、お尻を鞭で叩かれても文句が言えないわよ、あれは……」

「そのご意見、心より同意致します。ただ、馬車のドアが開かないのは確かなようですので、ここはひとまず様子をお聞きし、状況によっては手をお貸しするべきかと」

「え、ええ、そうね」

 こちらとしても、客人のトラブルを黙って見物している訳にはいかない。
 ニアージュは仕方なく、使用人と侍女数名、それからアルマソンを付き従えて、早足で馬車に近付いていく。

「あの、どうかなさいましたか」

「あっ、ああ! お騒がせして大変申し訳ございません! そのっ、なぜか先程から、馬車のドアが開かないのです! お手数をお掛けして大変申し訳ないのですが、お力添えを頂けませんでしょうか!」

「分かりました。アルマソン、力のある使用人を呼んできてちょうだい! それから、馬車の整備をする為の工具を!」

「かしこまりました。工具もすぐに用意させましょう」

「ちょ、ちょっと! なんなのよ! どういう事!? もしかして、ドアを壊すつもりじゃないでしょうね! そんな事したら許さないわよ! お父様に言い付けてやるんだからッ!」

「お嬢様っ! そのような事を仰られている場合ではございません! 馬車に閉じ込められてしまっているのですよ!?」

「うるさいわねッ! 偉そうな口を利くんじゃないわよ! 私を誰だと思っているのお前は!」

 ニアージュがアルマソンに指示を出すと、また馬車の中からご令嬢の怒声が響いた。
 次いで、それを諌めようとする女性の声が聞こえたかと思うと、更にそれに腹を立てたらしいご令嬢が、一層ヒステリックな声を張り上げる。
 恥も外聞もない、とは、こういう事を言うのだろう。

(……全くもう、どんだけ気が短いのよ。この自己中お嬢様は……)

 密室の中で繰り広げられている光景と、世話役の侍女とおぼしき女性の精神的苦痛を想像したニアージュは、我慢し切れず深い嘆息を吐き出した。

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