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第3章
9話 新年祝賀会~国王は体調不良?
しおりを挟むニアージュとアドラシオン含めた、6つの公爵家の入場が終わって間もなく、王族達が入場してきた。
まず、王太子妃であるグレイシアをエスコートしたアドラシオンの実弟、王太子アリオールが入場し、中央に据えられた玉座の左隣にある、それぞれに与えられた椅子の前に立つ。
そしてそれから数秒後、王妃マルグリットをエスコートした国王、グラナートが入場してくる。
少々遠目なので、あまりはっきりとは見えないが、グレイシア以外全員金髪碧眼である事と、誰もが大変華やかな容姿をしている事だけは容易に見て取れた。
(へえ。あれが噂の無神経王と、旦那様の弟君か……。流石、どっちもよく似てる……。ただ、王太子殿下は旦那様より少し上背があって、体格もいい気がするわね。
確かグレイシア様からの手紙によれば、今の王太子殿下は立太子する以前、騎士団の副団長を務めてたって事らしいし、さもありなんって感じだわ)
ニアージュは思わず内心で、うんうん、とうなづく。
臣下たる貴族達の前へ出て来た国王夫妻は、双方共に四十路とは思えぬ若々しさと麗しさを、王太子夫妻は、年相応の生気に満ちた瑞々しい美しさをそれぞれ誇っており、会場にいる貴族達から、感嘆と羨望の吐息を引き出している。
特に、王妃が身に付けている、品のいいペールカラーの黄色を基調としたローブ・デコルテと、ロイヤルブルーのサファイアを使ったアクセサリー、そして、王太子妃が身に付けている、現在社交界で若い世代に流行中の、爽やかなスカイブルーを基調としたエンパイアドレスと、深い色味を持つアクアマリンのアクセサリーの組み合わせは、貴婦人達の注目の的になっているようだ。
「王太子妃もエンパイアタイプのドレスか。スカート部分の造形もニアのドレスと似ている。こちらと同じく、ダンスの際の見栄えを意識して作ったんだろうな」
「そうですね。……ふふ、偶然だって分かっていても、なんだかグレイシア様と示し合わせてドレスを作ったみたいで、ちょっと嬉しくなります」
アドラシオンの言葉に、ニアージュがくすぐったそうな笑みを浮かべる。
「ああ。まるで仲のいい姉妹のようだよ。それに……これでラトレイア侯爵夫人は、ニアのドレスにケチをつけられなくなった。きっと今も、会場入りする前の自分の発言を思い出して、夫共々肝を冷やしてるんじゃないか?」
「かも知れませんね。なにせラトレイア侯爵夫人は、このエンパイアタイプのドレスを他の夫人達がいる前で、「ウエストラインが全く分からない、幼稚なデザインのドレス」だって、ハッキリ言っちゃいましたから。
よその家の侯爵夫人に、その事をグレイシア様やマルグリット様に告げ口されでもしたら、と思うと、気が気じゃないでしょうね。まあ、もしそうなっても、絶対助けませんが」
「そうだな。そんな事をする必要も義理もないだろう」
アドラシオンとニアージュが、他の貴族達と同じようにこっそり言葉を交わしていると、進行役の侍従が「皆様、静粛にお願いします」と声を上げた。
国王による新年の挨拶と、新年祝賀会開会の宣言が始まるようだ。
しかし、ここで自身の席の前から数歩ほどに出て来たのは、王ではなく王太子だった。
侍従の説明によると、今回は王の喉の調子があまりよくないとの理由から、王太子アリオールがその役を担う事になったらしい。
今は真冬の乾燥した時期であるし、国主とて人の子だ。
いつ何時も体調を万全に保っていられる訳がない。
そういう事もあるのだろう。
誰もが納得し、静聴している中、アリオールはよく通る声で新年の挨拶を始める。
おおよそ1、2分程度の、あまり長くない挨拶を述べたのち、開会の宣言が成されると、会場内は割れんばかりの拍手の音で満たされた。
次いで、王へ個別の挨拶を述べる時間と、各自が自由な歓談を持つ時間とが、混在していく事となる。
入場した時とは逆に、今度は爵位と家格の高い順から王の御前へ出向き、頭を垂れて、新たな年においても変わらぬ恭順と忠誠を誓い、王がそれに対して言葉をかけ、会話をするのだ。
この時、貴族達には、王と言葉を交わす為に与えられる時間というものがあるらしく、上位貴族は最長5分、下位貴族は最長3分の持ち時間の中で、ある程度の会話を成立させねばならない。
あまり長々と喋り倒し、持ち時間を超過するような事になれば、他の貴族達から不興を買って目を付けられかねず、かと言って、早々に会話を切り上げ、持ち時間を多く余らせてしまうような真似をすれば、王に対して不敬となる。
一応、王の傍らに立つ侍従が懐中時計を持ち、持ち時間終了間近になると声をかけてくれる、というシステムはあるものの、それを差し引いても大変面倒で鬱陶しいイベントだ、とニアージュは心底思っていた。
そもそも、新年の挨拶と開会宣言を息子に投げるほど喉の調子が悪いなら、ハナから大事を取って喋るをのやめておけばいいのに、とも思う。
(……なんて。そんな事、本人の目の前じゃ口が裂けたって言えないけど)
そんな事を考えつつぼんやりしていると、すぐに挨拶の順番が回ってきた。
頭から数えて3番目なので、あっという間だ。
アドラシオンにエスコートされつつ、心の中で繰り返し、平常心、平常心、と唱え、王の口から高確率で飛び出すであろう、無神経で心ない発言に備えながら歩を進めれば、すぐに王の眼前に辿り着いた。
傍らで最敬礼を取るアドラシオンの動きに合わせ、ニアージュも渾身のカーテシーを披露する。
「――面を上げて楽にせよ」
言われた通り、アドラシオンとニアージュは速やかに姿勢を元に戻す。
王が頭上からかけてきた声は、ややしわがれていて覇気もなければ声量もない。
この声を耳にすれば誰もが、確かに喉を傷めているのだな、と納得するに違いなかった。
「久しいな、アドラ。もうあれから7年になるか」
「……はい。お久しゅうございます。陛下は幾分喉のお具合がよろしくないようですが、それを差し引けば王妃殿下や王太子殿下ご夫妻と同じく、昨年より変わらずご健勝であらせられるようで、安堵しております。今年もまた変わる事なく――」
「そう他人行儀な口ばかり利くな、アドラよ。……して、お前の隣にいるのが、ラトレイア侯爵の……」
「はい。妻のニアージュでございます」
王の視線が自身へ向いた事を即座に察し、ニアージュは再び王の前でカーテシーをしたのち、挨拶の口上を述べ始めた。
「国王陛下と我が父、ラトレイア侯爵とのご判断により、アドラシオン様の元へ嫁がせて頂きました事、何にも代えがたき幸運であったと思っております。
私自身若輩の身であり、優秀な公爵である夫と比べ、まだ公爵夫人と名乗るに足りない部分も多々ございますが、今後も全身全霊で努力を重ね、相応の覚悟を以て、末永く夫を支えてゆく所存でございます」
ニアージュが、今日まで何回も脳内で捏ねくり回して修正と調整を重ね、暗唱を繰り返してきた台詞をスラスラ述べると、王はどこか感心した様子で顎をさすり、口を開く。
「ほう。立ち居振る舞いの所作も美しい上、なかなかに聡明な娘ではないか。とてもラトレイア侯爵が言っていたような、いな――……、……? ……??」
しかし、王はなぜか途中で声を発さなくなった。
いや、当人としては発しているつもりなのだろうが、傍目にはただ、口だけをはくはくと開閉させているだけにしか見えず、また、実際にその喉からは、かすれ声1つ漏れ出てこない。
王の異変に気付いたニアージュやアドラシオンは怪訝な顔をし、王妃も眉根を寄せた。
会場内は歓談の声で満ちているのに、王の周囲には奇妙な沈黙が落ちる。
一体何が起きたのか、理解している者は現状どこにもいなかった。
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