訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

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第5章

10話 弔意なき葬列 前編

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 葬儀の日とは思えぬほど、美しい青空が広がる早春のあくる日。
 教会の尖塔に吊るされた鐘が、一定の感覚で打ち鳴らされている。

 やがて教会の正面扉が大きく開け放たれ、死者を天へと送り届ける為の、高く澄んだ葬送の鐘が鳴り響く中、レトリー侯爵夫人ロザンナ・レトリーとその子息、3男のステルト・レトリー、4男のニーゼン・レトリーの遺体を納めた棺が、粛々と運び出され始めた。

 この後、運び出された棺は専用の馬車に乗せられ、貴族用の共同墓地まで運ばれたのち、棺ごと埋葬される事となる。

 教会から貴族用の共同墓地まではそれなりに距離があるが、馬車を使って移動するのは棺に納められた死者だけであり、馬車を操る馭者を除いた残りの者達は、身分や爵位、家格の高低に拘わらず、みな全て徒歩で墓地へ向かう。それがこの国における葬儀の慣例だ。


 至って緩やかな速度で、馬車は石畳の道を行く。
 そのすぐ後ろに続くのは喪主であるレトリー侯爵で、その後ろには長男のケイル・レトリー、更にその後ろには次男のアルム・レトリーが、そして、そこから少々距離を取った後方に、葬儀の参列者達が爵位と家格が高い順に並んで続き、葬列を成して進む。

 なお、今回の葬儀に参列している貴族家は、公爵家から男爵家までと幅広いが、公爵家は他国で言う所の筆頭公爵家に当たるカルタム公爵家とエフォール公爵家のみで、侯爵家と伯爵家は3家、子爵家と男爵家に至ってはたったの2家。

 12ある侯爵家の中でも、家格が高い家と見做されている名家の葬儀にしては、参列している家があまりに少ないと言えた。

 挙句、侯爵家と伯爵家のご婦人達は、葬列を成して道を進んでいる間に、ひそひそ声で無駄話などしている始末だ。
 おまけに葬列の並び順が並び順なので、彼らや彼女らの『話し声』が嫌でもニアージュの耳に飛び込んでくるという、はた迷惑なおまけつき。
 こんなに嬉しくないおまけというのも、世の中早々ないだろう。


「……それにしても、レトリー侯爵家のご葬儀は、随分と慎ましやかでいらっしゃるのね。社交の場では、奥様にあれほど着飾らせていらしたのに」

「いけませんわ、そのような事を仰られては。慎ましやかに『なさった』のではなくて、慎ましやかに『なってしまった』だけなのですから」

「それもやむを得ない事なのではなくて? レトリー侯爵は他のおいえから、色々な事業や王宮からの仕事を、恥ずかしげもなく横取りなさっていらしたもの。それで昨今、家格を落とした貴族家もおありでしょう?」

「効き及んでおりますわ。ラトレイア侯爵家もそのせいで、今年に入ってから家格を落としたと、もっぱらの噂でしてよ」

「あらまあ、そうでしたの。だから今回のご葬儀にも、ラトレイア侯爵家の方々は参列なさっていないのね」

「あら。ラトレイア侯爵家の家格の件については、ラトレイア侯爵夫人とそのご息女のお2人が、カルタム公爵夫人と王妃殿下のご不興を買ったからだと聞いておりますけど?」

「いいえ、それ以外にも色々とあったのですわ。ふふ、お気の毒ですわよねえ」

「あらあら、よく仰られますこと。本当はお気の毒だなんて、欠片も思ってもいらっしゃらないのでしょうに」

「うふふ、そんな事ありませんわ♪」

 背後から聞こえてくる、とても弔意を持って葬列に参加しているとは思えない会話に、ニアージュは思わず盛大なため息を吐き出しそうになるが、どうにか堪えた。

 傍らを歩くアドラシオンの横顔も、彼女達の口さがのなさに辟易しているのか、どことなくチベスナ顔になっているような気がする。
 いや、多分気のせいではない。

(……もういい加減聞き苦しいし、そろそろ黙ってくれないかしら? ここはアンタ達の駄弁り場じゃないわよ。
 そもそもアンタ達がそんな事だから、旦那も旦那の家もうだつが上がらなくて、いつまでも家格が低いままなんじゃないの?)

 ニアージュは心の中で、貴族女性としての慎みをどこぞに置き忘れてきたらしい、背後のオバさん連中に苦言を呈する。
 この言葉を面と向かって言えたらどれほどいいだろう。

(いや、言ったら言ったでメンドくさい事にしかならないだろうし、やっぱ言うのはナシ。つか、ここで下手に声をかけたせいで、あの人達と十把一絡げにされでもしたら、それこそ目も当てられないわね。ここは全力で無視するのが正解だわ)

 またもやため息が出そうになりながら、そんな事を思う。
 ただ、ラトレイア侯爵家に凋落の影がチラついているらしい件については、この場の誰より全力で、ざまあみろ、と思っている事は確かだったが。

 しかしながら、ニアージュが眉根を寄せ、アドラシオンがチベスナ顔になっているその後ろで、彼女達の遠慮の欠片もないひそひそ話は、まだ続いていた。

「それよりレトリー侯爵家と言えば、一番下のご子息の振る舞いには、目に余るものがありましたでしょう?」

「ああ、伯爵家以下のお家の令嬢に、あれこれ『おイタ』をなさっていた件ですわね?」

「ええ。末のご子息に婚姻や婚約を台無しにされて、ご息女を修道院に入れざるを得なくなったお家が、どれほどある事か」

「修道院に入るくらいならまだマシですわよ。中には、付き合いがある平民の商人の後添えに、とか、老年に入った商会長の愛人に、なんて事になったご令嬢もいらしたらしいわ」

「ええ、ええ、そんなご令嬢を何人も出しておきながら、当のご本人であるご子息は平然としていらしてて、お父上のレトリー侯爵に至っては、被害を被ったお家の当主様に無理矢理お金を握らせて、その件自体を揉み消していたとか」

「まああ、なんて酷い……!」

(酷いねえ。そりゃ確かに酷い話だけど、アンタ達のお喋りっぷりも大概酷いわよ)

 うんざりし過ぎて、ともすれば丸まりそうになる背中を務めて伸ばしつつ、ニアージュは粛々と道を行く。もうホント早く墓地に着かないかな、と心底思うが、残念な事に、墓地への道のりはまだ半分も過ぎていなかった。


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