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第7章
4話 関係者各位の怒り~王宮の噂話
しおりを挟む時刻はおよそ午後の3時過ぎ。
エフォール公爵家にて、アドラシオンがアルマソン達を呼んで話をしていた頃、王宮にある侍女達の控え室では、数名の侍女達が紅茶と焼き菓子を用意し、束の間の休憩時間を使って茶会を楽しんでいた。
下位とはいえ、れっきとした貴族家出身である彼女達には、焼き菓子以外にも大変美味しい茶請けが存在する。それは、王宮で見聞きした出来事に関する話や、出所のよく分からない噂話だ。
貴族の子女にとって、情報というのは大変強力な武器であり、時として身を守る盾にもなる重要なもの。
ゆえに、彼女達は今日も今日とて情報を得るべく、趣味と実益を兼ねた、第三者との『茶の時間』に興ずるのだ。
と言っても、どれほど人を集めて茶会を開き、幾つもの噂を得た所で、それを有効に使えるか否かは、あくまでも噂を手にした者の才覚次第でしかないが。
ちなみに――本日の彼女達の関心を強く引いているのは、今日の昼過ぎ頃、久方振りに勃発した王と王妃の夫婦喧嘩だ。
もっとも国王夫妻の『夫婦喧嘩』は、ほぼ100パーセントの割合で国王の無神経な発言が引き金となって起きる為、周囲にいる護衛や文官などの臣下達も、こういう時には一切国王を庇わない。
自身の無神経さと、そこからくる失言癖に関していまいち自覚がない国王は、その事を日々不服に思っている様子だが、自分よりも王妃の方が遥かに人望があるという事実だけは、渋々ながらも理解して受け止めているようで、口答えは控えているようだった。
「――それにしても驚いたわ。幾らプライベートな場所での事とは言え、まさか王妃様が陛下をひっぱたくなんて思わなかったもの」
「えっ!? うそぉ、そこまで凄い事になってたの? 滅茶苦茶修羅場じゃない。ほぼ間違いなく、悪いのは陛下なんでしょうけど」
「うわあ……。王妃様って、普段は凄く自制心がある方なのに。ひっぱたく所まで行くとなると相当ね。……で? 今回陛下はどんな失言をなさったの?」
「その前に、ちょっと話がずれるんだけど……あなた達はもう何年も前に臣籍降下された、元第1王子殿下の事は知ってる?」
「元第1王子……ああ、話を聞いた事ならあるわ。エフォール公爵閣下でしょう?」
「知ってる知ってる! 確か今の王太子妃様、元はその第1王子殿下の婚約者だったのよね」
「私も、話だけなら。今の王太子妃様をないがしろにした挙句、色々とやらかしたせいで廃太子になったって……」
「そうそう、その方。でも、今はお心を入れ替えて、領主として立派に務めを果たしておられるらしいわ。
それもあって、今は王妃様や王太子ご夫妻との関係も改善されて、手紙でのやり取りをするくらい、親しい仲になってるらしいけど」
「へえ、そうなの。それで、その方がどうかしたの?」
「実はその方、去年ご結婚なさっていて、奥様がいらっしゃるんだけど……その奥様が視察中に、帝国のやんごとなき方を保護した事から案件に巻き込まれて、大怪我をなさったそうなのよ。
それで、今日の昼前にその詳細と、今後公爵家としてどのように動くかを記した手紙が陛下の所に届いて、話し合いがもたれる事になる、はずだったらしいんだけど……その前に陛下がこう、いつも通りポロッと……」
「あぁ……。毎度の如く、王妃様の前で失言したって訳ね」
「本当、何かあるたびにやらかす方よねえ。流石、影で『失言王』なんてあだ名付けられてるだけの事はあるわ」
「政務に関しては結構できる方なのにね。それで、陛下は一体何を仰ったの? もしかして、公爵閣下の悪口かと?」
「公爵閣下って言うか……公爵閣下の奥様の、公爵夫人の事をね。面倒な怪我の仕方をしてくれた、とか、大人しく引っ込んでいればいいものを、とか言って、こき下ろしたのよ。
挙句、知らぬ振りして放っておけばよかったものを、とか、疫病神を招き入れるような真似をして、夫人の方も疫病神か、なんて事を言っちゃったものだから……義理の娘でもある公爵夫人に目をかけてる王妃様がプッツンして、こう、持ってた扇子で陛下の脳天を、バシーンとね……」
「うひゃあ……。痛そう……。自業自得だとも思うけど」
「実際自業自得でしょう。妻が可愛がってる息子の嫁をこき下ろしたんだもの。しかも帝国は、この国にとって最大の友好国じゃない。その友好国のやんごとなき方を、暗に「見捨てればよかった」なんて事まで言っちゃったら……ねえ?」
「確かに。私でもひっぱたくわね。それは」
「言えてる。本来なら、自分の身に置き換えて考えるのもおこがましいんでしょうけど」
「そういう事なかれ主義的な部分って、無神経と失言癖に次ぐ陛下の悪癖よね。本当、王妃様がいてくれてよかったわ」
「ええ本当に。なんせ、いつもは間に入って取り成そうとする王太子妃様も、今回は一切間に入ろうとしなかったくらいだし。最後まで口を噤んで、自ら壁の花になっておられたわ。
陛下も最初は、不敬だなんだって言って怒ってらしたけど、結局、最後の最後まで誰も味方をしてくれなかったものだから、最後にはしょげ返って黙り込んじゃってたわね」
「うーん……。凄いわ。最後まで話を聞いても、欠片も感情が揺れないんだけど。私」
「そうね。ここまで同情心の湧かない方ってのも珍しいわね」
「決して悪人ではないんだけどねえ……」
「っていうか、王妃様はよく陛下の脳天叩けたわね。王冠邪魔じゃない?」
「それはほら、さっきも言ったでしょ? プライベートな場所での事だったって。王冠被っていらっしゃらなかったのよ」
「ああ、なーるほど。でも王妃様も、陛下の横っ面を狙わなかっただけ、まだ理性的でいらしたわよね」
「それもそうね。曲がりなりにも一国の主ともあろう方が、頬に扇子でひっぱたかれた痕付けた姿で、人前に出る訳にはいかないでしょうから」
「流石王妃様、頭にきてても理性的でいらっしゃるのね。……っと、いけない、そろそろ休憩時間も終わりよ。早めに仕事へ戻らなくちゃ」
「え、もう?」
「みんなで集まってお喋りしてると、あっという間に時間が過ぎてしまうわね。
――行きましょうか。分かってると思うけど、今ここでした話を、他所で喋ったりしないようにね」
「勿論分かってるわ」
「そんな心配しなくても、私達もそこまでおバカさんじゃないわよ」
話の中心となっていた侍女からやんわりと釘を刺され、残りの侍女達は苦笑しながらその言葉にうなづいた。
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