訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

ねこたま本店

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第8章

3話 隣国の不穏と魔女

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 レーヴェリアが帰国の途について以降、領内ではこれといった騒ぎも事件もなく、平穏に時は流れ続け、やがてニアージュが過ごしていた、元の世界で言う8月に当たる月、炎天月えんてんづきを迎えた。
 現在ニアージュは、アドラシオンの机仕事を手伝っている最中だ。

 アドラシオンの私室にある執務机の隣に用意された、ニアージュ専用の机に腰を落ち着け、手元の資料や書類、報告書などにしっかり目を通していくニアージュ。
 特に、領内の状況を記した報告書を読むと、現在のアドラシオンの所領の現状がよく見えてくる。

 報告書には、前月や前々月含め、ここしばらくの間ずっと天候が安定している事もあってか、領内での農作物の生育は至って順調。家畜達の間にもおかしな病が流行る気配はなく、この状態が収穫時期まで続けば、前年度の1.2倍から1.4倍、上手くすれば1.5倍相当の収穫量を見込めるだろう、と記されていた。

「……。うん、よかった。どこの畑や牧場にも、これといった問題は起きていないようですね、旦那様。このまま行けば、今年の領民達の収入や税収も、より安定するでしょう」

「そうだな。だが、油断は禁物だ。災害というのは、いつ何時する発生するか分からないからな。今年の秋も、長期保存できる作物……麦や芋類などを備蓄分として集積しておく事にする。そして――」

「前年度、備蓄分として集積した麦や芋は、無償で領民達へ還元する、ですよね? 還元された麦や芋で料理を作って、それをみんなで囲んで感謝祭をするのだと聞きました。領民達は、みな楽しみにしているそうです」

「ああ。そのようだな。俺は体質的に小麦を口にできないから、いつも感謝祭には参加できず、人づてに話を聞くばかりだったんだが、幸いにも今年は、いい名代がいてくれる。土産話が今から楽しみだよ」

 書類を捌く手を一時的に止め、笑いながらニアージュに目を向けてくるアドラシオン。その笑みが妙に嬉し気に見えて、ニアージュも釣られて微笑んだ。

「あら。土産話だけでいいんですか? 旦那様。当日は祭りの責任者に頼んで、小麦が使われていない料理を、お邸に持ち帰るつもりなんですけど」

「う、それを言われると弱いな。では……できれば、2、3種類ほど持ち帰りを頼めるだろうか? 領民達が祭りでどのようなものを作って食べているのか、前々から興味があったんだ」

「ふふっ、かしこまりました! みんなで同じ料理を囲んで美味しく味わう事こそ、感謝祭の醍醐味! せめてその一端だけでも味わわなくちゃ損ですもの。
 一緒について来てくれる護衛や侍女達と、全力で美味しい料理を吟味してきますから、楽しみにしていて下さい」

「はは、それは頼もしい。期待しているよ、ニア」

 ニアージュとアドラシオンは、互いに屈託のない笑みを向ける。
 そこに、部屋の外からドアをノックする音と、控えめな声が聞こえてきた。

「――旦那様。アルマソンでございます。入室のご許可を頂けますでしょうか」

「ん? ああ、入れ」

「失礼致します」

 入室を許され、ドアを開けて室内に入ってくるアルマソン。その手には、全くと言っていいほど厚みのない新聞が一部、縦に4つ折りにした状態で携えられていた。

「どうした、アルマソン。あまり表情が優れないようだが。もしや、また何か領内で騒動が起きたのか?」

「いえ、そうではございません。現在領内の者達はみな、つつがなく過ごしております。ただ……相当な問題が発生したという事には、相違ありません。――こちらを」

「……? これは……号外か? アルマソン、一体これはどこで配布されて――……。こ、これは! なんという事だ……!!」

 アルマソンから手渡された号外に目を通し始めて数秒。アドラシオンは突如血相を変え、弾かれるような勢いで執務机から立ち上がった。

「だ、旦那様。どうかなさったんですか?」

「……。ニア、君も読んでみるといい。我が国から見て東南、帝国から見て南に位置する隣国、パルミア王国での出来事が記載されている」

「? はい。では失礼して……」

 強張った表情のアドラシオンから号外を受け取り、その内容に目を通す。
 そこには大きな見出しで、『パルミア王国、第2王子の蜂起により陥落』と書かれていた。

「……! 第2王子の蜂起……って、まさかクーデターですか!? ……しかも……『第2王子グロースマウルは、魅了魔法を得手とする魔女の力を得た事により、戦わずして王都と王城を制圧』…って、これ、ひょっとしなくても、物凄くまずい事になったんじゃ……」

「ああ。その通りだ……」

 号外を斜め読みしたニアージュが眉根を寄せながら視線を向けると、アドラシオンも渋面を隠す事なくうなづいてみせる。

 パルミア王国は今から60年ほど前、先代の御代の頃に、クロワール王国へ戦争を仕掛けてきた国だ。
 これは、あまり学のない平民達の間でもよく知られた話で、当然ニアージュも知っている。

 そして、如何ともしがたい理由で貴族籍に捻じ込まれ、アドラシオンの元へ嫁いで以降、公爵夫人として自主的に学び始めてから、ニアージュは更に詳しい話を知る事となった。

 王国の歴史書に曰く、突如として発された、領土侵犯などの言いがかりを盾にして行われた、パルミア王国側の宣戦布告からひと月経たないうちに戦端は開かれ、そののち、パルミア王国との戦いは約6年に亘って続いたという。

 だがその後、当時中立国であったザルツ・ウィキニス帝国が、パルミア王国兵の領土侵犯と一部臣民への略奪行為が行われた事を理由に、クロワール王国側へ付く形で戦線へ加わった結果、パルミア王国は敗北。

 王を含めた戦争責任者十数名の処刑、並びにクロワール王国及びザルツ・ウィキニス帝国へ多額の賠償金を支払う、という形で、戦争は終結している。

 現時点においては一応国交も回復し、小規模ながら交易なども行われているが、やはり今なお、クロワール王国にとってはお世辞にも友好的な国とは言い難い。
 表向きには互いに笑顔で握手をしながらも、水面下では、絶えず互いの内情と腹の探り合いを続けているような状態だ。

(……隣国との講和を旨としていた、穏健派の国王と王太子がクーデターで失脚して、その代わりに台頭したのが、国力の回復を理由に、再びの開戦を唱える交戦派のトップ……第2王子のグロースマウル。

 おまけにそのグロースマウルに手を貸しているのが、よりにもよって魅了魔法を使う魔女だなんて……。つくづく嫌な予感しかしないんだけど……)

 ニアージュは号外を手にしたまま、思い切り苦虫を噛み潰したような顔をした。

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