訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

ねこたま本店

文字の大きさ
111 / 123
第8章

6話 魔女の降臨

しおりを挟む


 王命によって出陣した、クリダリア大公率いる5千のクロワール王国軍と合流したアドラシオンは、一路ピスティス辺境伯領を目指して進軍を続け、1週間ほどの時間をかけて目的地へ到着した。

 進軍準備を含め、ここへ至るまでに要した時間はおよそ3週間。
 ここでパルミア王国軍が横紙破りの行動を起こさなければ、本格的な侵攻が始まるまで、あと1週間ほどの時間的余裕が残されている事になる。

 やがて、ピスティス辺境伯軍とも合流を果たし、その総数を約8千にまで増やしたクロワール王国軍は、その時間的余裕を存分に活用し、パルミア王国軍が進軍してくるであろう方角を中心として、防衛ラインの構築を開始。
 対広域魔法用防御結界の設置・展開なども併せて行い、2日をかけて迎撃態勢を整えた。

 敵軍に魔女の影が見え隠れしている以上、苛烈な魔法攻撃が自軍を襲う可能性が高い。
 アドラシオン含めた指揮官達やピスティス辺境伯公、そして総指揮官であるクリダリア大公は、そう判断していたのである。

 こうして、敵軍からの攻撃を十分に想定した布陣を敷き、警戒を密にしている間にも、パルミア王国軍の迎撃に加わりたいと、一般の義勇兵が多く名乗りを上げた事により、開戦予定日時3日前には、クロワール王国軍はその総数を、約8千から9千弱にまで増やしていた。

 ひとえに現地を治める領主、ピスティス辺境伯公の信望の篤さの恩恵である。
 その後も、クロワール王国軍の士気は至って高いまま維持され、迎撃に対する不安要素はほとんどないものと思われていた。

 しかし、開戦予定日。
 アドラシオンが身を置いていた天幕にやって来た、青い顔で息も絶え絶えな様子の1人の兵士によって、その異変の知らせはもたらされた。

「え……エフォール公爵、閣下……!」

「……! 貴殿は確か、ピスティス辺境伯公麾下きかの兵だったな。一体どうした、顔が真っ青ではないか!」

「……じ、自分の事には、どうかお構いなく。それより大変なのです……! 恐れ入りますが、クリダリア大公閣下に、至急お取次ぎを……。た、大公閣下は、どちらにおわしますか……! くっ……」

「大丈夫か!?」

「おい、しっかりしろ!」

 天幕の中に足を踏み入れ、数歩進んだ所で突然その場に膝を折ってへたり込んだ兵士に、アドラシオンとその側に控えていた騎士3名が駆け寄る。

「だい、じょうぶ、です。虚脱感があって、上手く身体が動かない、だけですので……。しかし、この症状に襲われているのは、自分だけではない、のです。お、多くの兵達が、自分と同じように……。いえ、中には、武器を手にする事さえ、できない者も……」

「なんだと!? 分かった、大公閣下の元には私が行く! 他の者達は、より詳しい状況が分かるよう、早急に確認を進めてくれ!」

「わっ、分かりました! 早急に確認を進めます!」

「了解! 我々のように、満足に動ける者達も併せて招集しておきます!」

「エフォール公爵閣下、万が一の時は大公閣下をお願い申し上げます!」

「ああ。心配するな、心得ている。それと、貴殿はここで待機だ。ここで一度症状が落ち着くかどうか、待って確認してみてくれ。
 だが、これ以降も症状の改善が見られず、戦闘行動が取れそうにないと判断した時には、貴殿と同じ症状を訴える者達と共に、前線から後方へ下がってもらう。これは命令だ、いいな?」

「は、はい……。了解、致しました……!」

「よし。――行くぞ!」

「はっ! ……だが、なんだって急にこんな事に! 流行り病か何かかよ!」

「知るか! しかし、こんな状態になった所を襲撃された日には……!」

「ああ、我が軍はまともな交戦もできぬまま、総崩れになってしまう!」

 アドラシオンの命に従う形で天幕を飛び出した、3人の騎士達からやや遅れる格好でアドラシオンも天幕を出た。軽く周囲を見回せば、周囲にいる兵の様子にも差があるように見受けられる。
 立っている事もできずに座り込んでいる兵と、そうでない兵とが混在している様子だ。

「これは……やはり病の類か……? いや、毒物を撒かれた可能性も考えられる! 大公閣下へ急ぎ奏上申し上げねば!」

 アドラシオンが緩くかぶりを振り、クリダリア大公がいる天幕へ向かって走り出したその時。

「――ちょっと、何よこれ! あたしの魅了魔法がほとんど効いてないじゃない! これじゃあ計画が狂っちゃうわ! こっちは大した数連れて来てないんだからね!」

「……っ! 今の声は……!? まさか、件の魔女か!?」

 少し離れた場所から、不機嫌そうな若い女の声が聞こえてきて、アドラシオンは慌てて足を止めた。強く眉根を寄せていた剣を鞘から抜き放ち、声が聞こえた方へ改めて駆け出す。

「大丈夫です、あなた様のお蔭で、敵兵の多くは無力化されたも同然です!」

「ええ、ええ、見事な手腕でございますとも!」

「ご覧下さい! 奴らめ、こちらを睨むだけで精いっぱいな様子です!」

「流石は、グロースマウル王太子殿下が見初めたお方!」

「あらそう? ふふっ、おだててもなんにも出ないんだからね? でも、やっぱり面倒だわ。本当なら、ここの連中全員あたしの魅了魔法で寝返らせて、パルミア王国軍の代わりに王都まで攻め上らせるはずだったのに」


 声の主はすぐに見つかった。
 パルミア王国軍の兵とおぼしき、数名の兵士と言葉を交わしているのは、戦場に似つかわしくない、ひらひらとしたローズピンクのドレスとリボン、それらと同系色の豪華な宝飾品を身に付けている、長い栗色の髪を持つ女。
 恐らくあれが魔女なのだろう。

 パルミアの兵士達は、ろくに身体が動かないものが大半とはいえ、クロワール兵に周囲を取り囲まれているにも関わらず、臨戦態勢にも入らず女の前に跪き、うっとりした様子で女を見上げている。
 およそ、まともな精神状態にあるようには思えない。

 そして――

「……なっ……!? そ、そんな……。馬鹿な、なぜお前が……っ!」

「ん? ――あっ、久しぶりねアドラ様。嬉しい、あたしの事が分かるのね? もうあれから7年……いえ、8年経って、あたしもちょっぴり成長したから、一目では分かってもらえないかも、なんて思ってたけど! これってやっぱり運命なのかしら?」

 思わずその場に足を止め、呻くような言葉を発するアドラシオンに気付いた魔女は、アドラシオンに軽く手を振りながら満面の笑みを浮かべる。

「…………」

 アドラシオンはその言葉には答えず、抜き身の剣を正眼に構え、歯を食いしばった。
 確かに、アドラシオンには魔女の名とその身の上に心当たりがある。

 魔女の名はココナ。
 今から約8年前、一方的に想いを寄せていたアドラシオンに禁呪である魅了魔法をかけ、運命の恋を演出した末に国家転覆罪に問われ、両親共々処刑されたはずの娘だった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...