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第1章
3話 贈られたお詫びの品と過剰戦力
しおりを挟む突然目の前に現れ、ちょこん、とお座りしている黒いチワワを、思わず無言で見つめる。
私はぶっちゃけ犬には詳しくないのでよう分からんけど、チワワって黒いのもいるんだ。
まあそりゃいるか。この世界ではともかく、私の元いた世界では、動物の被毛で黒ってのはスタンダードだったし。
あー、ホントにモフモフだなぁ。
こういうの『ロングコートチワワ』って言うんだっけ?
つか、全体的に可愛い! 黒くてまん丸な目がウルウルしてるっぽく見え……うん? なんかこの子、背中にちっこいリュックみたいなモン背負ってるな?
結構カッチリした形で、ランドセルに近い形状で……本革製っぽい見た目だ。
しかも色がくすみピンクときたもんだ。
黒いモフ毛に映えますなぁ。
くぅ、お使いワンコみたいでますます可愛い……っ。
いや待て。落ち着け。
セアが何を思ってこの子をこっちに送り込んできたかは分からんが、わざわざリュックを背負わせてある、という事は、この中に何か重要な物が入っているはず。
「……そういや、セアがトリセツがどうとか言ってたような……」
私は独り言ちながらチワワの傍にしゃがみ込み、チワワが背中に背負ってるリュックに目をやる。
「えーっと、ちょっと中身、取らせてもらっていいかな?」
「キャン」
あらまあ。可愛いお返事付きで伏せしてくるじゃないですか。賢い!
チワワの行動を了承、肯定と受け取り、チワワが背負ってるリュック――いや、ランドセルもどきだな、こりゃ――に、そっと手をかける。
本革っぽい見た目にちょっとそぐわない、木製とおぼしきトグルボタンで留めてある蓋を開けて中を見ると――
なんか、真っ暗な空間が広がってました。
「…………」
思わず言葉を失い硬直したのち、そっと蓋を閉じて自分のこめかみを押さえ、おもむろに右の人差し指と親指で眉間を揉み解す。
えーと。これはアレか。
昨今のファンタジー系ラノベによく登場する、無限収納的なモンか。
もう一度手を伸ばし、「ちょっと持ち上げさせてね」とチワワに声をかけ、くすみピンクのランドセルもどきを両手で掴んで軽く持ち上げる。
うおっ! 軽っ! めっちゃ軽っ!
合皮……いや、布より軽いぞ!?
この見た目で本革じゃないの!?
一体なにでできてんだ、これ!
私は狼狽しつつも再びランドセルもどきの蓋を開け、意を決して暗がりの空間が広がるその中に手を突っ込む。
その途端、目の前に出現する半透明のウインドウ。
そこに、内容物の名称とその数が記載されている。
『総合取扱説明書』×1
ってのは分かるけど、その他の内容物が問題だ。
『ポテトチップス各種(日本製)』×∞
『チョコレート各種(日本製)』×∞
『チョコレート各種(外国製)』×∞
『チョコ菓子各種(日本製)』×∞
『キャンディ各種(日本製)』×∞
『駄菓子各種(日本製)』×∞
etc……。
なんっじゃこりゃあ!!
色んなお菓子がめったくそに詰まってる!?
――あっ、いや、まだある! 飲み物だ!
『飲料水・清涼飲料水(日本製)』×∞
『コーヒー(有名ブランド各種)』×∞
『緑茶(有名ブランド各種)』×∞
『紅茶(有名ブランド各種)』×∞
etcetc……。
……。これは一体どういう事ですか。セアさんや……。
――はっ! もしかしてこれ、『お詫びの品』のつもりか!?
つか、それ差し引いても数量『∞』はねえだろ!? 『∞』は!
おかしいだろどう考えても!
いやまあね、お気遣いは嬉しいよ!? ホント嬉しい!
もう二度と口にできないと思ってた、慣れ親しんだ物を飲み食いできるんだからさ!
でも素直に喜ぶには規格外が過ぎる!
私がこれを転売ヤーよろしく売り払いまくったりしたらどうするつもりだ!
そんな事絶対やらんけども!
私はその場にへたり込む。
もう頭を抱えるしかない。
「…………。取り敢えず、トリセツ出して読もう……」
私はひとまず目の前の問題を棚上げし、ランドセルもどきの中にもう一回手を突っ込んだ。
その上で、トリセツ出したい、と念じてみると、ウインドウに表示されている『総合取扱説明書』という部分がチカチカ点滅したのち、黒い空間の中にある手に何かが触れたような感触が。
ああ、はいはい。掴んで出せって事ね。
取り出したトリセツは、見てくれは普通の文庫本と大差なかったが、『総合取扱説明書』と銘打たれているだけあって、割とごん太だった。
◆◆◆
トリセツによると、チワワが背負ってるランドセルもどきの正式名称は『携行型亜空間収納ボックス・TS&SRヴァージョン・ランセルモデル』というらしい。
正式名称クソなげぇよ。覚えられんわ。
もういい。今後はランドセルって呼ぶ事にしよう。
ともあれ、このランドセルの性能は私が予測した通り、ファンタジー系ラノベに登場する無限収納とほぼ同じで、生き物以外の物質なら何でも放り込んでおけるし、いっぺん中に入れた物は時間経過からも保護され、傷む事もなければ腐る事もなく、また、冷めたり温くなったりする事もない、というもの。
そして更に、複数の空間と空間を接続し、別の場所に保管されている物質をも取り出す事が可能、らしい。
ああ成程。つまりこの機能があるから、さっき見たお菓子や飲み物がみんな、『○○×∞』なんて表記になってたのか。
まさに空前絶後のとんでもランドセルだ。
また、このランドセルには魔力波長認証システムというのが搭載されていて、魔力の波長を登録した登録者以外には蓋を開けられないようになっている他、登録者以外が持ち出すと防犯システムが作動、ほんの一瞬ながら、高電圧の放電が行われるようになっている模様。
要するに、盗っ人野郎を感電させるスタンガン機能も搭載してるんだね。
うーむ、なんとまあ物騒なランドセルである事か。
盗んだ奴がショックで死んだらどうすんだ。
ま、そうなったらなったで、盗んだ奴が悪いって事で片付けられておしまいで、誰もどうもしないんだろうな。
日本と違って、犯罪者に対して激烈に厳しいこの世界の理よ。
情状酌量の『じ』の字もねえ。
でもって、そんな物騒ランドセルに、私が触ったり蓋を開けたりしても平気なのは、セアが先んじて自分の魔力の波長を登録してるからだと思われる。
なんせ、私が今自分の魂の容れ物にしているのは、セアのクローン体だ。
つまり私は、遺伝子レベルでセアと丸っきり同じ人間だという事。
それすなわち、生体認証タイプのセキュリティシステムが付いてる物全てを、お互い共有できるという事でもある。
こういう所はちょっと便利かも……いや、そうでもないな。
こっちの世界に、生体認証システムなんてモンは基本存在しないし。
まあとにかく、この中に掘り出したオリハルコン詰めて持って来い、という事で間違いなさそうだ。
盗まれる心配もほぼゼロだし、荷物の持ち運びに関してはこれで解決だ。
さて。次に、この黒モフなチワワの事に関して……おっ、あったあっ…た……。
トリセツの文面を見た私は、またも硬直する羽目になった。
【飼い主様へ】
特Sランク魔獣・ブラックフェンリルの特徴と飼育について
このたびは当店でのブラックフェンリルのご購入、誠にありがとうございます。
店頭でのご説明通り、当店のブラックフェンリルは全て政府機関による検疫をパスし、各種予防接種と最低限の教育を施しておりますので、契約を済ませた方であれば、どなた様でも安心して飼育・使役して頂けます。
寿命は平均して、およそ100~150年です。
最後まで責任持って飼育して頂きますよう、店員一同心からお願い申し上げます。
戦闘形態時の体高は5~6メートルほどですが、非戦闘時は20センチほどの小型犬に擬態して過ごす習性がある為、通常の飼育下ではさほど場所も取りません。
擬態時の見た目は大変愛くるしく、軍用としてだけでなく戦地における傷病者を癒すアニマルセラピーの現場でも、優れた力を発揮する事でしょう。
ブラックフェンリルが習得できる魔法とその威力は個体によってまちまちですが、雷と風の魔法は間違いなく使えるようになります。
喋る事はできませんが、知能が大変高く、人語を解する為、しっかり教えれば警備を行う設備に損害を与える事もありません。
ただし、広域殺傷魔法や極大魔法の行使を最も得意とするがゆえ、手加減できない個体が圧倒的に多いので、捕虜を確保する目的でのご利用は控えられた方がよいかと思います。
ブラックフェンリルは、飼い主様とスキンシップを取る際に飼い主様の魔力を吸収し、それをエネルギー源としますので、餌は基本的に不要です。長期の行軍にもよく耐えます。
また、嗜好品の摂取も可能です。
もし何か食物を欲しがる事があれば、適度に与えてあげて下さい。
ブラックフェンリルは雑食であると共に、無機物や猛毒さえも取り込み、消化できる、極めて頑強な消化器官を有している為、食べさせていけない物は皆無です。安心して同じ物を一緒にご賞味頂けます。
また、集団生活をする犬や狼と違い、単独行動で生活するネコ科の動物に近い習性を持った生物なので、意識して序列を覚えさせる必要もありません。
主として認めた相手には、息をするような自然さで従いますが、前述の通り大変賢い生物ですので、決して邪険には扱わず、飼育環境を常に清潔に保ち、ストレスを与える事なく、優しく接して下さいますよう、伏してお願い申し上げます。
ぜひとも大切な家族の一員として、末永く大切に可愛がってあげて下さい。
お客様の日々の戦いに、幸運がありますように。
※一般の方には誤解される事も多いのですが、ブラックフェンリルは神話に登場するフェンリルとは、全く別種の生物です。
お客様の生活圏にご近所様がお住まいの場合には、その点のご説明を先んじてして頂いた方が、後々のトラブルを回避しやすくなるかと思われます。
「…………」
ふーん。これ……このチワワ、犬じゃないんだ。
ブラックフェンリルね。かっけぇお名前だね。
一番得意な魔法が広域殺傷魔法と極大魔法で、手加減が苦手なのかー。
ぶきっちょさんなんだね。アハハ。
――って、笑い事じゃねえ!!
つか文面から察するに、ゴリッゴリの軍用犬的生物なんじゃね!? この子!
なんつー物騒な生き物を寄越すんだ!
ディア様と女王様になんて説明すりゃいいんですかこん畜生!!
いや、その前にエドガーとシアにどう紹介すれば!?
頭が痛いやら眩暈がするやらで、またもその場にへたり込んでうずくまる私。
そして、そんな私の手を、ちまこい前足でチョイチョイ、と軽くつつきながら、キューン、と心配そうに鳴いている、チワワ改めブラックフェンリルちゃん。
くそぅ、物騒な生き物だって分かってても可愛い!
ちょ、なに人の手をちっちゃい舌で舐めてくれちゃってるの!?
なにこれぐうかわ!
やだもうぎゃんかわ!
ダメだ! 負けた! 返品ムリ!!
今日からお前はうちの子だ!
こうして私は、ブラックフェンリルという名のチワワっぽい生き物に、あっさりと籠絡された。
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