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第1章

8話 暫定聖女とダメ王子の後日談

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 その後、駆け付けた先生による確認の結果、エドガーは、命に別状なし、との診断を受けた。
 本当に安堵の一言である。
 もっとも、処刑の方は私が口を挟んだ為中止になったが、それでも全くの無罪放免、という訳にはいかないそうで、今後の処遇はエドガーが目を覚ましたのち、様子を見て決めると女王様が言っていた。
 取り敢えず、当面の間は謹慎処分という事にするらしい。

 なお、元々大聖堂の人達が、仕事があるとして忙しく動き回っていたのは、生まれて間もない王女様の、最初の洗礼式を執り行う為だったそうで、エドガーも女王様の子供の代表として洗礼式に出席する為、大聖堂へ来ていたそうだ。
 それが、少々目を離した隙にあんな事になってしまって、聖女様や教皇猊下に申し訳ない、本当に頭が痛い、と言って、こめかみを押さえていた女王様。
 こんなまともな人の子供が、なんであんな風に育ってしまったのやら。
 落ち着いたら聞いてみようかな。

 ちなみに、洗礼式には通常、母親だけでなく父親も顔を出すのが慣例らしいが、女王様の旦那さんである王配殿下は欠席だそうだ。
 王配は単なる女王の配偶者ではない。
 国主の裁定を要する仕事を、代わりにこなす事が許された唯一の人材なので、女王が城を開ける際には、女王の代理として必ず城にいなければならないのだとか。
 王族として必要な事だとは言え、城の外での家族イベントからは自動的に除外されちゃうとか、ちょっとお気の毒ではある。

 騒ぎの3日後、本日私とシアは女王様のたっての願いにより、謹慎喰らってるエドガーの代わりに、見届け人として洗礼式に出席する事になった。
 エドガーが起こした騒ぎのせいで仕切り直しになり、日程を今日にずらしたのだ。
 また、洗礼式が始まる前にきちんと自己紹介をしたい、と女王様が仰られたそうで、昨日わざわざ女王様が、お忍びで大聖堂を訪ねて来てくれた。
 しかし――口が裂けても言えないが、女王様が名乗ってくれたお名前は、何とも長くて舌噛みそうなややこしいお名前で、とても1回聞いただけじゃ覚えられなかった。
 多分、今後も相当頑張らないと覚えられないと思う。
 辛うじて覚えているのは、女王様のファーストネームが「プリマヴェーラ」だという事だけ。
 申し訳ない限りだ。

 そして丁度今、大聖堂に来る直前にあった大神殿内の大広間にて、その洗礼式が始まった所だ。
 私とシアは、大広間に設えられた最前列のベンチで、その光景を見守っている。
 くるぶし近くまでの長さがある濃紺の祭服を着て、祭服と同じ色のミトラという帽子を被ったディア様が祭壇に立ち、おくるみに包まれた赤ん坊を抱いた女王様が、ディア様の前に跪く。
 今日の女王様はティアラではなく、見た目にも重厚で煌びやかな王冠を被っていた。

 ディア様が、跪いている女王様の前で朗々と洗礼式の口上を述べたのち、背後に控えていた神官から、一抱えはある大きな銀の聖杯を受け取る。
 中に入っているのは聖水らしい。
「汝、プリマヴェーラ・セア・テラペウテス・ノイヤーエンデが一子、カトライア・レイナ・リーベリー・ノイヤーエンデよ。この世界へと新たに生を受けし者へ、創世の女神とその代弁者たる聖女の祝福を授けん。いとけなき子の未来に幸いあれ!」
『幸いあれ!』
 聖杯を頭上に掲げてディア様が再び洗礼式の口上を述べ、周囲に立っている何人もの神官達が声を唱和させる。
 唱和の直後、聖杯の中に入っていた聖水が、まるで竜巻のように渦を巻きながら立ち上がったかと思うと、ごく薄い環を描いて女王様と腕の中の赤ん坊を取り囲み――次の瞬間には、蒸発して消え失せた。

 ステンドグラスから降り注ぐ光に照らされ、儚く煌めきながら消えゆく環状の水蒸気が、得も言われぬ光景を作り出す。元の世界とは異なる、魔法がある世界ならではの洗礼式だ。
 幻想的な光景に小さな感嘆の息を零しつつ、改めて見た女王様の姿もまた、ステンドグラスから降り注ぐ光を浴びて、美しく煌めいていた。

◆◆◆

 それから更に1週間。
 私とシアは、ディア様やその側仕えの人達などから、大聖堂での生活で守る必要がある細々とした決め事をなどを教わりつつ、平穏に日々を過ごしている。
 大聖堂での暮らしも、田舎の村にいた頃と大差はない。
 ただやる事が、起きて、祈って、掃除などの仕事をし、部屋に戻って眠る。という形に変わっただけ。
 ここでも人々は日の出と共に起き出し、日の入りと共に仕事などを終え、月が天高く上る頃までに就寝する、というサイクルで生活している為、特に苦労もなく馴染む事ができた。
 むしろ、村と違って力仕事が全くない分、楽なくらいだ。

 勉強の方も問題なし。
 私は前世の記憶があるので、家庭教師をつけての勉強は免除され、シアも両親のお陰で、ここへ来る前からある程度の読み書き計算ができた為、大した苦労はしていないようだった。
 そのうち15歳になれば、貴族・平民関わりなく門戸を開いている王立学園に入り、更に高度な勉強ができるようになる、との事だが、今はどうするか保留中。
 今更勉強するのは面倒だな、というのもあるが、個人的に、貴族も通う学園だというのが一番のネックでして。

 なんか、貴族がいる世界で学園がどうこう、なんて話を聞くと、なろう小説とかによくある、乙女ゲーム設定の物語や登場人物を思い出しちゃって、どうもいまいち通う気にならないと言いますか……。

 ああいう身分設定とかグダグダの、恋愛至上主義的ワールドに取り込まれたくないんですよ。私は。
 もっとも前の世界で、長年色んなジャンルのゲームを漁ってきた私でも、こんな世界観や設定持ったゲームなんて見た事ないから、一応ゲーム世界への転生じゃないとは思ってるけど、近年の乙女系ゲームに関してはやや知識が浅い為、不安が拭い切れない。
 まあ、貴族と違って私は平民。
 貴族の子女と違って強制入学ではないと聞かされているし、よくよく考えて決めようと思う。
 もし入学するとなると、聖教会側に学費を出してもらう事になるんだろうし、世話になってる人達に、ムダ金払わせるような真似はしたくない。

 ああそれと、肝心の魔法の事だが、これは別に教会で洗礼を受けなくても、この国の女性なら、いずれ普通に使えるようになるものだそうだ。男性は使えないそうです。
 神官さんの1人が苦笑交じりに言っていたが、ただ単に洗礼を受ければ、その時ついでに、扱える魔法の属性と魔力量の鑑定をしてもらえるので、それ目当てで子供に洗礼を受けさせる親も多いのだとか。
 そうすれば、早い段階で自分の属性を把握し、相性のいい属性魔法を早期に集中して学べるようになるから。
 例外もあるけれど、大抵の人は最も相性のいい『基礎属性』と、次いで相性のいい『補助属性』の、計2種属性を扱えるのが一般的なようです。
 でも、本格的な魔法の扱い方を学びたければ、やはり学園に行かねばならないとの事。くっ、悩ましい……!

 そんでもって、先日私とシアも鑑定を受けまして、鑑定の結果、なんと私は聖女(暫定だけど)にも関わらず、基礎属性も補助属性も持ち合わせていない無属性でした。
 魔力量だけは、バカみたいに多いみたいなんだけど。

 無属性の場合、使える魔法は身体強化魔法オンリーになる。
 周囲や第三者へ一切影響を及ぼさず、自身の体内だけで全てが完結するこの魔法は、別名『自己完結型魔法』とも呼ばれ、国内にもそれなりに使い手がいるとの事。
 つまり私は、今まで無意識にこの身体強化魔法を扱っていて、その力でクソ叔父を簡単にボコッたり、力仕事を楽々こなしてたって訳ですね、はい。
 そんな訳で、ファンタジーものに出てくる派手な魔法は一切使えないと知り、いい歳こいてかなりガッカリしたけど、この力のお陰であのクソ叔父に何年も搾取されずに済んだのだから、そういう意味では属性ガチャ大当たりと言えるだろう。

 そして我が妹シアの属性は、レア属性である光が基礎属性、補助属性は水だった。
 うんうん、イメージピッタリ!
 全世界が諸手を挙げて納得する結果ですな!
 つか、ホントの聖女はシアなんじゃない?
 思わず内心で盛り上がっちまいました。

 ただし、シアの場合は私と違い、魔力量が平均以下しかないとの事で、無理に魔法を使おうとしないように、と注意された。
 魔力とは、魂に根差したもう一つの『生命力』。
 特に、まだ身体が出来上がっていない子供のうちに、下手に魔力が枯渇するような使い方をすると、命に係わる事もあるらしい。
 神官さんから、あなた様も姉君として、十分気を付けてあげて下さい、と念を押されたので、今後その通りに気を付けていく所存だ。

 それと蛇足ながら――大聖堂の風呂場で、生まれて初めて鏡で見た自分の顔があまりに美少女過ぎて、自分の顔だとハッキリ認識するのに数分かかった、という、ちょっと間抜けな出来事に関して、この場で適当にご報告させて頂きます。
 見た目がいいのは嬉しいけど、中身が骨の髄まで二次元萌えの腐れオタな私じゃ、この先宝の持ち腐れにしかならんだろうな……。
 それはそれで空しい話だ。

◆◆◆

 王都へ来て、大聖堂のお世話になり始めてから、ひと月が経過した。
 今日私は午前中、大聖堂の地下にある図書館で適当に本を読み、昼を過ぎてからは大聖堂の周囲にある庭を散歩している。
 シアは家庭教師の先生についてお勉強している最中で、ここにはいない。
 ちょっと寂しいです。

 そういや、この間来た女王様からの手紙によると、エドガーもそろそろ謹慎を解かれる頃合いだとか。
 階段から転げ落ちて頭を打ったせいか、目覚めてからも酷い記憶の混乱があったようで、ここはどこだとか、今は何年の何月か、だとか、色々な事が一時的に分からなくなっていたらしい。
 しかも、あんだけふんぞり返って威張っていたのが嘘のように大人しくなったそうで、今は我が儘もほとんど言わなくなった――どころか、周囲に対する気遣いまで見せるようになったというのだから驚きだ。

 それこそ、今までとはまるで正反対な人格となったエドガーに対し、最初は女王様だけでなく、侍女さん達や側仕えの人達も、人格矯正の嬉しさより、気味の悪さや心配の方が先に立っていたようだけど、今はエドガーの性根の改善を、素直に喜んでいる模様。
 その後手紙には、こちらの様子を気にする言葉や、困った事はないかと確認するような言葉が続き、最後は、近いうちに改めてエドガーを謝罪に向かわせます、という一文で締めくくられていた。

「……もう謝罪は十分なんだけどなぁ」
「だよなぁ。もうアレで充分だろ?」
 苦笑と共に零れ出た独り言の後、聞き覚えのある声が聞こえて来て、私は一瞬目を丸くする。
 慌てて背後を振り返れば、そこには案の定、我が儘ダメ王子ことエドガーの姿があった。
 護衛もお付きの人も誰もいない。完全に1人だ。
 小生意気そうな顔つきをしてはいるけど、確かに手紙にあった通り、ぱっと見でも分かるほど雰囲気が違う。
 まるで別人みたいだ。

「よ。聖女様。久しぶりだな」
「はい!? 久しぶりって……! あんた護衛の人とかは!? まさか1人でここまで来た訳!?」
「勿論1人で来たんだよ。よく分からねえけど、どうやら俺は今まで、城の中でも結構有名なバカ王子だったみたいなんでな。
 下に兄弟が何人もいるから、俺1人が死んだ所で誰も困らなさそうだし、攫った所でろくな稼ぎにならないだろうよ。護衛なんていらねえっつの」
「女王様は困るでしょ。馬鹿でも可愛い息子なんだから。親を泣かす気? そういう所がダメだって言うのよ」
 反抗期の子供感丸出しの、斜に構えた物言いをするエドガーに、思わず指摘する。
 ちょっと言い方がキツくなってしまったが、許せ。
 私自身、自分の事を想ってくれる親のありがたみが身に沁みてるから、そういう先を考えない雑な事言われると、カチンときてしまうのだ。

 今まで考えた事なかったけど、もしかしたら私は今のこの身体の幼さに、大なり小なり思考を引っ張られてるのかも知れない。
 しかしそんな私の言葉にも、エドガーが腹を立てる事はなかった。
 ただ、困ったような顔で軽く肩を竦めるだけだ。
 喋り方まで変わってるし、ホント誰こいつ。

「まあとにかく、母上が大袈裟にもう1回謝りに行け、なんて言うから、わざわざ来てやったんだ。ありがたく思えよ」
「それ、謝りに来た人間の態度じゃないと思うんだけど。て言うか、先触れとか出しなさいよ」
「細かい事言うなよ。第一お前、ホントに俺に謝って欲しいと思ってんのか?」
「……思ってない。もうとっくに終わった事だし。今になって謝られても困るだけよ」
「は、言うと思った。そういう奴だよな、お前は」
「何が「言うと思った」よ。私の何が分かるっての?」
「べ、別にいいだろ。俺が勝手に、何となくそう思っただけなんだから」
 私の突っ込みに口を尖らせるエドガー。
 くどいようだけど、別人28号だな。マジで。

「……で? 本心から謝りに来たんじゃないなら、何しに来たの。親に言われて適当に頭下げるだけの、形だけのごめんなさいなんて、尚更要らないんですけど?」
「だろうな。……実はな、これから俺は成人するまでの6年間、一時的に王籍から抜かれて、平民の扱いになるって事を言いに来たんだ。死罪の代わりだってよ」
「はあ!? 何それ!」
 とんでもない処罰に驚き、裏返った声を上げる私。
 だが、当のエドガーはちっとも参ってない顔で、「父上も厳しいよな、参るぜ」などと言う。
 まるで他人事な口調だ。

「一応、迎え入れとか口裏合わせとか、色々準備が必要だってんで、実際そうなるのは来月からだけど、もう今の時点で、パストリア公爵家が後見人やってる、王侯貴族御用達の商家に、養子って形で入る事になってるみたいだな。
 そこの家で、甘えた性根を叩き直してもらえ、だとさ。ホントきついぜ」
「……。ねえ。あんた……口では「参る」だの「きつい」だの言ってる割に、なーんか嬉しそうよね? ホントは嫌じゃないんでしょう」
 ジト目を向けてそう問い質すと、エドガーは「まさか」と言いつつ、にんまり笑う。

「そんな事ねえよ。――いやあ、大変だなぁ。これから6年間他所で暮らした上で、学園にも平民枠で入れって言うんだぜ? しかも、出来が悪かったら本当に王籍から抜くとか言われててさ、後がねえんだよなあ。
 こりゃあ下手したら帝王学とか地政学とか、ちゃんと勉強できねえかもなー。そしたらホントに平民として生きてく事になるのかー。ああしんどい、参るよなぁ、ホント! もう王位を継ぐとか諦めて、大人しくソロバンの弾き方でも勉強した方がいいのかもなー」
 発言の内容とは裏腹に、エドガーの声色は妙に弾んでいてやたらと明るい。

 ……。こいつ、まさか……。本当はハナッからこういう性格で、王籍抜けたさに私を利用した、とか……?
 いや、それはないな。
 あの時のエドガーは本気で救いようのない、クソでダメなバカ王子だった。
 あの一連の言動が、丸々全て演技だったとは思えない。
 つか、演技だったら怖いわ。
 だってこいつ10歳児だよ? 劇団ひまわりも真っ青じゃねーか。

「まあとにかく、言いたい事はそれだけだ。もしこっちに礼拝に来た時はよろしくな!」
「あっ! ちょっと!」
 文字通り、エドガーは言いたい事だけ言うと、にこやかに笑いながらさっさとどっかに行ってしまう。数秒遅れで後を追ったけど、その時にはもうどこにもいなかった。
 これは、足が速いと言うよりも、この辺のどっかに隠し通路か何かがあって、そこを通ってここに来たのかも知れない。
「て言うか……改心しても違うベクトルでダメっぽくなってんじゃん、あのダメ王子!」
 私は思わず叫んでいた。
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