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第2章
10話 勃発・ダメ王子VSバカ王子
しおりを挟むいきなり人の所にやってきて、訳の分からん寝言を言い出したバカ王子。今まさに、開いた口が塞がらないってのはこういう事を言うんだと実感しております。
あのな、お前さん。
あくまでも使徒は、聖女が『自ら見出さなければならない』ものだっつってんだろうが。立候補なんてハナッから受け付けてねえんですよ。
しかも、「なってやろう」ときたもんだ。
面の皮が厚いっつーか、図々しいにもほどがあんだろ。
ホントもう、どんだけ自分に都合のいい解釈すればそういう結論に至るのやら、心底不思議でならない。
あまりにもアレな発言に呆れて絶句していると、案の定バカ王子は勘違いを加速させ、更なる寝言を吐いてくる。
「そうか、言葉も出ないほど嬉しいか。まあ当然だろうな、俺はこの国の王子だからな! では今日のうちに母上に、俺の聖女は賢い選択をしたとお伝えするとしよう!」
はあ!? おうコラ待てバカガキ!
誰がお前の聖女だ! キショい妄言ほざくのも大概にしろ!
つーか伝えんな! 私まで多方面からバカだと思われんだろーが!
ヤバい! 今のうちに口を挟んで止めないと大惨事になる!!
「ちょっ――」
「おい待て。バカ野郎」
ルンルン気分で踵を返すバカ王子を慌てて止めようとした、その時。すぐ隣から酷く冷たい声が湧いて出た。
え? 今の声、もしかしてエドガーか?
思わず面食らって動きを止める私に、エドガーは一度だけ視線を寄越してから立ち上がり、眉根を寄せて足を止めているバカ王子に近付いて、いきなり胸倉を掴み上げた。
暴力沙汰は苦手なのか、バカ王子はエドガーに「何をする!」と抗議の声を上げつつも、ろくに抵抗できずされるがままになっている。胸倉掴まれてビビッてるのが丸分かりだ。
「お前、聖女の使徒の話を誰に聞いた。母上……いや、父上か。あの人、昔っから俺達に甘い所あったもんな。聖女の話も、ガキにお伽話聞かせるみてぇに、ざっくりした事を優しく話して聞かせてくれたんだろうな。
で、お前はいつものようにそいつを自分の都合のいいように解釈して、ここまでノコノコやって来たって訳だ」
「ぐっ……。なにを、言いたいっ。お、お前には、関係ないだろう」
なんか知らんが、エドガーは随分とお冠なようで、話しているうち、胸倉掴んだ手にじわじわと力が入ってきている。あーあー、バカ王子の首、ちょっと絞まってんぞ。止めんけど。
「関係ならある。お前、俺が一時的とはいえ、王籍を抜かれた『理由』を聞かされてないのか」
「そ、それは、うぐ、せ、聖女の身を、守る為、だとか……」
「ああそうだ。俺はあの時、今以上にバカだったんでな。アルエットとシアにデカい借りを作っちまった。
だから母上と父上に頼んだんだ。せめて使徒が見つかって、そいつが覚醒して使い物になる時が来るまで、聖女の盾にならせてくれってな」
――はい? ちょ、おいエドガー! 何だそれ、初耳なんですけど!
驚きのあまり口を挟む機すら見出せなくなり、ただ目を見開いている私をよそに、エドガーは言葉を続ける。
「盾になるっていうのは、何も身体を張って輩を傍に寄せないようにする事だけじゃねえ。お前みてーな、聖女の意思と名誉を汚そうとするバカから守る事も含まれてんだよ。
分かったら弁えて引っ込みやがれ。お前は逆立ちしても、聖女の使徒には選ばれねえよ」
エドガーの物言いにカッとなったか、バカ王子は自分の胸倉を掴んでいる手を力任せに引っぺがし、エドガーを睨み付けた。
「なんだと! 血を分けた兄弟だと思って黙って聞いていればぬけぬけと! ああそうか、お前は俺が妬ましいんだな! 使徒に選ばれたこの俺が!」
勝ち誇ったような顔で的外れな事を言うバカ王子に、エドガーが侮蔑の目を向ける。
「アホか。アルエットがいつお前を使徒だって言ったよ。お前が勝手に寝言ほざいてるだけじゃねえか。思い込みが激しいのもここまで来ると、こっ恥ずかしいなんてモンじゃねえな。
いいか、こいつはまだ15だぞ。伝承通りなら、使徒を見出す『力』が働くのは16歳以降のはずだ。16にもなってねえこいつが、なんでお前が使徒だって判別できんだよ。その辺もう少し考えろボケが」
「ぐっ……! い、言わせておけば……っ! おいアルエット! 呆けていないで俺を擁護しろ! 貴様は俺を選んだだろう!」
ここで私に振るんかい。
つか、擁護しろて。
擁護って、『対象を悪意や危害から、かばい守る』って意味なんですけど。
あんだけ全力でイキっといて、今更私の背中に隠れる気かよ。現在進行形で下に見てる相手に、よくもまあ恥ずかしげもなくそんな事言えるな、こいつ。
擁護って言葉の正しい意味、ちゃんと分かってないのかも知れんけど。
まあアレだ。止めを刺すチャンスを頂いたんだし、ここは全力で現実ってモンをお教えしようかね。
「……殿下。お言葉ですが、私は一言たりとも、あなたが聖女の使徒だとは申し上げておりません」
「なっ!? どういうつもりだ貴様!」
「どういうつもりだと言われても困ります。先程彼が言ったように、私にはまだ、使徒を見出す力は芽生えておりませんので。あなた様が使徒であるか否か、今の私には判別致しかねます」
「ええい、理屈ばかりをごちゃごちゃ並べおって! どうせあと数か月して秋になれば、16の歳を迎えるのだろう! だったら今のうちにさっさと選んでおけばよかろうが!」
「そういう問題ではありません。……いいですか。よくお聞き下さい。使徒の選別とは聖女にとって、ある種の通過儀礼に当たります。
使徒とは聖女が己の意思で選ぶものではなく、予め創世の女神が選び、この世界へと遣わしたもうた者を、聖女が己の力を用いて見付け出すものなのです。それに――」
「う、ぐうぅうっ……! もういい! 黙れ! やはり下賤な平民とは話にならん!」
できるだけ分かりやすく、ゆっくり話して聞かせてやったつもりだったのだが、やはりバカ王子は、私が言っている事をろくに理解できなかったようだ。
ついに癇癪を起こし、真っ赤な顔で喚き始める。
「折角この俺が直々に貴様の見目のよさを見込んで、我が傍に仕える栄誉を与えてやると言っているのに、その慈悲さえ理解できんとは! なんたる無礼な女だ!
俺が王になった暁には、貴様に最大級の屈辱をくれてやるから、そのつもりでいろ! 精々後悔するがいい! 泣いて縋って来ても許してやらんからな!」
今にも地団駄踏まんばかりの勢いで、この上なく頭の悪い負け惜しみを吐き散らしながら、ようやくバカ王子は屋上から出て行った。
あー……。疲れた……。
盛大なため息をつき、校舎の壁にぐでっと寄りかかる私に、シアが気遣わし気な目を向け、エドガーが「お疲れ」と、短い労いの言葉をかけてくる。
「ああうん。ホント疲れたわ。……。ねえエドガー。あんたって……」
「気にすんな。俺がそうしたかったってだけの話だ。今更返品とかナシだからな。……そりゃまあ、お前はいつも、何かあっても大抵自分で何とかしちまうし、盾なんていらねえんだろうけどさ」
「分かってる。第一そんな事したら、あんたは今度こそ、本気で立場も居場所もなくしかねないでしょうが。これからも、ありがたく盾でいてもらうわよ」
「お気遣いどうも。ま、正直言うなら、王族としての立場とかは、もうどうでもいいんだけどな」
「どうでもいい言うな。あんた第一王子でしょ。責任持って王様になって、あのバカ王子を政治に関われない地位まで蹴落としなさいよ。
つーかあいつ、使徒になるってのがどういう事なのか、ちゃんと分かってないみたいだし、その辺の事も言って聞かせてやったら?」
私は呆れの感情を抑え切れず、ついエドガーに話を振った。
ええ、そうなんです。今私が言った通り、あのバカ王子、使徒って存在がどういうものなのか、分かってないんですよ……。
使徒とは、その生涯の全てを賭して聖女に仕え、その心身を支える為に在るものであり、それ以外の使命など与えられていない。
つまり、使徒として見出された者は、その時点で生まれ持った身分を捨て、後は死ぬまで、創世聖教会から新たに与えられた、『使徒』という身分で生きて行かなきゃならないのだ。
もし仮にあのバカ王子が本当に使徒だった場合、私に仕える為、王子という身分を捨てなきゃならなくなるし、そうなったら当然、将来王様になる目も潰れてなくなるって事なのです。
創世教から見れば使徒は聖女に次ぐ身分であり、創世聖教会から生活の全てを保証される立場ではあるが、ほぼ名誉職みたいなものなので、誰かに命令するような権限はない。
王子という身分と比べれば、社会的地位はたいぶ落ちる。
ついでに言うなら、使徒はいざという時、聖女の為に身体と命を張らなきゃならない。
幾ら聖女に準ずる力を女神から与えられてると言えど、場合によっては命を落としかねない、危険なお役目だとも言える。
私は今後使徒を見出したとしても、そんな事させるつもりは全くないけど、周りは常に、その覚悟を使徒に対して求め続けるだろう。
まあ何が言いたいのかと申しますと、使徒のお役目ってのは、王子の身分を思い切り鼻にかけ、周囲の腰巾着からからチヤホヤされまくり、ずっと上げ膳据え膳で生きてきた、甘ったれの坊ちゃんに務まるモンじゃないんだって事を、声を大にして言いたい訳なのです。私は。
どうやら、その辺りの話はエドガーも分かっているようで、「やだよめんどくせぇ」と顔をしかめている。
「つか、どうせ言った所で聞きやしねえよ。もうあいつの事は放っとけ。
……ま、今俺らの下にはまだ2人妹がいるから、そっちに任しときゃ、そのうち何とかなるだろ」
「おい。妹に丸投げする気か。このダメ王子」
「ダメで結構でーす。――心配すんな。妹はどっちも出来がいい、俺より立派な国主になる。それに、王になったら、もう……。……と、……ねえ、だろうが……」
途中から急にそっぽを向いて、小声でモゴモゴ何かを言うエドガー。
いつも、言いたい事はきっちり口に出して言うエドガーが、こういう歯切れの悪い物言いをするのも珍しい。
「は? なに? 聞こえないし。何か言いたいならハッキリしろっつの」
「お前にゃ関係ねえからほっとけよ。それより、そろそろ教室戻らねえとヤバいんじゃねえ?」
「くっ、分かりやすい誤魔化しを……」
ちょっとイラッとしたが、エドガーの言っている事は正しい。バカに絡まれて、休み時間の一部をふいにしただけじゃなく、遅刻までしたなんて事になったら最悪だ。
「シア、教室に戻ろう。遅れちゃう」
「う、うん」
私はやむなく立ち上がり、座っているシアに手を差し伸べた。
◆◆◆
またも翌日の朝、女王様から謝罪の書状が速攻で届けられた。
どうやらあの屋上での出来事の後、バカ王子は私から使徒の話を突っぱねられた事を女王様にチクって、私に対して抗議をさせようとしたらしいんだけど、逆に女王様からめったくそに叱られて、私への接触禁止命令を出されたようだ。至極当然の処置だろう。
もうホントにね……どっから突っ込んでいいのか分かりませんよ、私は……。
謝罪の書状には、使徒に関する話を徹底的に教え直し、どれだけバカな事をしたのか言って聞かせたが、本当に理解しているのか正直疑わしい、息子がああまで愚かだとは思わなかった、もし今後息子が自分の言い付けを破ってあなたの前に現れ、無礼な態度を取るようならば即座に学園を退学させます、といった内容の話が、いささか筆圧高めの文字でつらつらと書かれていた。
女王様の苛立ちと苦悩が、手に取るように伝わってくるお手紙でしたよ、マジで。
その後、あのバカ王子は本当に私の前に姿を現さなくなったが、それが女王様の命に従っての事なのか、それとも単に自尊心を傷付けられた事に腹を立てての事なのか、正直判別が付かない。
どっちかっつーと、後者のような気がしてならないのは、多分私だけじゃないはずだ。
それから、休日に大聖堂へ足を運んでくれた、ヴィクトリア様やメルローズ様から聞いた話によると、奴は本当に、メルローズ様をアディア嬢いじめの犯人に仕立て上げ、評価を下げようという企みを実行しているようなのだが、やはり大して効果を上げていないらしい。
そりゃそうだ。
だってその前に、先んじて予防策打ってたからね。
アディア嬢も未だ、いいように騙されてるとは欠片も気付いていないらしい。
脳内お花畑のおバカさんなりに、クズなバカ王子の期待に応えようとして、教科書を隠されただの、私物を捨てられただの、校舎裏に呼び出されてイビられただのと、面白おかしい自作自演を一生懸命繰り返しているようだが、それを真に受けて騒いでるのは、メルローズ様の実家の派閥と折り合いが悪い、ごく一部の家の令嬢と令息だけなのだとか。
その令嬢と令息も、これから社交界で酷い目に遭うだろうな。
五大公爵家のお嬢様の悪評流す片棒担いだも同然、ってのもあるけど、一番痛いのは、根も葉もない噂をまるっと真に受けてしまった、という浅慮っぷりだ。
今からそんな浅いオツムを露呈しているようでは、この先社交界という名の魔窟ではやっていけまい。
礼拝に来たユリウス様が、今後、没落する家がちらほら出てくる可能性も十分あると思いますわ、と、とってもいい笑顔で仰っていたのが、非常に印象的でした。
当然ながら、今も学園内にメルローズ様の悪評などはろくに立っておらず、メルローズ様の周囲は比較的落ち着いた様子を維持しているとの事。
本当に何よりだ。
ちなみに、五大公爵家と普通の公爵家の何が違うのか気になったので、ちょろっとエドガーに訊いてみた。
エドガー曰く、五大公爵家とは王家との血縁が深い、つまり、王家との間で降嫁だの嫁入りだのを何度も繰り返し、より深い姻戚関係になった家の事を言うのだそうな。
ただ、そのうちの一家だけは、元は先代の女王様のお兄さんが、退位前の父王から大公の称号と共に賜った家――つまり大公家だったらしい。しかし、大公閣下が今から15年前に不慮の事故で亡くなり、息子に代替わりして以降、爵位を公爵に改めたのだとか。
その大公閣下も、あのバカ王子みたいに、格下相手に威張り散らす系の嫌な人だったようで、第一王子でありながら、性格の悪さのせいで父王から次代の王として承認されず、妹に跡継ぎの座を取られ、不治の病に罹った時も、事故でお亡くなりになった時も、周りから全く悲しんでもらえなかったという、なかなか悲惨な人生を送ったらしいんだけど。
ともあれ、現在学園内はバカ王子とおバカ令嬢が、2人揃ってただ空回っているだけの状態であり、私はこの時個人的に、この分なら年末年始のパーティーで奴が事を起こそうが起こすまいが、どっちでもいいんじゃね? みたいな感じに思っていた。
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