【第1部完結】暫定聖女とダメ王子

ねこたま本店

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第4章

7話 食えない王子の決意表明

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 大聖堂での会食もどきの最中、ワインボトル1本分の赤ワインでベロベロに泥酔し、前後不覚になったティグリス王子は、更にワインボトル半本分の白ワインを飲んだ所で轟沈した。
 私自身結構な酒飲みだし、前世でも今世でも周りにザルしかいない(ああ見えて、シアもだいぶ酒豪です)んで、よそ様の平均値なんて分かんないけど、多分、酒の強さは中の下って所なのだろう。
 でもって意識を失った後、結局最後まで目を覚まさないままだった彼は、恐縮しきりの使用人さんの1人におぶってもらって大使館へ戻り、翌日の昼過ぎ、青い顔引っ提げてまた大聖堂へやって来た。
 もしや、二日酔いなのかな?
「……聖女様、あれから使用人達に詳しい話を聞いたのですが……昨晩は酔って正体をなくした挙句、酷い醜態を晒してしまったようで、大変申し訳ございませんでした。改めて謝罪致します……」
 大聖堂内の貴賓室に通した途端、応対に出てきた私と護衛のエドガーに対し、深々と頭を下げてくるティグリス王子。
 ちなみにシアは現在、用事があって大神殿の方に行ってて不在です。

 
 更にティグリス王子が、何とも言えないしっぶ~い顔で、「このような有り様では弟を……リーディクルスを注意できません。全く我ながら、なんと愚かな事を……」と、独り言ちるような声でのたまう。
 あ、はいはい。そういう事ね。
 二日酔いで顔色悪いんじゃなくて、昨日の事を後悔するあまり、精神的にキちゃってるから顔色悪いのか。
 ホント真面目だね。
「お気になさらず。王侯貴族の酒宴の話は存じませんが、平民の間で設ける酒の席で、深酒によって正体をなくす者が出る事など、さして珍しいものでもありません。
 かく言う私達も、殿下から頂いたワインがあまりに美味しくて、つい飲み過ぎてしまいました。なので、実は私達も昨晩の話は、ほとんど記憶にないのです。ですから、私達としても昨晩の事は、あまり話題に出さずに頂ければ幸いなのですが」

 ひとまず、「昨夜は私らも飲み過ぎちゃってベロベロで、なに話してたかよく憶えてないからお互いノーカンにしようぜ」的な事を、敬語などのオブラートで包んで話すと、ようやくティグリス王子の表情が少し緩んで穏やかになる。
「はい。お心のままに。……ありがとうございます。そして、先日から度々お気遣いを頂いている事に関しても、改めて御礼申し上げます。感謝の念が絶えぬ思いです」
 相変わらずちょっと申し訳なさそうな態度だけど、大分顔色もよくなったね。
 ついでにその流れで着席を勧めると、素直にソファへ腰を下ろしてくれる。こっちとしても一安心だ。

「それで……もしや殿下は、昨晩の事を私共へ詫びる為だけに、恐れ多くもこうして大聖堂へ足を運んで下さったのでしょうか?」
「ああいえ。実は、それだけではないのです。昨晩話しそびれてしまった事が幾つかあるのです」
「昨晩話しそびれた事? ですか?」
「はい。まず、聖女様方へお詫びの品として用意した、菓子と砂糖に酒精が含まれていた件に関してです。
 確実ではありませんが、当時その品を買いに行かせた侍女に聞き取りをした結果、原因とおぼしき出来事が出て参りました。
 恐らくは、宰相がその侍女に使いを命じた際、混乱と憶測を呼ぶ事を避ける為に聖女様の話を伏せ、私が身分の低い女性に贈り物をするのだと説明した事、そして話を聞いた侍女と、侍女と懇意にしている菓子店のオーナーが、下らぬ気を回した事が原因だったのではないかと。
 聞こえのいい話ではありませんが、私には形ばかりの婚約者しかおりませんので」
 ティグリス王子が眉根を寄せる。

「現在私の婚約者の立場に収まっている侯爵令嬢は、万が一私が王位に就くような事があった場合、私がつつがなく国政を行えるよう、公式の場であろうと非公式の場であろうと、影に日向に私をしっかり支えられるだけの器量と度量がある令嬢を、との理由から、王命によって選ばれました。
 彼女はとても優秀な人で、私にとって気のおけぬ兄妹同然の存在であり、幼馴染みであり、10年来の親友でもあります。そしてそれゆえに私達は、互いに対して恋情を持つ事ができませんでした。
 なんと申しますか、職務上のパートナーとしてはこの上なく相性がいいのですが、異性として触れ合い、子を成せるかと言われると、その、正直……」
「ああ、成程……。そういうご事情がおありでしたか……」
 あまりに近しい距離で育ったせいで、お互い兄妹としか見れんって訳ですね。
 我が身の事に置き換えて考えてみればよく分かる。
 私だって、翔太を異性として見るとか無理だもんよ。
 ましてや触れ合うとかマジで無理。さぶいぼ出るわ。
 そういうトコ想像しただけで、なんかオエッてなる。
 全身の毛穴もスタンドアップ待ったなしです。
 つか、どんだけしんどい立ち位置で生きてるんですかね。この王子様は。

 昨日の愚痴と今の話から察するに、立太子された兄貴と王様やってる親父は色んな意味で不出来。そして婚約者は、王命で勝手に決められた妹同然の同志。
 王様の右腕のはずの宰相は気が弱く、格上相手の交渉事では無能丸出しで、挙句の果てに婚約者との事情を知ってるはずの侍女も、気遣いの方向性が主の望みから外れまくってる忖度下手、という嫌なおまけつき。
 こうして軽く並べてみるだけでも、現状の嫌さ加減とわかりみが深すぎて、苦み走った草が大量発生しちゃう。
 うちのエドガーのお気楽な性格と立場を、ちょっとでいいから分けてあげたい。

「そちらのご事情は理解致しました。臣下の行いであっても、いえ、臣下の行いであるからこそ、余計に話しづらい事柄だったでしょうに、こうして包み隠さずお話して頂きました事、感謝致します。
 これで今後はなにひとつ思い煩う事なく、王子殿下方とお話ができると言うものです」
「そう言って頂けると、こちらとしても救われる思いです。聖女様の寛大な対応に心から謝意を表します」
 ティグリス王子が、ソファに座ったまま頭を下げてくる。
「それでは引き続き、お話をさせて頂きます。こちらの学園に国外留学生として受け入れて頂いたリーディクルスの件と、新たな留学生の件に関してです。
 リーディクルスの身分と元々の住まいを鑑みれば、今後あれが聖女様に近付くような事はないでしょうが、あれは聖女様に対して非常に愚かな真似を致しましたので、今後の話も一応お話しておくべきかと思いまして。
 それとも、あのような愚か者の話など、お耳汚しにしかなりませんでしょうか?」
「いいえ。お話して頂けるのなら、一応知っておきたく思います」
「かしこまりました。……端的に申し上げますと、こちらの女王陛下との話し合いの結果、リーディクルスは自主退学という形で学生の身分を返上し、そのまま帰国する事となりました。既に昨日の朝、イストークへ向けて出立させています。
 帰国後の話はまだ未定ですが、恐らくリーディクルスは王位継承権を放棄した上で臣籍へ下り、一代限りの名誉爵位を賜る事になるでしょう。此度の騒動を思えば、上位貴族の爵位を賜る事はまずないでしょうが」
 大使館のメイドさんが淹れてくれた紅茶を、唇を湿らすように少量口に含み、ティグリス王子が再び口を開く。

「続きまして、学園へ新たに受け入れて頂く留学生の件ですが、こちらもまた、今後二度と馬鹿者が我が国の名に泥を塗らぬよう、合議の場にて再検討の機会を設け、しっかりとした人選を行った上で、改めてこちらの学園に留学生を送り届ける形となるでしょう。
 ゆえに、留学生の決定と再編入には、どんなに早くともひと月……いえ、ふた月以上の時間を要するかと。まあ、それまでの繋ぎ、と言っては何ですが、新たな留学生が決まるまで、私がこちらの大使館に逗留させて頂き、公人としてノイヤール王国の事を詳しく学ばせて頂こうと思っています」
「え、そうなのですか。殿下は尊い御身おんみですし、早くに戻られるのかとばかり思っていましたが……」
「はい。実は、最初からそのつもりだったのです。黙っていて申し訳ない」
 紅茶を飲んでいた所でやおらそう言われ、私が目を丸くすると、ティグリス王子が、ちょっと悪戯っぽい顔で苦笑した。

「元より、ノイヤール王国へ留学生を送り出そう、という話になったのは、いずれ自国の政に関わっていくであろう若い王侯貴族に、貴国の詳しい内情と情勢の一端を、直に見聞きさせておきたかったからなのです。
 なので、年齢上の問題で学園には編入できずとも、せめてその役割くらいは私が果たして帰ろうかと考えまして。貴国の内情と文化を知り、女王陛下と聖女様方のお人柄を伝え聞かせれば、留学に対して二の足を踏む諸侯も減る事でしょう」
 ティグリス王子の話に、私もエドガーもうんうん、とうなづく。
 うーん、本当に色んな事をきちんと考えてる人だ。
 もういっそ、内輪から見ても美点より粗の方が多い現王太子じゃなくて、ティグリス王子が王太子になった方がいいんじゃね?

「個人的にではありますが、殿下のご判断を尊重致します。どのような選択をするにしても、『知っている』というのは大きいですからね。選択肢の数や幅、質なども変わってくる事でしょう。
 私は生憎と、政に関わる身分ではございませんので、そちらの件に関して口を差し挟む機会など皆無ですが、ノイヤール王国の民の1人として、ノイヤール王国とエクシア王国との間に、よき縁を新たに結ぶ力を持った方がお出でになられる事を、心から願っております」
「ありがとうございます、聖女様。そのお言葉とご期待を裏切る事なきよう、本国へ贈る手紙にも、よくよく精査に励むよう書き記しておかねばなりませんね。
 それと私自身、しばらくの間大使館に留まって過ごす以上、これ以上皆様方の御前おんまえで醜態を晒さぬよう、しかと気を引き締めていかねば……」
 ティグリス王子は、ちょっと赤らんだ顔で自分の頭をワシワシ掻きながら、改めて決意を述べた。

 うん。大丈夫。この人ならやってくれる。
 単なるカンだけど、信用していいって思えてきた。
 私にできる事なんざたかが知れてるが、もしこれから先、彼が何かしらの理由で私を、私達を頼って来てくれたら、全力で力になろう。
 大昔に起きたかつての聖女とのいざこざとか、国同士の揉め事とか、そういう話にゃマジで興味ないし。
 ただ私は、自分と大切な人達が住んでる国が、当たり前のように平和で平穏であってくればそれでいい。それ以上の事は望まない。
 でもって――ついでに自分の国が他所の国とも仲よくしてくれたら、国民としてもちょっと喜ばしいかな、なんて思ったり。



 その後、取り留めのない話やちょっとした世間話などを2、3交わしたのち、ティグリス王子は護衛や使用人さん達と一緒に、大使館へ戻って行った。
 なんだか憑き物が落ちたようなスッキリした顔してたし、とてもやる気に満ち満ちた様子だったから、私や聖教会が動かにゃならんような重めの話を持って来たり、さっき心配したように頭下げに来たり、なんて事は、多分起こらないだろう。
 なんにしても、よかったよかった。
 最初はティグリス王子にも呆れてたし、なんか裏があるんじゃないか、とか、内面腹黒キツネなんじゃないのか、とか、あれこれ心配して気を揉んでたのが嘘みたいだ。

 ――さて。気がかりな事にもきちんとケリがついた事だし、今後も頑張って魔法の勉強に邁進するとしましょうか!
 まだ基本的な事しか習ってないけど、属性魔法の勉強、結構面白いからね。
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