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第4章

【第1部完結】最終話 聖女の日常と平和

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 ティグリス王子に、あちらの国の状況などを話してもらってから10日ほど経った。
 今は午後の授業のほとんどが消化され、残すは魔法学の授業のみとなった時間帯。いつもの教室は静まり返っていて、その中に、ペンを走らせる音だけが響いている。
 現在、私達のクラスは、属性魔法を使える女子生徒だけを教室に残し、魔法理論・属性基礎というジャンルの小テストを行っている真っ最中だ。

 つか、『小テスト』と銘打ってる割には設問数が多いし、解答時間も、通常の授業を丸々消費するほど取られてるんですがね。
 どうもこの世界の小テストってのは、『授業の一環として、生徒に少ない設問を短い時間で解かせる』ものではなく、『学年全体ではなく、1クラス単位で行うテスト』の事を指すようだ。
 こっちの小テストも前世の学校と同じく、学習内容の理解度を量る為のものである事って所は同じみたいなんだけど、こういう時、価値観とか文化とか考え方とか、そういうものの違いをヒシヒシと感じる。

 え? 男子生徒と無属性しか魔法の属性持ってない女子生徒はどうしてるのかって?
 あの子達は別の教室で、ひたすら計算テストやらされてます。
 これは学園の中では恒例の班分けで、私も以前の学園生活では計算組におりました。

 テストのジャンルは四則演算。山のように用意されたプリントに書いてある、2桁から4桁までの計算問題を、制限時間内に解けるだけ解くという単純なテストだ。
 問題を解くほどにドンドン点がもらえて、採点結果が300点を超えた生徒は、加点数に応じた額を今期の学費から割り引くか、学食の1か月間割引パスをもらうか選べる。
 しかし、ノルマの点数を越えられなかった生徒は、10日間の居残り補習が確定してしまう。
 うん。今考えても、まさに天国と地獄の学習システム。
 もしくは、典型的な飴と鞭スタイルとでも言うべきか。

 ちなみに、1問ごとの得点設定とノルマは一定じゃない。テストの監督を受け持つ先生の匙加減で、毎回変化する。
 問題の難易度は変わらないのに。理不尽だ。
 蛇足ながら、私はあんまり計算が得意じゃないクチなので、得点設定が甘い先生の時に取った130点が最高点。とてもじゃないが、300点超え達成なんて無理もいい所です。
 毎回ちゃんと設定ノルマは超えてたけどね。

◆◆◆

 テスト開始から約10分が経過した。
 残り時間はあと40分ほど。
 私はついさっき前半分の解答欄を埋め終え、今はその解答を上から順に見直している所だ。

えー、まず1問目。魔法の属性を答える問題。穴埋め問題です。
 『この世界にある魔法の属性は、地・水・火・風の4属性に、光・闇を加えた合計6属性で、光属性と闇属性は扱える者が少ない、希少な属性である』と。
 これで間違いない。

2問目。魔法の特徴を書く問題。これも穴埋め問題だ。
 『基本的に、魔法を使えるのは北の帝国の民だけだが、ノイヤール王国の女性も扱える』
 『10歳の頃に創世聖教会で洗礼を受ける際、一緒に魔力鑑定を受け、最も得手とする基礎属性と、次いで得手とする補助属性の2つを調べる』
 『この2つの属性の兼ね合わせによって、習得できる魔法が変わってくる』
 これも、この書き方で問題ないはず。

3問目。各属性魔法の特性を答える問題。やっぱり穴埋めだ。
 『地は防御魔法が多く使え、水は回復魔法が多く使える』
 『火は攻撃魔法が多く使え、風は補助魔法が多く使える』
 『光は回復、防御、補助の3つを、バランスよく使える』
 『闇は攻撃を主体とする他、防御、補助の3つを使える』
 『無属性は、外部へ影響を与える魔法は一切使えない。だがその代わり、自身の身体の強度や能力を底上げする身体強化魔法が使える』
 よし、これも大丈夫。

4問目。各属性の相克関係、そのうちの一部を例として書き出す問題。
 ここにきて、急に穴埋め問題じゃなくなる出題の妙。
 正直めんどくせぇ。
 えーと、【相克関係の一部を、例として書き出せ】っていう問題だから、『地属性は、火・水との相性はいいが、風との相性は悪い』
 ……という回答で、OKなはず。


 さて。前半の見直しはこれで完了。
 いよいよ、後回しにしていた文章問題に挑む時が来た。
 文章問題では、句読点と改行が極端に少ない、読みづらい事この上ない問題文をひたすら根気よく読み解いて、問いの答えに該当するとおぼしき単語やら一文やらを抜き出し、解答欄に書き込んでいく、という、更にクソ面倒な設問が延々と続いている。
 ――うーむ。これは……。
 テスト開始時、設問を斜め読みした時から覚悟してたけど、言っていいですか。
 文章読み辛ッ! 目が痛ぇ! 改行はともかく、句読点はちゃんと付ろや!

 でも、この読みづらさもまた、テストの設問に大きく関わっているのだろうから、実際に文句を言う事はできない。
 実は一度、図書室で基礎魔法書を借りて読んでみた事があるんだけども、それがまたこの文章問題以上に、クッソ読みづらい文章の塊だった訳で。
 なんせ、魔法書の記述はこの問題文より酷い。
 句読点はほぼナシで、改行は皆無。
 読むには読解力以上に、気力と根気と時間が必要だった。
 確かに、このテストの文章問題如きが読めないようでは、あのヒッデェ文章読むなんて無理だろう。

 いやもうマジ酷かったんだって、あの魔法書。
 私は元々読書が好きだから、文章読むのはかなり早い方なんだけど、それでも読破するのに1週間くらいかかったよ。
 それだって、半分以上意地で目を通してただけで、あんまり内容理解できずに終わったし、あれを好き好んで読む子ってのは、一握りにも満たないんじゃなかろうか。
 読んでて大変しんどかったです。

 前にもどっかで説明したと思うけど、この世界の魔法は基本、各属性の基礎魔法書に書かれている呪文や術式の一部を抜粋し、それらを組み合わせたり組み換えたりしながら、自分にとって扱いやすい魔法をいちから構築する、というスタイルで身に付ける。
 つまり、自分のオリジナルの魔法を構築する為には、その魔法書をひたすら読み込んでいくしかないのだ。
 そうと分かっていても、あれを熟読しなきゃならんのか、と思うとホントしんどい。
 全く、魔法を構築する為には熟読必須の本なのに、なんであんな読みづらくしてあるのか。
 オリジナル魔法の構築を諦める子が続出する訳だよ……。

 あ、でも……確かあれの中身、まるで中二病患者が自前のノートに書き溜めてる、『ぼくが考えた最強の魔法と呪文』みたいなのばっかだったような。
 あと、全体的に文章が修飾過多で、おーし、気合入れてシャレオツ文章作ったろ、みたいな気概が滲んでるように見えたっつーか。
 あんま上手く説明できないけど、強いて言うなら、ファンタジーオタクのハルキニスト気取りが、自分に酔っ払って勢いで書き殴っちゃいました、みたいな文言が、いっぱい書いてあったように思う。
 マジモンのハルキニストに謝れって感じ。
 だから余計に、頑張って読んでもよく内容を理解できなかったのかも知れない。

 ……これもしかしたら、前世で遊んでたRPGとか、愛読してたラノベとかによく出てきてたファンタジー系の知識があれば、そんな必死こいて魔法書読まなくても、何とかなるんじゃ……。

 いやいや。今はそんな事をじっくり考えてる場合じゃない。
 早く残りの文章問題を解かなければ!
 私は気合を入れ直し、時折こめかみやら眉間やらを指でグリグリ揉み解しつつ、読みづらい文章に目を通し続けた。

◆◆◆

 戦い済んで日は暮れて。
 どうにかこうにかテストを終え、心身共にヘトヘトになった私は、すっかり仲良くなったメグ、プリム、ミランダの3人と、学園の近くにある小さなカフェでお茶をして、テスト疲れを癒す事にした。

 外壁どころか、窓の大半までもが蔦に覆われている、ちょっとパッと見では入りづらい外観をした店だったので、今まで入った事がなかったんだけど、ケーキもお茶もコーヒーも、どれもこれもが非常に美味しい店だ。
 だからこそ、歯噛みをせずにいられない。
 なんて勿体ない事をしてたんだ私は! もっと早く来ればよかった!
 人も店も見た目じゃないと分かってたはずなのに、結局見てくれに踊らされてる自分を恥じるばかりです。
 今度、ニーナとティナが大神殿に参拝に来たら、この店に誘ってみよう。特にティナは大のコーヒー好きだから、確実にここのコーヒーを気に入るはずだ。

 なお、エドガーとの面会を所望していたメグですが、「最近別のクラスに気になる男の子ができたから、やっぱいいや」との事で、顔合わせの予定は無事白紙に戻った。
 まあそれが一番だよね。
 大事な友達に、あんな無神経野郎なんざ勧められんし。


 楽しくダベっていたら、ついうっかり2時間近く店に居座ってしまい、私達は慌てて店を後にした。
 つか、ミニケーキ5種に紅茶1杯+コーヒー2杯って、夕飯前だってのに、我ながらちょっと飲み食いし過ぎたような気がしなくもない。
 よし、明日はおやつを控えめにしよう。そうしよう。
 あと何より、護衛のエドガーと待ち合わせてた場所に行くの、めったくそに遅れてしまった事が一番まずい。やっちまった……!
 カフェにテイクアウト用のクッキーの詰め合わせが売ってたんで、一応それをお詫びの品として購入したが、これで溜飲を下げて……はくれないだろうなぁ。

 これは間違いなく説教案件になる、と思いつつ待ち合わせ場所に行ったが、なぜだかエドガーは、大して不機嫌じゃない様子だった。
 いつもなら、説教と嫌味がワンセットになった話が、延々ネチネチ繰り返される所なのだが、「反省してるみてぇだから、今回は許してやるよ」の一言だけで終了。

 なん……だと……?
 おいエドガーどうした!?
 なんか悪いモンでも食ったのか!?

 心底そう思ったものの、それを本当に口に出して言うほど、私も愚かではない。
 ちゃんと「次からは気を付ける」と約束した上で、しっかり頭を下げましたとも。
 そうして適当な話をしながら帰路につき、いざ大聖堂の自室へ戻ると、なぜかシアが花束を抱えて私を待っていた。赤と黄色を中心にまとめられた、目にも色鮮やかな花束だ。
 なんつーの? ビタミンカラー? とか言うんだっけ、こういうの。

「あ、お姉ちゃん。お帰りなさい」
「ただいま、シア。それどうしたの?」
「これ? ついさっきまで、ティグリス王子が来てたの。王子が持って来てくれたのよ。わざわざ私の分とお姉ちゃんの分とで、分けて買ってくれたみたい」
「え? ティグリス王子が? 今日も来たんだ? 花束持って?」
「うん、そう。私はさっき、自分の部屋の花瓶に活けた所だけど、お姉ちゃんの分は勝手に活けない方がいいかと思って、帰って来るの待ってたんだよ」
「そうだったんだ。遅くなっちゃってごめんね。ふーん、そっかぁ、来てたのか……」

 シアから花束を受け取りつつ、私は目を丸くした。ほーん、マジか。
 ティグリス王子、昨日と一昨日も手土産持ってここに来てなかったっけ。
 いや、その前もそのまた前も来てたはず。
 ほぼ日参状態じゃね? あの人。
 こういう言い方はすべきじゃないんだろうけど、もしかして暇なのか?

 そして私達がそんなやり取りをしてる間に、エドガーはさっさと自分の部屋に戻って行った。
 お前が買って来たクッキーには興味津々だけど、花には興味ねえし、だそうで。
 このスイーツ男子め。太らないように気を付けろよ。

「うん。創世聖教会の教義とか、日常的にやってる事とか、そういうのを直に見て知っておきたいんだって。真面目だよね」
「ホントにね。何より、毎回来るたびに私達にお土産持って来てくれて、嬉しいけどちょっと申し訳ないような気もするわ」
「そうだね。あとは……お姉ちゃんとも会って話をしたかったみたいだけど」
「私と? ああ、一応聖女だもんね、私」
「もう。一応じゃなくて、れっきとした聖女じゃない。お姉ちゃんは」
「あ、ごめんごめん。つい前までの癖で」
「――ねえ。もしかしてまだ自分の事、暫定聖女だとか思ってる?」
 突然神妙な顔つきになったシアにそう訊かれて、私は苦笑いした。
 今はもう流石に、暫定の2文字はそぐわないだろう。
 私はセアから全てを聞かされ、新たな力を追加で与えられているんだから。

「まさか。もうそういう風には思ってない……ってか、思いたくても思えないよ。実際にその力を使うような事態には、絶対なって欲しくないけどさ」
「……うん、そうだね。お姉ちゃんは、この世界の人類の監視役で、いざという時の断罪役でもあるんだもんね……。そんな事にはなって欲しくないよね」
「ホントにね。……あ、そう言えば花瓶どこだっけ?」
「? 何言ってるの、花瓶ならそこに……あっ、そっか、昨日ピーターおじさんが礼拝ついでに、お家で作ってるお花を持って来てくれたんだったね」
「そうそう、そうなの。私はいつも花瓶、ひとつしか使ってないから空きがないのよ。てな訳で、ちょっと神殿女官に声かけて、探してもらって来るわ」

「そう? じゃあ私も行って誰かに訊いてみる。お姉ちゃん、これからはお部屋に3つくらい花瓶置いてた方がいいよ」
「いや、流石に3つは要らないって。そんなちょいちょい花持って来る人なんていないもん」
「いるよ。これからは定期的に持って来る人が」
「いないよ、そんな人」
「いーえ、います。おやつ賭けてもいいんだから」
「おやつを? それは大きく出たわね、シア。根拠はあるの?」
「うん、あるよ。あるけどナイショ」
「えぇ~、なにそれ、白状しなさい! お姉ちゃん命令発動よ!」
「やだ~! そんなの聞かないもん!」

 私達は笑いながら部屋を出る。
 2人でふざけてじゃれ合いつつ廊下を歩き、花瓶のゆくえを知っている人を探すうち、私の思考は自然と今日の夕飯の事にシフトしていった。






【お知らせ】

 これにて、このタイトルでの話は終了となりますが、物語自体はまだ続きます。
 単に、タイトルと話の内容が噛み合わなくなってきたし、ここらで一発新たなタイトル付けて再出発したろか、というだけの話です。
 まだタイトルが決まってないので、いつもの投稿よりペースが落ちるかと思いますが、無事投稿を再開した際には、またご笑覧頂ければ幸いです。
 という訳で、拙作をお待ち下さる方がおられましたら、どうぞよろしくお願いします。





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