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第5章

7話 精霊王の意思と真実

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「私達を、ずっと見ていた……ですか?」

『あぁそうさ。こうして会って言葉を聞くに値する者かどうか、見定める為にね』

 戸惑いの声を上げる私に対して、黄色い薔薇に似た、デカい花の中心であぐらを掻き、機嫌よくこっちを見据えている女性――レフコクリソス様は、ニコニコしながら話を続ける。

「……では……こうして直接対面を許して下さった、という事は、僕達は多少なりともあなたのお眼鏡に叶ったと、そう思っていいのでしょうか」

『勿論だよ、リトス。そうじゃなきゃ、とっくの昔に精霊の琥珀を取り上げさせてたさ。――心根優しく、持たざる者に分け与えるをためらわず、ものの道理をよく弁え、言動は常に努めて理性的。文句なしの合格だ。なあ? クリス』

『――まぁな。実際には、試す必要もないような感じだったけど』

 レフコクリソス様の言葉に、クリスがその傍らで肩を竦めながら答えた。
 ちょ、おい。お前ついさっきまで、リトスの後ろにいたはずだよね?
 それがなんでいつの間にか、レフコクリソス様の隣に立ってんのよ。
 つか、それ以前に――

「まさか……あんた、人間じゃなくて精霊だったって事!?」

『んあ? あぁまあ、一応精霊っちゃ精霊かな。元は人間だけどさ』

 立て続けに起こる想定外な出来事のせいで一向に驚きと動揺が抜けず、裏返った声を上げる私に、クリスが人差し指で頬を掻きながら肯定の言葉を口にする。

『でも、最初に会った時に話した、親の事を含めた身の上話はホントだぜ? ついこの間じゃなくて、今から6年前の事だけどな』

「6年前……。じゃあ、あんたは……」

『おう。享年9歳ってやつな。でも一応、精神はちゃんと成長してんだぜ。今は立派に15歳やってるわ』

『はぁ……。ったく、何が立派なモンかい。まだまだ中身がひよっこだから、くれてやった器もほとんど育ってないんじゃないか』

 クリスはフフン、と笑って胸を張るが、傍らのレフコクリソス様は呆れ顔だ。

『こいつはねえ、アタシなら両親を助け出してくれる、って思い込みだけで孤児院を飛び出して、単身ここの手前にあったバルダーナ大荒野に入り込んだ挙句、荒野の中で野垂れ死んだ大馬鹿なんだよ。
 知恵や知識の持ち合わせがない子供ってのは、つくづく怖いもの知らずな生き物だよ。無茶苦茶な事を平気でやらかす』

『ははっ、流石に孤児院からかっぱらってきた食い物だけじゃ、諸々保たなかったよな。……でもそれでも、俺はどうしても両親の事を諦められなくてさ。幽霊になっても足を止めずに先へ進んで、ここまで辿り着いたんだ。幻覚は霊体には作用しねえからな』

『執念の成せる業ってヤツだよねえ。まあそういう訳で、自分が今にも消えちまいそうだっていうのに、親の事ばっか気にするこいつがなんか気の毒になっちまってさ。アタシの力の一部と、花木の苗でこさえた器……肉体を与えて、眷属にしたんだよ。
 丁度そろそろ、アタシに代わって人の世を見て回ってくれる耳目じもくが欲しいと思ってた所だったから、ある意味アタシにとっても、渡りに船の出会いだったって言えるかもね。――親の事は、どうもしてやれなかったけど』

『……それは、仕方ねえよ。眷属にしてもらってすぐ、王都に取って返した頃には、父ちゃんも母ちゃんも処刑されてて、魂は輪廻の輪に戻っちまってたからな。幾ら精霊王でも、命と魂の輪廻を司る歯車には干渉できねえ。それがこの世界の理だ』

 クリスは、幼い面立ちに似合わない、妙に大人びた表情で苦笑する。

『それでもさ、ちゃんと恩は感じてるんだぜ? だから今回早速、耳目と判定員の役目を買って出たんだからな。それにプリム、お前にも……お前らにも感謝してるよ。
 わざと浮浪児の格好で近づいた俺に、嫌な顔ひとつしねえで手を差し伸べて、優しくしてくれたよな。服も飯も寝床も、当たり前みてえに与えてくれた。……すげぇ嬉しかったよ。うっかりマジ泣きしちまうくらいにはさ』

「……そっか。でもねクリス、そこまで感謝する事ないわよ。私達には単純に、人に分け与える余裕があったってだけなんだから。その辺の事は、道中あんたも直に見てたから分かるでしょ?」

『かもな。でも世の中には、色んなものを取り零すほど持ってるくせに、他人には何ひとつ分け与えようとしない奴だって、ごまんといるじゃねえか。挙句、持ってるくせに持ってねえ奴から、更に毟り取ろうとする奴さえいる。そんなのは人の集団の中で生きて、大人に近付いていけばいずれ誰もが気付く事だ。
 ……俺はさ、まだ精霊に変わって年月が浅いから、人だった頃の記憶もしっかり残ってる。ろくでなし共に、理不尽に搾取された記憶がな。だから……お前らの優しさは本当に心に沁みた。ありがとうな、プリム。リトスとアンも、よくしてくれて嬉しかった』

 今度は、さっきの大人びた顔から一転、無邪気にニカッと笑うクリス。
 私達はただ、「どういたしまして」とかいうテンプレな言葉くらいしか返せなかったが、それでもクリスもレフコクリソス様も満足気な顔をしている。

『さぁて、それじゃあそろそろ、事情説明とネタバレはおしまいにして、本題に入ろうじゃないか。確かあんた達は、傲慢で自分勝手な国王から身を守る術が欲しいんだったね。
 ――いいだろう。その願い、この土の精霊王レフコクリソスがしかと聞き届けた。魂結びの契約と宣誓を以て、あんたを契約者と認めよう。アタシの知恵と力、存分に貸してやるから好きに使いな、プリム!』

「はっ!? い、いいんですか!? そんなあっさり……」

『何言ってんだい、当然だろ? アタシの耳目であるクリスを通して、あんた達の人となりは見定めさせてもらってるからね、ここまで来たら余計な問答はナシでいこうじゃないか。さ、分かったら手を出しな。とっとと契約の儀を済ませるよ』

「はあ……。まあ、そう言って頂けるんなら、よろしくお願いします……」

 私がおずおず差し出した右手を、レフコクリソス様がガッシリ掴んだかと思ったら、一瞬掴まれた手を中心に光が弾け、あっという間に静まった。

『ハイ、これで契約は完了だ。アタシとアンタはこれ以降、魂で繋がった一蓮托生の存在になるから、よろしく頼むよ。
 ああそうだ、あんまり畏まった言葉は使わないでくれるかい? アタシは固っ苦しいのは好きじゃないんだ。敬語なんて要らないし、様づけ呼びもやめとくれ。そうだねえ……なんか適当な愛称で呼んでくれりゃあ、それでいいからさ』

「あ、愛称ですか……。えー、じゃ、じゃあ……レフさん、とか……?」

『お、いいねえ、その適当な感じ! 気に入ったよ! 気安い雰囲気で凄くいいね!』

「そ、そうなんだ……。精霊の感性って独特……。まあ、レフさんが気に入ったって言うんなら、私が口挟む事なんてなんもないけど……」

 こうして私は土の精霊王、レフコクリソス様改めレフさんと、あっさり契約を結ぶ事になったのだった。
 ホントにいいのかな、これ……。

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