121 / 124
第8章
閑話 高慢ちき令嬢の末路
しおりを挟む年の暮れの時期特有の、乾いた寒風が吹きすさぶレカニス王国の西端。
海辺にある粗末な修道院の片隅で、元アムリエ侯爵令嬢・アミエーラは、屋外で窓の拭き掃除をしていた。
「……どうして……どうしてこのワタクシが、こんな酷い扱いを受けねばならないの……!」
アミエーラは青い瞳に涙を浮かべ、刺すように冷たい水に何度も浸かった為にかじかんで、すっかり赤くなっている手指を擦り合わせながら独り言ちる。
思えば、下らない先王の悪事を暴いた立役者だから、などと言う理由で、平民の身分にも関わらず一部の貴族から敬われ、チヤホヤされていい気になっているという精霊の巫女に、聖女として釘を刺しに行った事がケチの付き始めだ。
聖女の自分に付き従う者達を連れ、件の精霊の村とやらに乗り込んで、「真に人々から敬われ、愛されるのは聖女である自分なのだから身の程を弁えろ」、と言ってやるはずが、村へ行きどころか山にさえ入れず、下々の者の前で大恥を掻かされた挙句、泥まみれの姿にされて教会へ戻る羽目になった時は、悔しくて腹立たしくて、夜もろくに眠れなかった。
なにせ、普段から雑用や憂さ晴らしに重宝していた、自分の奴隷も同然だったはずのドロシーにまで手を噛まれたのである。
これが腹立たしくないなら何が腹立たしいというのか。
だからその後、大司教が適当な理由で精霊の巫女を呼び出し、教会と聖女との格の違いを思い知らせてくれる、と言ってくれたから、とても期待していた。
精霊の巫女に尻尾を振った、恥知らずな奴隷娘も、自分がしっかり躾け直してやる、とも。
だからアミエーラもそのついでに、機会があれば大司教か、もしくは不特定多数の他人の前で、精霊の巫女に自分以上の醜態を晒させてやろうと思い立ち、父親におねだりして特製の神経毒を用意してもらったのだ。
父親から、「痙攣して泡を吹くなど派手な症状は出るが、致死毒ではないから安心して飲ませろ」、と言われた為、試しに家の使用人の女に飲ませた所、父親の言う通り、使用人は白目を剥いて痙攣し、口から泡を吹きながら失禁までしたので、これは傑作だと思った。
アミエーラは、これは誰かに恥を掻かせるのにおあつらえ向きの毒だと確信し、ワクワクしながら精霊の巫女の来訪を、手ぐすね引いて待ちわびた。
――だというのに、毒にやられて醜態を晒したのは、なぜか精霊の巫女ではなく自分だった。
幸い、布地をたっぷり使った柔らかなドレスを着ていた為、失禁した事はその場ではバレずに済んだ。
だがしかし、真の悪夢はその後に待っていた。
アミエーラが意識を失っている間に、なぜかドロシーが聖女のスキルに目覚め、アミエーラは聖女の称号を名乗る資格を持っていないと、ばれてしまったのである。
そして、そんな自分に沙汰を下した教皇は人でなしだと、アミエーラは心底思っている。
まだ病み上がりの自分を無理矢理地下牢へ収監し、反省と謝罪を強要した末、こんなみすぼらしい修道院に放り込んだのだから。
教皇の配下の者達も、誰も彼もみな無情で冷淡で、アミエーラがどんなに無罪を主張しても、一切聞く耳を持ってくれなかった。
自分はただ、父親の言い付けに従っていただけだと、何度も何度も言ったのに。
誰ひとり、温情のひとつもかけてはくれなかった。
アミエーラにとって、この修道院は劣悪な環境の薄汚い地獄で、ここで幅を利かせている年嵩のシスター達は醜い悪魔だ。
与えられた自室は狭くて汚い、屋敷にあったペット小屋以下の劣悪な環境で、マットレスに藁が詰めてあるだけのベッドは、固くて寝心地が悪かった。
掃除や洗濯の仕事をせねば食事も与えられず、屈辱に震えながら仕事をこなしても、出されるのは固くて酸っぱい黒いパンと、豆と野菜しか入っていない塩味のスープだけ。
一度は、こんな下賤の者が口にするようなものを、侯爵令嬢の自分に食べさせる気かと激怒し、パンとスープを皿ごと床に捨ててやったのだが、そうしたら「神の恵みたる食物を粗末に扱うとは何事か」、とシスター達が怒り出し、何度も鞭打たれた挙句、懺悔室とかいう狭い部屋に丸3日監禁され、食事どころか水まで抜かれて死ぬ思いをした。
それ以降、アミエーラは生きる為にやむなくシスター達に従い、掃除と洗濯をし、下賤な食事を食べ、粗末なベッドで唇を噛みながら眠っている。
いつかきっと、心を入れ替えた父親と優しい母親が、自分を助けに来てくれると信じて。
実際の所アミエーラの実父は、現在懲役10年の判決を受けて貴族用の刑務所に収監されている他、既に家督も弟に奪われ、妻も離縁状にサインして実家に逃げ帰っている為、もはやアミエーラを迎えに行くどころか、出所後の居場所さえない身の上になっていた。
その事実をアミエーラが知るのは、アミエーラが修道院に身を置くようになって、約5年が経過した頃の事。
貧しい暮らしに嫌気が差して修道院から逃げ出した末、無謀にも護衛がついた商人の馬車に果物ナイフ1本で襲いかかって、馬車ごと荷を奪おうとして返り討ちに遭い、ボロボロの姿で近隣の街の牢屋に放り込まれた数日後の事だ。
当然今のアミエーラは、そんな破滅的な未来が自分を待ち受けているなど、想像だにしていない。
いつでもどこでも何があっても、自分が一番正しくて、自分だけが一番大切で、自分は無条件で誰かに愛され、尽くされて当然という、傲慢な思考回路を持つアミエーラの中には、『反省』という概念どころか、他者を思いやる心根さえ存在しないのだから。
119
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
石しか生成出来ないと追放されましたが、それでOKです!
寿明結未(旧・うどん五段)
ファンタジー
夏祭り中に異世界召喚に巻き込まれた、ただの一般人の桜木ユリ。
皆がそれぞれ素晴らしいスキルを持っている中、桜木の持つスキルは【石を出す程度の力】しかなく、余りにも貧相なそれは皆に笑われて城から金だけ受け取り追い出される。
この国ではもう直ぐ戦争が始まるらしい……。
召喚された3人は戦うスキルを持っていて、桜木だけが【石を出す程度の能力】……。
確かに貧相だけれど――と思っていたが、意外と強いスキルだったようで!?
「こうなったらこの国を抜け出して平和な国で就職よ!」
気合いを入れ直した桜木は、商業ギルド相手に提案し、国を出て違う場所で新生活を送る事になるのだが、辿り着いた国にて、とある家族と出会う事となる――。
★暫く書き溜めが結構あるので、一日三回更新していきます! 応援よろしくお願いします!
★カクヨム・小説家になろう・アルファポリスで連載中です。
中国でコピーされていたので自衛です。
「天安門事件」
異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい
木の葉
ファンタジー
『異世界で幸せに』を新たに加筆、修正をしました。
下界に魔力を充満させるために500年ごとに送られる転生者たち。
キャロルはマッド、リオに守られながらも一生懸命に生きていきます。
家族の温かさ、仲間の素晴らしさ、転生者としての苦悩を描いた物語。
隠された謎、迫りくる試練、そして出会う人々との交流が、異世界生活を鮮やかに彩っていきます。
一部、残酷な表現もありますのでR15にしてあります。
ハッピーエンドです。
最終話まで書きあげましたので、順次更新していきます。
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム
前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した
記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた
村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く
ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた
そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた
私は捨てられたので村をすてる
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる