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元を断つ
しおりを挟む「あの、ちょっと待ってください。それは今、ネトリールの四方に張り巡らされているという魔法を無力化する機械は、『ネトリールにいた魔法を使える地上人を触媒として設計されている』……という事ですか?」
「オレの予想が正しかったら。という話ですが……順序立てて考えていけば、この結論はまず間違いないでしょう。すこし……いえ、かなりえげつないですが、やれないことも、そうさせる動機もあります。不思議な事じゃありません」
「だったら、パトリシアさんを退室させた理由って……?」
「そのことですか。……それについては、勘違いしないでいただきたい。たしかに、貴女の考えていることはわかります。しかし、ここに至るまで、オレは何度かパトリシアさんに対しゆさぶりをかけていました」
「ゆさぶりって……?」
「まあ、色々ですよ。『何も知らないフリをしてトボけているのではないか』とか『オレたちを一網打尽にする為に演技をしているのではないか』等々ですよ」
「じゃあ、つまり……」
「ええ。パトリシアさんは間違いなくシロです」
「シロ……」
「はい。彼女は本当に何も知らないでいる。人柱機械についても、このネトリールの現状についても……そして、地上世界の事についても。なぜこのような事が起こっているのかすらわかっていないでしょう。オレがパトリシアさんに退室を勧めたのは、真実を知ってしまうと、後でりよ……こほん。混乱してしまいかねないからです」
「りよ……?」
「いいえ、何でもありません。つまり、オレなりの気遣いですよ。パトリシアさんのあの様子を見たでしょう? いま、パトリシアさんに真実を告げてしまうと、大なり小なり精神に傷を負うことになる。そんな状態でこの状況を切り抜けられるほど、パトリシアさんの精神が強そうに見えましたか?」
「い、いいえ……?」
「この戦いが簡単そうに見えましたか?」
「いいえ……。でも――」
「それは、いずれパトリシアさんも真実を知らなければなりません。ですが、それは今じゃなくてもいい。いずれ負う傷なら、立ち直りやすい時期を見定めればいい。ただその時期が今じゃないと思った。……それだけです」
「は、はぁ……」
なんということだろう。
普通じゃない。
言葉がうまく出てこない。
ネトリールの人たちがまさか、地上人に復讐するために、ここまでの事を計画していたなんて……。
――ということは、アーニャがあたしたちのパーティを離脱した理由って……。
ううん。
ダメだ。
滅多なことを考えちゃいけない。
おにいちゃんが連れ戻すって言ったんだから、アーニャを連れ戻すのは絶対にやらなくちゃいけない事。
アーニャを連れ戻せと言われたら連れ戻す。そこに疑問や議論を挟む余地はない。
たとえアーニャがどんな考えを持っていて、どんな事をしていたとしても、あたしはおにいちゃんの意志を何よりも優先する。
だから、あたしがまずやるべきこと。
それは――ヴィッキーを救い出す事。
そのためには、あたし以外の戦力を確保する必要がある。
つまり、ジョンさんの魔力を取り戻すことだ。
「さて、パトリシアさん談義はこのくらいにしておいて、本題に移りましょう」
「本題……ですか……?」
「ユウさん、あなたはあの腰抜……ユウトを救いたい。そして、現在進行形で死にかけている、ヴィクトーリアとかいうネトリール人も救いたい。そうですよね?」
「はい」
「だったら、オレの作戦に協力してもらえませんか?」
「作戦……ですか?」
「はい。……ああ、いえ。そんな不安な顔をしなくても大丈夫です。決して、危険なことではないので」
「そ、そんなにあたし、不安そうな顔してました?」
「ええ。初めて見た時より、だいぶ窶れているように見えます。……まあ、おにいさんが亡くなったので無理はないと思いますが……」
「な……!? 亡くなっていません! 大怪我を負っているだけです!」
「グハァッ!?」
熱いものを触ったら思わず手を放してしまうように、ほとんど脊髄反射に近い速度であたしの手が出る。勢いよく、それでいて体重の乗ったあたしのパンチが、ジョンさんの顔面を綺麗に捉えた。
「あ! ご、ごめんなさい!」
「ぐぉ……っ! な、ないすぱんち……!」
ジョンさんは苦しそうな表情で鼻を押さえている。
心なしか、指の隙間から、ぽたぽたと赤い液体が滴っているような気がするけど、たぶんあれは絵の具か何かだろう。そういうことにしよう。あたしは悪くない……と思いたい。
「と……というか、そもそも、ジョンさんも悪いんですよ……!? おにいちゃんが亡くなったなんて言って……! だから、鼻から絵の具なんて……!」
「え……絵の具……!? と、ともかく、これからはアイツの軽口は言わないようにしましょう……それで、話を戻しますが――」
「……鼻血を出したまま続けるんですね……。ああ、いえ、絵の具でしたね。なら、なんの問題もありませんね」
「……話を続けても?」
「どうぞ?」
「協力してほしい作戦というのは……まあ、作戦と呼ぶほど大仰なものではないのですが、ユウさん、あなたには人柱機械の機能を停止させてもらいたい」
「……言いたいことはわかります。たしかに人柱機械を破壊すれば、ジョンさんが魔法を使えるようになって、戦力は増えるでしょう。ですが……パトリシアさんの話では、それはネトリールの四方に配置されているとのことですよね? ……地上からではわからなかったですけど、ネトリールは広大です。どこにあるかもわからない人柱機械を、あたしたち二人だけで探し出して破壊するなんて、時間がかかり過ぎます。その間にヴィッキーが処刑されたら元も子もなくなってしまいます。ですから、他の案を――」
「ええ。我々でひとつずつ破壊していけば、早くても今日の昼……最悪、一日以上はかかるでしょうね」
「はい。だから――」
「ですが、オレが言ったのは機能停止です。破壊じゃあないんですよ」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。ここはオレたちがいる魔法の世界とは違って、科学が支配する世界です。当然、人柱機械も魔法ではなく科学で動いている。電気や、それに準ずるエネルギーを糧として動いている。だったら、そのエネルギーの供給源を断てばいい。動かせなくすればいいんです」
「なるほど。手足を捥ぐのではなく、直接心臓を潰すという事ですね」
「な、なんですか、その物騒な例え方は……。ですが、概ねその通りです。つまり、オレたちが狙うのはひとつ。ネトリール全域のエネルギー供給を担っている電力炉。そこを叩きます」
「そこを活動停止させれば……?」
「はい。オレの魔力が復活します。……その後でいいのであれば、オレの魔法でここのやつらを蹴散らせます。死刑寸前のお友達を助けることも容易いでしょう」
表情、仕草からも、ウソを言っている雰囲気は感じ取れない。それに、あたしがあの兵士たちと戦ったあとでのこの発言だ。……ということは、この人はそれほどまでに、自分の魔法に自信を持っているという事。
頼もしいと思う反面、その状態だと、いつ手の平を返されるかわかったもんじゃない。
戦力として信用できるかもしれないけど……警戒は怠らないほうがいい。
「……ちなみに、その場所はわかるんですよね?」
「もちろんです。以前、ネトリールについて調……観光している時に、色々と聞かされましたからね。主要地域や施設の類は織り込み済みです」
ジョンさんはそう言って、こめかみをトントンと、ドヤ顔でつついてみせた。
あたしはその仕草に多少の不快感を感じながら「わかりました。今すぐにその施設へ向かいましょう」とだけ答えた。
……あたしがその受け答えをした時、一瞬だけジョンさんの顔が歪んだ気がした。
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