完全超悪 ~おまえたちを殺せるのなら、俺は悪にだって染まろう~

枯井戸

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「止まれ!!」
「捕まえろ!!」
「逃がすなァ!!」


 男たちの怒号を背に、俺は桂を胸に抱えながら人ごみをかき分け、このよくわからん場所を、奥へ奥へと進んでいた。やがて三叉路に差し掛かると、俺は下を向き、走りながら桂に尋ねた。


「お、おい、次はどっちへ行けばいい?」

「わ、わかんないわよ! あっち行けばいいんじゃない!?」


 桂が無責任に右方向を指さす。俺はそれを確認すると、左のほうへ舵を切った。


「ちょ、ちょっと! なんでそっちに行くのよ! あたしが指さしたのはあっち!」


 腕の中の桂がブーブーと文句を垂れてくる。


「……おまえ、さっきそれで警備詰め所に行ったこと忘れたのか?」

「あ、あれはたまたまじゃない!」

「その前は、黒服たちがいっぱいいるところだったなあ?」

「そ、それもたまたまで……」

「その〝たまたま〟のおかげで、今、俺たちの後ろにはかなりの追手がいるんですけど?」

「で、でも、今度こそ、本当に合ってるかもしれないじゃない!」

「うるせえ! 二度あることは三度あるんだよ! 俺はもうおまえは信じないって決めてるんだ! つか桂、もしかしてスパイとかじゃねえだろうな? 俺を捕まえるための!」

「はあ!? バカなの!? んなわけないじゃない!」

「ケッ、どうだか……」

「それにほら、三度目の正直とも言うでしょ?」

「チッ……、だったら一回目から正直に話してろよ」

「……ていうか、どこいくつもりなのよ。さっきからずっと走ってるけど」

「出るんだよ、ここから! なんで今更そんなこと訊いてんだよ!」

「でも、じゃあ、こっちって入り口とは逆なんじゃない?」

「入り口は……たぶん入口専用なんだと思う」

「どういうこと?」

「桂のいた茶屋から出たとき、一回チラッと見たけど、あそこから外へ出ようとしている人間は一人もいなかった。それに、引き返そうとしている人間もな」

「つまり?」

「基本的にこの場所は一方通行なんだよ。この場所の最奥か、もしくは道中に出口があるってことだ。さらに……」

「さらに?」

「……いや……すまん。さすがに……人ひとり抱えながら、こんな悪路を走ってると、その、つ、疲れてくるな……!」

「そ、そんなに重くないでしょ!?」

「ぶっちゃけ重い」

「な!? さ、最低! なら降ろしてよ! あたしも走るから!」

「その着物で走れるわけないだろうが! それこそ足手まといになる!」

「じゃ、じゃあ抱えるんじゃなくて、背負えばいいんじゃないの?」

「バカ、連中がもし銃でもぶっ放して来たらどうすんだ」

「じ、銃!? うそでしょ、そんなの……」

「嘘じゃない。桂は見えなかったと思うけど、あいつら、間違いなく武装している。黒服にしたって、警備員にしたって、ホルスターを持ってやがった」

「ホルスター?」

「銃を携行するための入れ物だよ。そうなってくると、まず撃たれるのは背中の桂だろ?」

「そ、そうなんだ……あたしのために……」

「……なに顔赤くしてんだ? 風邪でもひいたか?」

「な、なんでもないわよ! ……でも、たぶんその心配はしなくてもいいと思うわよ」

「なんで?」

「さっきも言ったけど、ここで出入りしている人たちってみんな、ここの会員なの。つまり、どいつもこいつもV.I.Pってわけ。もし流れ弾が当たって怪我でもしたらシャレにならないの」

「そういうことか……だったら──」


 俺は抱えていた桂を強引に後ろへ持っていき「しっかり捕まっとけよ!」と声をかけた。桂は俺の首周りに腕を回してくると、「うん」と小さく言った。


「あ、そだ、カケル! ちょっといい?」


 思い出したように桂が俺に声をかけてくる。耳のすぐそばに口があるため、かなりこそばゆい。


「な、なんだよ……」

「……なんかあんた、顔赤くなってない?」

「な、なってない! つか、そっからだと確認できないだろ」

「いや、だって耳が……」

「はいはいはい! ……それで、なんなんだ!」

「あ、ごめん。さっき言いかけてたことが気になって……」

「え? 俺? なんか言ってたっけ?」

「言ってたわよ、『出口があって、さらに──』ってところ」

「ああ、そうそう。……さらに、おまえのいた茶屋で客引きをしてた女の人が言うには、俺みたいな一見さんはお断りだと言ってきたんだ。それってつまり──」

「普通の人はそこには入れない?」

「そういう事。てことは、その吉原と入口の間に、間違いなく出口はあるってことなんだよ」

「おお、なるほどね。冴えてんじゃん」

「へへ、誰に言ってんだ。……まあ、最悪それで見つからなかった場合は通気口なりを──」

「あ、ちょっと待って、あそこ! カケル、止まって止まって!」


 急に肩をたたかれ、桂を見ると、桂は必死にある場所を指さしていた。
 俺はその指の先──長蛇の列、人の群れになっているところを確認した。あれはもしかして──


「EXIT……出口だ! でかした!」

「でかしたって、この道を選んだのはあんたじゃない……」

「そうだけど、見つけたのはおまえだろ。あとで褒めてやるよ」

「い、いらないわよ! ほら、無駄口たたいてないで、早く行くわよ! どうせこんな騒ぎになってるんだから、出口を閉められるのも時間の問題だわ!」

「だな!」


 俺は踵に力を入れて急ブレーキをかけると、そのまま90度方向転換し、出口めがけて駆け出した。もうすでに、この中ではかなりの騒ぎなっているのか、俺を見た通行人たちはみな、一様に驚きながら道を譲ってくれる。さすがの伝達力だが……これなら、すぐにでも出られそうだ。
 ただ、その前にあとふたり片付けないといけないんだけど……。


「やっぱり。……カケル、出口に見張りがいるわ」


 桂の言う通り、EXITと示されている出口の両端には、見張りと思しき男二人が立っていた。入口のように機械で開閉するようなすごい仕掛けではなく、こちらはすごく簡素で、まるで体育館の扉のように、解放式のシンプルな扉となっていた。おそらくこっちのほうが都合がいいから使われているのだろうが、俺たちからしても、こちらのほうが都合がいい。
 男二人は俺たちに気が付くと、ひとりが急いで扉を閉めようとして、もうひとりは俺たちに立ちふさがってきた。その手には銃器はなく、伸縮する鉄の警棒が握られていた。


「わかってる。だから、このまま突っ込むぞ!」

「言うと思った……。このまましっかり掴まってたらいいんでしょ?」

「ああ。絶対振り落とされるなよ……!」

「──止まれ! そこの二人! 今すぐ引き返せば悪いようにはしない!」


 悪いようにしない・・・・・・・・だと?
 よくも平然とそんな嘘を吐けるものだな。
 俺は怒り半分、あきれ半分のまま、出口に──男たちに肉薄していった。


「ちっ! 止まらないというのなら……!」


 男はそう言うと、手にしていた警棒を振りかぶってきた。
 相変わらず動きは緩慢。振りかぶっているせいで、警棒の軌道も予測しやすい。
 このまま躱してしまうのは造作もないが──


「速度上げるぞ、桂」

「……え? ちょ、ま、うわわ……!?」


 俺は少し前傾姿勢になると、思いきり地面を踏みしめ、桂を支えていた手を離して短距離走者スプリンターのように、腕を振った。
 ──ズガァン!!
 俺は出口もろとも男を弾き飛ばすと、さすがに桂が限界みたいだったので、その場に急停止した。


「大丈夫か、桂」

「ダメ……きつい。吐きそう……」

「おまえ、俺の背中で吐くなよ? 一張羅なんだから……」

「し、知らないわよ。それに……うぷ、無理しすぎだってば……」

「しょうがねえだろ。これくらいしないと出られねえんだから」

「そ、それもそうね……で、ここは……?」


 出口を抜けた先にあったのは、駅前のタクシー乗り場のようなところだった。しかし、それと決定的に違うのは、どの車もすべてが高級車だという事。その車に乗っている、運転手と思しき人たちと、今から帰るであろう人たちが、驚いたように俺たちを見ている。


「たぶん、ここから車に乗って帰るんだろ。……どこに続いてるかは知らんが」


 停車している車の向かう先──それは道路になっていて、ここへ入ってきた時と同じように、道路の両脇には等間隔に発光装置が備え付けられていた。


「え、じゃあ車、乗るの?」

「いやいや、免許なんてねえよ」

「あたしもないわよ」

「……なら走るしかねえよな?」

「う、うそ、マジで? 道路の先、何も見えないわよ?」


 桂の言う通り、ここが薄暗いということもあるが、入口とは比べ物にならないほど、長い道が奥まで続いていた。……だけどまあ、EXITって書かれてたんだから、ここが出口のはず。それを信じて進むしかない。それに、後ろから追手も来ている。


「じゃあいくぞ、桂。とりあえずさっきみたいに急発進することは……」

「……な、なによ。ないって言いなさいよ!」

「ないと信じたい」

「ちょっと!?」

「まあ、とにかく、きちんとシートベルトしめとけ」

「……あの、シートベルトなんてないんだけど?」

「心のシートベルトってやつだ」

「──え? ほんとうにこのまま走っていくの?」

「洗濯は得意か?」

「吐いたら、自分で洗えってか? やめてよ、いまでも結構気持ち悪いんだから!」

「でもほかに方法はないんだから、吐くしかないだろ」

「いやああああああ! 吐きたくなああああああい!!」


 後ろで桂がじたばたと暴れている。まあ、ここまで元気だったら多分大丈夫だろう。俺は今一度、大きく息を吸って、吐くと──「よし、じゃあ行くぞ!」と声を出して走り出した。
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