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黒の衝撃
しおりを挟む羅漢前剛雄が、私立エトワール・ブリエ学院高等学校に入学するよりも前──中学生のタケオは、学校の帰り道、よく立ち寄るコンビニで衝撃を受けた。
その衝撃は色彩を帯びており、色は黒。
そしてそれは稲妻の如く、タケオの心臓を貫いた。
下校中、そのコンビニで、たまたま目に入ったファッション雑誌を手に取ったタケオは、とあるページから目を離せないでいた。それは現在でも活躍している世界的なファッションデザイナー〝ミヤビ・ウエダ〟を取り扱っている記事だった。
文字は数行。
ページの上部──コラムのような形で、数行の紹介文が印字されていたが、タケオが注目していたのは、見開きの写真。
そこに写っている、異国の長身でスタイル抜群の男性モデル……ではなく、その男性が着ている〝服〟だった。
コレクション用の服でありながら、派手さはそこまでなく、普段着使いにも適しているシックでいて、カジュアルでもあるスーツ。その服が持つ雰囲気はどこか子どもっぽく、〝少年性〟を有していながらも、そこからは確かな〝反骨精神〟を感じ取ることが出来、まさに子どもと大人の中間に位置する、所謂多感なお年頃である、タケオの心を焼き貫いた。
──心。
すなわち心臓を失ったタケオは、よろよろよろめきながら、はぁはぁと息を切らせながら、びっちゃりと手汗のこびりついた雑誌をレジまで持って行った。普段、漫画雑誌しか購入したことのないタケオにとって、ファッション雑誌を購入するという事は、とても勇気の要る行動だったのだ。
その、タケオの尋常ならざる様子にコンビニの店員も思わず息を呑み、警察に通報しようかと手元をわちゃわちゃさせて迷っていたが、結局それは叶わなかった。タケオの持つ鬼気迫る凄味がそれを許さなかったからだ。
遂に代金を支払い、ファッション雑誌の購入を果たしたタケオは、剥き出しのままの雑誌を大事に胸に抱き、家へ持ち帰ろうとした。
「──おっす。タケオ!」
「どぅおりゃあああああああああああああああああああああああ!?」
急に背後から伸びてきた手に背中を叩かれ、奇声を上げてしまうタケオ。
タケオの雄叫びにも似た叫び声はあたりにこだまし、道行く人間の視線をこれでもかとかき集めて見せた。
「な、なんだ、瀬戸内か。ビックリさせやがって」
瀬戸内と呼ばれた男子生徒を見たタケオは、ホッと胸をなでおろし、彼に向き直った。一方、瀬戸内は目を丸くさせ、耳を両手で塞ぎながらタケオを見ている。
「『なんだ瀬戸内か』……じゃねえよ。なんなんだよ、いきなり叫びやがって。俺の鼓膜を破壊する気か? ビックリしたのはこっちだっての」
「何言ってんだ。急に背中を叩くやつが悪いだろ。これは明らかにおまえの過失だ」
「それは悪かったけど、それにしても『どぅおりゃあああああああああああああああああああああああ!?』はないだろ」
「……なんでさっきからちょくちょく俺のモノマネ挟んでくるんだよ」
「おまえの反応がいちいち面白いからだろうな」
「俺の反応を面白いと感じてるんだったら、叫び声くらい許容しろ。鼓膜の一枚や二枚覚悟してから、俺を驚かせろ」
「ああ、わかった」
「……いやに物分かりがいいな。で、なんか用か?」
「特にない」
「はあ?」
「しいて言うなら、なんかコソコソしてたから声をかけた」
「……ならもう消えるんだ。今の俺は虫の居所が悪い」
「そいつは聞けない相談だな」
「……なぜそこで食い下がるんだ。そこは気持ちよく、〝わかった〟とヒトコト言って、どっか行けよ」
「ふはは、俺がその程度でどこかへ行くと思ったか。片腹痛いわ」
「なら、俺がどっか行くわ」
「まあ、待て。そんな俺の事よりも、おまえのそれ……その抱き込んでいる雑誌ぽいもの。それ、どうしたんだ?」
「あんぎゃあああああああああああああああああああああああ!?」
「くそ、いちいちバインドボイスを使用するな! 俺が状態異常になったらどうするつもりだ!」
「み、見たな!? 俺の恥部を!?」
「いやいや、恥部っておまえ……あ! まさか、そこのコンビニで万び──」
「ちがうわ! これはきちんと俺がお金を払って買った雑誌だ!」
「……の割には、なんだかボロボロじゃないか? その雑誌」
「い、色々あったんだよ」
「まあ、べつにその雑誌が綺麗だろうとボロボロだろうと、どうでもいいんだけど、俺が言いたいのは、それ、もしかしてファッション──」
「ほげえええええええええええええええええええええええ!?」
「うるせええええええええええええええええええええええ!!」
「……え、なに? 何でキレてんの?」
「いや、こっちが逆に訊きたいわ。おまえの反応が逆に〝なに〟だわ。いちいち大声で反応するな」
「それは……なんかごめん。じゃあ、そういう事で」
「待て待て。人の鼓膜を潰しておいて、タダで帰すと思うか?」
「潰れたのか」
「いや、なんか変な汁が出てきたが、たぶん軽症だ」
「キモ。病院行けよ」
「ああ、病院へは行くさ。だが、その前にひとつ聞かせてほしい」
「なんだ」
「……やっぱり訊きたい事、ふたつにしていいか」
「今のは一個目とカウントしていいのか?」
「ひねくれた中学生みたいな回答をするな」
「いや、俺ら中学生だけど……」
「とにかく、まずは叫ばないで聞いてほしい。俺は別に、おまえがいきなり色気づいて、ファッション雑誌を購読するようになっても、そこまで茶化したりはしない」
「いや、そこまでかよ。そこは茶化さないって言い切ってくれよ。恥ずかしいんだから」
「さて、本題だが──」
「いや、急に素に戻らないで?」
「おまえの買ったファッション雑誌……目当てはズバリ〝ミヤビ・ウエダ〟だろ……?」
「な、なんで知ってるんだ!?」
「やっぱりか。ミヤビ・ウエダはあんまり表には出たがらないからな。テレビはもちろん、雑誌の取材なんかもほとんど受けてない。普段服に興味ないおまえが、ファッション雑誌を買ったから妙だな、と思っていたんだ」
「すごいな瀬戸内……もしかしておまえ、探偵か?」
「へへへ、まあな」
「いや、ジョークだよ。得意げになるな」
「ジョークなら最後まで持ち上げとけよ。急に地面に叩きつけるな」
「わるいわるい。……それで、雑誌にあまり出たがらないって事は、ミヤビ・ウエダはミステリアスな感じをウリにしているのか?」
「いや、そこまではよく知らん。ただ、あまり表には出たがらないんだ」
「へえ、でもそういうのも含めてカッコいいな……」
「それと二つ目……ミヤビ・ウエダの展覧会が、この街で行われているのを知っているか?」
「て、展覧会って……今!?」
「ああ、いまも駅前で開かれていると思うぞ」
「はあ!? なんだよそれ! めちゃくちゃ行きてえ……! ……なあ、瀬戸内、展覧会はいつまでなんだ?」
「今週の金曜までだ」
「今週の金曜日……って、今日が金曜じゃねえか! 何時までだよ!」
「夜の八時くらいまでだったかな」
「八時……てことは、じゃあ、まだ普通に間に合うか……」
「まだまだ余裕だな。ちなみに、招待状は持ってるのか?」
「しょ、招待状!? そんなのいるのか?」
「まあ、ブランド物の展覧会だからな。当日いきなり行って、見させてくださいってのは厳しいと思うぞ」
「マジかぁ……。招待状なんて……どうやって手に入れるんだよ……」
「基本的に事前に申し込みをしてる人や、そのブランドを贔屓にしてる人、親類縁者の所に招待状が届くみたいだけどな」
「なるほどな……。じゃあ諦めるしか……ていうか、今更だけど、妙に詳しいな。瀬戸内もミヤビ・ウエダ好きなのか?」
「いや? 俺はそういうモード系? とかいうのは、あんまりだな」
「……だよな。おまえいつも薄汚い格好してるし」
「いや、薄汚いっていうか、アメカジな。アメリカンカジュアル。聞く人が聞いたら、おまえボコボコにされるぞ」
「コワ……でも、じゃあ、なんでそんなにミヤビ・ウエダの事について詳しいんだよ」
「だってミヤビ・ウエダ……つまり、上田雅は俺の親戚だからな、詳しいのも当たり前なんだよ」
「……はあ?」
「変な声を出すな。上田雅は俺の母ちゃんの妹。つまり、母方の親戚なんだよ。昔、何度か会ったことはある」
「ま、マジかよ! 初耳なんだけど!」
「まあ、いままで言ってなかったし、訊かれてもなかったしな」
「へー……スゲー……マジかー……って、え? あれ? じゃあ、瀬戸内ってミヤビ・ウエダの親類縁者って事になるから……あの、瀬戸内様? もしかして、持っているのですか……〝招待状〟を!」
「持ってるよ。だからこうやって色々と訊いてるんだろ」
「くれ! いや、ください!」
「いいよ」
「いいの!?」
「ああ。どのみち、これから駅前行って、欲しそうなヤツに売りつけてやろうって思ってたし。最終日だからその分値が上がるしな」
「な、なんて罰当たりなやつなんだ! ……でも、ありがとう!」
「まあ、これが結構いい小遣い稼ぎになるんだよ。俺はこれが、叔母さん……ミヤビさんなりの俺への小遣いだと思ってる」
「いや、それはどうなんだ? ……あの、ちなみに、どれくらいで売れるんだ?」
「振れ幅はあるけど、この前フリマで出品したときは三万くらいの値はついたな」
「ま、まじかよ」
「マジだ。叔母さんの展覧会は大々的に予告とかしないからな。行きたいけど、気が付いたら展覧会が開かれてた……みたいな人が結構いるんだと」
「なるほどな。だからそんなに値が張るのか」
「さすがは世界のミヤビ・ウエダって事だな。親戚の俺もハナが高い」
「その招待状を売りさばいてるヤツが言うセリフじゃないと思うけど……でも、本当にいいのか? 俺にくれるなんて」
「いいよ。こういうのは必要な人間が持っとくもんだ」
「お、おま!? なんていいヤツなんだ……瀬戸内! 心の友よ!」
「……まあ、欲しかったゲームも買ったし、漫画も買ったし、今は特に金は必要ないから、おまえに恩を売りつけてやろうってのが本音なんだけどな」
「その一言、余計じゃね?」
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