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ミヤビ・ウエダ
しおりを挟むタケオがセトウチの家へ行き、招待状をもらってから約数時間後──
タケオはもらった招待状を握りしめたまま、沈む夕日を背景に、彼の住んでいる街の駅前で開かれている、展覧会の会場の前まで来ていた。今日が展覧会最終日ということもあり、すでに会場内はかなりの人数でごった返していた。タケオは受付を済ませると、会場内へ入り──そこで息を呑んだ。
会場内で展示されているのは、タケオが雑誌で見た、白と黒を基調とした落ち着いたスーツやドレスではなく、赤や黄色、ピンクに紫など、色とりどりの洋服群。
タケオにはこの景色が、まるで子どもの時に見た、絵本の中の色鮮やかな花畑のように見えた。
ファンシーで、メルヘンで、それでいて絢爛華麗。
タケオ自身、花にもドレスにも興味はなかったが、この時ばかりは、そのはじめて見る光景に、鮮烈に映る風景に、目を、心を奪われていた。
「──あれ? キミは……」
そんな、目を輝かせながらドレスを見ていたタケオに、ひとりの女性が話しかけた。黒いニット生地のノースリーブに白く細いスラックスと、紅いヒールを穿いたシンプルな服装の、二十代前半の女性だった。
ざわざわざわ。
突然のその女性の登場に、展覧会を見に来ていた人たちが色めき立つ。
「それ──その、キミが持ってるその招待状だけど、誰から貰ったの?」
タケオは目の前の女性に、自身が手に持っている招待状を指さされた。タケオはそれに気が付くと、もはや手汗やら何やらでべちょべちょになっていた紙切れを見た。
「え? こ、これすか?」
「そ。……なんか、とんでもない事になってるその紙」
「しょ、招待状……ですよね?」
「うん。まあ、そうなんだけど、じつはちょっとだけ違ってて、一般に配布してあるものじゃないんだよね、それ。あたしが、あたしの親戚や家族に宛てて送ったものなんだ」
「あ、これ、他のとは違ったんですか……?」
「そうだよ。その招待状を持った人が現れると、受付の子を通じて私のほうに連絡が来るの。……で、今回は〝瀬戸内さん家〟にだけ送ったから、若い男の子が来たって連絡が着て、甥っ子が久しぶりに私の展覧会に来てくれたのかな、と思って見に来たら……知らない子がいたってワケ」
「す、すみません、これは友達から貰ったもので……って、私の展覧会!? ……という事は、もしかして、あなたが〝ミヤビ・ウエダ〟!?」
「そうだよ。あたしがミヤビ・ウエダってブランドの責任者兼デザイナーの上田雅だけど……キミは?」
「あ、あの……は、はじ、はじめまして! 俺、あの、瀬戸内圭介くんの友達の、羅漢前剛雄って言います!」
「ラカンマエタケオくんね。ふうん、なるほど。ケイスケのお友達だったのね」
「は、はい。お友達やらせてもらってます」
「私はてっきり、ケイスケが他人に招待状を転売しちゃったのかと思ったよ。……ほら、自慢じゃないけど、この展覧会の招待状って、今流行りのフリマとかで高額で売られてるからさ。ちょっと警戒しちゃったんだよ。ごめんね」
ミヤビの言葉に顔を強張らせるタケオ。タケオの脳裏には今日の下校中、招待状で小遣い稼ぎをしている、と豪語していたケイスケの顔が浮かび上がっていた。
「ああ、いえ、俺もその、無理言って瀬戸内から譲ってもらったっていうか……! そもそも、瀬戸内はそんな事をするヤツじゃないっていうか……!」
「うんうん! ケイスケがそんなひどい事をする子じゃないってのはわかってる。……んだけど、招待状には人数制限は特に設けては無いんだよね。つまり、招待状があれば、何人来てもいいの。で、あの子が来てないって事は……やっぱ本格的に、あたしの服には興味がないって事なのかな!」
ミヤビはそう言うと、腰に手を当てて「アッハッハ!」と豪快に笑ってみせた。
「……はぁ、もうこうなったらケイスケが展覧会に来るまで、毎年招待状を送ってやろ」
「い、いいですね。たぶんそれ、喜ぶと思いますよ」
「え? なんで? むしろ迷惑がられるんじゃない?」
「あ、そ、そうですよね……。何言ってんすかね、俺……あはは……」
「……ま、あの子はいないけど、タケオくんはゆっくりしてってよ、展覧会。今日で最後だからさ」
「あ、はい! 楽しませていただきます!」
ミヤビはそれだけ言うと、踵を返した──ところで足を止め、再びタケオに向き直った。
「……そうだ。タケオくんはあたしの服に興味を持ってくれたから、ここまで来てくれたんだよね?」
「は、はい! もちろん!」
「じゃあさ、あたしがひとつひとつ、解説しながら一緒に回ってあげようか?」
「え、ええ!? い、いいんすか!?」
「もちろん。あたしがケイスケにうだうだと講釈たれるより、タケオくんの口から伝えてくれたほうが伝わるんじゃないかなって」
「それって、もしかして瀬戸内に才能があるからって事ですか……?」
「才能? いやいや、そんなのは知らないよ。そもそもあの子、あたしの作る服に興味なさそうだし。だからこれはあたしなりの嫌がらせかな」
「い、嫌がらせ……? やっぱり小遣いじゃなかったんだ……」
「小遣い? なんの事?」
「ああ、いえ……なんでもないです……」
「ふぅん? じゃあ、まずは順番にいこうか──」
こうして、ミヤビ・ウエダによる自身の作品の解説が始まった。
ミヤビの周りには、タケオだけでなく、会場内にいた全員が集まっており、それぞれが真剣にミヤビの言葉に耳を傾けていた。タケオもこれに目を輝かせながら聞き入っており、結局、ミヤビが展示している作品の全てを説明し終わったのは、終了時刻を一時間過ぎた午後九時を回った頃だった。
ミヤビは悪びれるように、会場にいた全員に謝ったが、その場にいたスタッフを含め、誰ひとり、不満そうな表情の人間はいなかった。
そして、大勢の観覧者が帰路に就き、スタッフも後片付けを始めた頃、羅漢前剛雄はひとり、ぽかんと口を開けて、魂の抜けた人形のように佇んでいた。
ミヤビはそんなタケオを見ると、後ろからぽん、と背中を軽く叩いた。
「──よ、少年」
「あ、ミヤビさん」
「悪かったね、こんな時間まで散々連れ回しちゃって」
「……いえ、全然。俺もすごく楽しかったから、むしろ、すごく勉強になったっていうか……」
「あはは、勉強って、べつにタケオくん、デザイナー志望とかじゃないんだから、そんな大げさな」
「デザイナー志望……か……俺が……」
タケオはミヤビの言葉を反芻するように口から出すと、そのまま急に黙り込んでいしまった。
「……どうかした?」
「え? あ、いや……すみません、ちょっとボーっとしちゃって……」
「ふぅん? 風邪、かな? ……もうそんなに早くもないし、そろそろ帰ったほういいかもね、親御さんも心配してるだろうし」
「は、はい」
「ま、あたしとしても、楽しんでくれたのならよかったかな。暇だったらまた来てよ」
「は、はい、是非!」
「じゃあね、遅いから帰り道は気をつけてね」
ミヤビはにっこり笑って手を振ると、そのままタケオから離れてスタッフと一緒に片づけに戻っていった。タケオはそんなミヤビの背中を見送ると、しばらく目を閉じ、そして目を開いて、ミヤビの後を追った。
「み、ミヤビさん!!」
「──わっ、ビックリした。いきなり後ろから声かけないでよ~」
「す、すみません……」
「それで? 何か用?」
「あ、あの……いきなり、会ったばっかりで申し訳ないんですけど、ミヤビさんに折り入ってお願いがありまして……!」
「お願い? いいよいいよ! 『弟子にしてほしい』っていうお願い以外だったら何でも聞いちゃう!」
「……え?」
「あはは、なんつって! ごめん、話の腰を折っちゃって。それで、なに?」
「あ……その……えっと……」
ミヤビが冗談交じりに言うと、タケオは突然口ごもり、固まってしまった。ミヤビはそのタケオの反応に、少しだけ眉を吊り上げると、おそるおそる口を開いた。
「……え、マジで弟子になりたいの?」
「あの……その……は、はい! 俺、こういう事を言うのは失礼なんすけど、今まで熱中出来るものや、真剣になれるものがなくて、だから惰性で、特に目的はないんすけど、皆と同じように高校にも行こうって……でも今日、コンビニでたまたまミヤビさんの記事がある雑誌を見て、それで……カッコよくて、憧れて、俺もこんなカッコいい服を作りたいって……だから、俺もミヤビさんみたいなデザイナーになりたいです!」
「雑誌……ああ、あれか。でもたしか、今展示してある服と、雑誌に載ってた服とは全然違うでしょ?」
「あ、はい。たしかに、上手くは言えないんですけど、あっちのほうは洗練されてたっていうか……あ! もちろん展示してある服も洗練されてるんですけど、方向性というかなんというか、ひとりの人間から、こんなに色んなデザインや世界観が出てくるなんてすごいなって……俺、いままで服を見ても何も思わなくて、でも、ミヤビさんの服はなんかこう……心に響くものがっていうのもおかしいですけど、本当にすごいって思えて……」
「あぁ……そっかぁ……うーん……、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、あたし、冗談とかそういうのじゃなくて、本当に弟子はとらないんだよね」
「で、でもそこをどうか……!」
「な~んて言うのかな……。あたしって、いちおうこうやって、自分のブランドをやらせてもらってはいるんだけど、まだ二十三だし。……まだまだこの世界だと、ぺーぺー未満のクソガキなわけなのよ。そんなあたしが他人の師匠になれるほど偉いのかって訊かれると、べつにそうじゃないじゃん。そもそもこの業界、優劣はないんだけど、あたしよりも売れてる人なんて、それこそゴマンといるわけだし、あたしより年齢が低くても、あたし以上に成功してる子だっている。そういう人たちを差し置いて、あたしに来るってどうなのって」
「そ、それは、ミヤビさんも言ってたように、他の人との優劣とかじゃなく、俺はミヤビさんの〝ミヤビ・ウエダ〟のデザインに惚れたので、だから、他の人に弟子入りするのはなんか違うかなって」
たどたどしくも、まっすぐミヤビの顔を見て話すタケオ。それはほとんど告白にも近いタケオなりの言葉であったが、彼はその事に気づく様子はなかった。
ミヤビもミヤビで、まさかタケオからそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのか、頬を少し紅潮させながら、口をツンと尖らせながら続けた。
「あ、ありがと。……ま、まあ、ありがたいことに、こうやってタケオくんみたいに、あたしの作品をすごいって言ってくれたり、感動したって言ってくれたり、贔屓にしてくれたりする方もいる。あたしもあたしになりに、世に出して恥ずかしくない作品を作って売ってる。ここにあるのも、いままで売った作品も、全部あたしの作品だって、心血注いで作った作品だって胸を張って言えるし、いま出来ることを精一杯、作品にぶつけてる」
「は、はい。俺もそのミヤビさんの作品を見て、それで、ミヤビさんに──」
「でも、あたしはあたしで、まだまだ自分は発展途上だと思ってるし、これからいろんな価値観に出会うかもしれない。あれこれと勉強していくうちに、洋服に対しての考え方も変わってくるかもしれない。そうなったらね、作風そのものが変わってくるかもしれないんだよ。つまり、タケオくんが好きな〝ミヤビ・ウエダ〟は現時点でのミヤビ・ウエダであって、未来の、これからのミヤビ・ウエダじゃないんだ。……まあ、そう考えるとさ、弟子になるのも、師匠になるのもおかしいじゃん、て思っちゃうわけよ。それとね、ぶっちゃけると、人に教えてる暇なんてないんだよね、あたし。だから、ごめん」
「でも、それでも、俺がなにかから衝撃を、影響を受けたのは初めてだったんです! 思い切り頭を殴られたような衝撃で……それは雑誌とは全く作風の違う、展覧会の作品を見た時だってそうだったんです! だから、お願いします! 俺を弟子に──」
「ごめん、言い方がよくなかったね。……ちょっと乱暴な言い方になっちゃうけど、タケオくんがケイスケと友達だったから、こうやって丁寧に断ってるだけで、本当はキミの襟首捕まえて、ここから蹴り出したいんだよ。それにさ、どうしても服飾とかデザインとかの勉強をしたいんだったら、そういう学科を設けてある学校や専門学校に行ったほうがいいって。タケオくん、ケイスケと友達って事はまだ中学生なんでしょ? その歳の子はみんなフワフワしてるんだし、あたしもキミくらいの歳は鼻ばっかほじってたバカだったし、とりあえず将来の事を考えるなら、選択肢を増やすためにいい学校行きな? それからでも遅くないから──」
「じゃ、じゃあ、学校を卒業すれば、オッケーって事ですか?!」
「え? いや、まあ、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」
「──お願いします!」
タケオは会場中に響き渡るくらいの声そう言うと、床に手をついてミヤビに頭を下げた。周囲のスタッフはただ驚き、ミヤビも突然のタケオの奇行に目を丸くして驚いている。
「ちょっとちょっと、何やってんのマジで。困るって、そういうの」
「お願いします! 学校は絶対卒業するので、それと絶対にミヤビさんの邪魔だけはしないので! なんならパシリでもいいんで! どうか、お願いします!」
「だから、そういう意味じゃなくて……」
土下座をしてまでミヤビに懇願しているタケオを他所に、スタッフが小声で「警備員呼びましょうか?」と尋ねたが、強制的にこの場から退去させても意味がないと思ったミヤビは首を横に振った。
「あれ? 学校を、卒業……? タケオくん、ひとつ訊いていい?」
「え? あ、はい。なんでも訊いてください!」
「タケオくんって、今狙ってる学校や行きたい学校はないって言ってたよね?」
「は、はい。とくには……」
「そっかぁ……」
ミヤビは片足に体重を乗せて、腕を組むとしばらくうんうん唸った後、その場にしゃがみ込んでタケオの視線に合わせた。
「いいよ。弟子にしてあげる」
「ほ、本当ですか!」
タケオの声に混じりに、周囲のスタッフも驚きの声を上げる。
「ただし、ひとつだけ条件があるんだけど……」
「は、はい! なんでも言ってください!」
「ここからけっこう離れたところに〝私立エトワール・ブリエ学院高等学校〟っていう高校があるんだけど……」
「え、えとわーる・ぶりえ……ですか? 離れたところって、海外ですか?」
「ううん、国内の学校だよ。その高校に入って、三年できちんと卒業する事。そうしたらタケオくんを弟子にしてあげる」
「わかりました! ちなみに、俺はそこで何を勉強すれば……?」
「そこに〝服飾デザイン科〟って学科があるんだけど、そこで洋服の歴史や、デザインの基本なんかを勉強してきてよ。せめてデザイナーの弟子になるなら。
「それだけ……ですか?」
「うん、それだけ」
「あ、ありがとうございます! ……でも、急にどうして……?」
「いやあ、タケオくんの情熱に心を打たれちゃって、あたしなりにどうにかして協力してあげたいなーって思っただけ。他意はないよ? 全然ないから」
ミヤビがしつこいほどに念押しをする。周囲のスタッフは微妙な表情でミヤビを見ているが、唯一、タケオだけはミヤビの事を、聖人でも見るような目で見ていた。
「さ、さすがはミヤビさん! いえ、ミヤビ先生! 懐が深い……! こんな無礼なヤツなんかに勉強できる機会をくれるなんて……!」
「〝無礼なヤツ〟って自覚あったんかい。……まあ、ともかく、あたしから提示する条件はそれだけ。あとは……そうだな、お嬢様学校だから──」
「お嬢様学校……?」
「──ごきげんよう!」
「え? なん……どうしたんですか、急に?」
「な、なんでもないよ。急にお嬢様の真似をしてみたくなっただけから」
「なるほど。ちなみに、急にお嬢様の真似をするというのは、なにか意味が……?」
「あー……空を……」
「空を……?」
「飛べる」
「ま、マジかよ……! すげえ……!」
もはや、目の前にいるミヤビの言葉を全肯定してしまう機械、となり果ててしまったタケオは、今度は周囲のスタッフから同情されるような視線を向けられていた。
「──はッ!? だから、なんというか、ミヤビ先生の作品からは〝空〟を感じ取ることが出来るんですね!」
「だね。デザインって如何にして抽象的なものを、衣服という立体的なキャンバスに落とし込む事ができるかって世界だからさ。空からの視点も取り入れることによって、より鋭利な俯瞰的な角度で物事を見ることが出来るんだよね」
「さ、さっすが、ミヤビ先生! 目から鱗です!」
「そ、そっか。……それで、注意事項だけど、進学校でもあるから、それなりに勉強しないと入れないって事かな。ちなみに、タケオくんって勉強は大丈夫なの?」
「勉強ですか? 得意……とは言えませんね……」
「そうなんだ。ちなみに個人の偏差値は?」
「ご、五十三……」
「五十三? へえ、まあまあじゃん。じゃあ、あとちょっと頑張れば──」
「万」
「フ〇ーザ様? ……まあ、とりあえず、あたしが提示する条件はそれだけだから。あとは、勉強して学校に入って、三年間頑張ってみようよ」
「は、はい! わかりました! よおし! なんか元気出てきました! ありがとうございます! というわけで、今から家帰って、勉強してきます!」
「はいは~い、頑張ってね~」
タケオはバッと立ち上がり、意気揚々とそのまま会場を後にした。それを見送るミヤビに所に、スタッフのひとり、ショートカットの女性が近づいてくる。
「──あの、いいんですか、ミヤビさん」
「ん? なにがですか?」
「私の記憶が正しければ、エトワール・ブリエって女子高ですよね?」
「ですね」
「いやいや、ですねって……」
「直接言っても、遠回しに言ってもわからないのなら、こうするしかないでしょう」
「ざ、残酷すぎる……。でも、彼の様子だとエトワール・ブリエが女子高だってわかったら、またミヤビ先生の所へ来るのではないですか?」
「心配ありません。あたしは明日からしばらく海外へ行くので」
「な、なるほど」
「まあ、ここまでやられたら、さすがに彼も諦めてくれるでしょう! あっはっはっはっは……はぁ、さて、後片付けに戻りましょうか」
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