4 / 10
過去との決別
しおりを挟む私立エトワール・ブリエ学院高等学校。
それはフランス語で輝く・星を意味する名前で、学院自体は山深い場所にあり、高く連なった山のうちのひとつを切り崩して建てた、高い標高に位置していた。夜、学院から空を見上げると、澄み切った夜空に瞬く星が浮かび上がっている事から、この名がつけられたとされている。
余談だが、この後タケオがクリスチアーヌに「なぜフランス語なんですか?」と尋ねたが「知りません」という回答だけが返ってきている為、なぜエトワールでブリエなのかは謎である。
学院は基本的には全寮制ではあるものの、特別な理由で家からの通学を許されている生徒は、毎朝六時発の山の麓にある学院専用のバスに乗って通学しているのだが、学院までの所要時間はおよそ二時間。その為、生徒のみならず、常勤の教師もここで生徒と寝食を共にしている。
しかし、こんな人里離れた奥地にあるにも関わらず、毎年入学を希望する生徒はかなり多く、有名な芸能人や芸術家、医者、政治家、海外の資産家等々、各界の著名人が挙って自分たちの娘を通わせる学校としても知られていた。
そして、そうなる理由のひとつとして挙げられているのが、教師がそれぞれの分野においてのプロである事だった。ひとたび体育でバレーボールをするとなれば、オリンピック出場経験のある選手が呼ばれ、家庭科で料理の授業をするとなれば、都内の一等地に店を構える料理人が呼ばれたりする。
そうして、ここでの暮らしを経て卒業を果たした生徒たちは、見事、文武両道な大和撫子となり、社会へ、またはもう一段階上の大学へと羽ばたいていくのであった。
「──畜生……! ちくしょおおお……!」
羅漢前剛雄の呻き声が、エトワール・ブリエの校舎に跳ね返って山間へと反響する。
場所は変わり、時も流れ、タケオはここ、私立エトワール・ブリエ学院高等学校の校舎前までやって来ていたのだ。
空は晴れ、時折吹く高地特有の爽やかな風が、タケオを見下ろしている黒人男性の長く、綺麗に編まれた髪をそよそよと揺らしている。
「──去りなさいボウヤ。ここはあなたの来るべき場所じゃないの。少なくとも、このイレイナ・アンジョリーノビッチマンの目が黒いうちは、この学院の敷地内には一歩も入らせないわよ」
自身をイレイナと呼ぶこの男性は、流ちょうな日本語で、丁寧な口調で、眼下で呻いているタケオに言葉を投げかけた。その言葉を受け、タケオは忌々しそうにイレイナを見上げた。
「そこを退いてください、イレイナさん。俺は、ここへ遊びに来たわけじゃないんです! 入学願書を取りに来ただけなんです!」
「たしかにこの学校へ入学を希望する学生たちは、必ずこの学舎まで来て、手渡しで入学願書を受け取る必要があるけれど……けどね、何度言ったら理解してくれるのかしら。ここ、私立エトワール・ブリエ学院高等学校は、女子高なの。だからあなたがこの学院に入学することは物理的に不可能な──」
「──うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
タケオは雄叫びを上げながら立ち上がると、そのままイレイナに向かって突進した。身長二メートルはあろうかというイレイナに、一五〇センチ前半のタケオが敢然と立ち向かう。が、結果は火を見るよりも明らかで、イレイナは軽々タケオを持ち上げると、そのまま少し進み、割れ物を扱うように、そっとタケオを地面に降ろした。
「ぐはあああああああああああああああああああ!?」
タケオが苦悶の表情を浮かべながら地面の上をのたうち回る。
「……さっきから一時間くらいこれ続けてるけど、正直イレイナ、しんどくなってきちゃったんだけど?」
「ならいい加減、俺を通してください!」
「ならいい加減、お帰りなさい」
「……でも、イレイナさんだって男性じゃないですか!」
「イレイナはイレイナなの。性別なんて野暮な物に縛られるほど、イレイナは弱くはないわ。それに、イレイナはここの教員。教員に限って言えば、べつに女性だろうが男性だろうが、採用基準はないの」
「じゃあ俺、教師になります!」
「……なれば?」
「はい! じゃあ、俺を雇ってください! 教師として!」
「いやいや、あなた中学生だし無理よ。教師になるには……」
「三年だけでいいんで!」
「あのね、そもそも誰かを雇うにも、イレイナはここの責任者でもなんでもない──」
「うおらあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
タケオはイレイナの言葉を遮るようにして雄叫びを上げると、今度はイレイナには向かわず、その脇をすり抜けて校内へと侵入を図ろうとした。が、両手を広げたイレイナの守備範囲はすさまじく、さきほどよりも強めにキャッチされたタケオは、もう一度優しく持ち上げられると、今度は子猫を抱き下ろすように、そっと地面の上に置かれてしまった。
タケオは地面に触れた瞬間、活きの良いマグロのようにビタンビタンとのたうち回り、恥ずかしそうに両手で顔面を覆った。
「くっ、なぜ抜けられなァい!」
「それはイレイナがレスリングの元世界チャンピオンで、エトワール・ブリエの非常勤講師だからよ。悪いけど、イレイナの名誉にかけて、あなたを簡単に通しはしないわ」
「な、なるほどレスラーでしたか。……道理で、堂に入った構えをすると思いましたよ」
「なんで上から目線? それにしてもあなた、レスリングについて詳しいの?」
「いえ、ちっとも」
「そう。今のタックルはなかなかいいセンいってたと思うけど、でも残念。さっきも言ったけど、ここは女子高。あなたがここに入っていい理由はないのよ」
「でも、イレイナさんだって男性──」
「イレイナはイレイナだから、性別には縛られない……って、ちょっと! 何回このやりとりするつもり!? いい加減イレイナも飽きてきたんだけど!?」
「じゃあ俺も教師に──」
「何回も言わせないわよ!? ……残念だけど、どんな事情があるかはわからないけど、あなたぐらいの歳でそこまでの権利は認められていないの。その悔しい感情もわかるし、もどかしい気持ちも理解できるわ。けど、共学だってべつに悪い事ばかりじゃない。むしろ色々と経験したほうが、深みのあるオカマにもなれるというもの。それにあなた、顔は女の子みたいなんだから、将来、化けると思うわよ。だからね、いまは我慢なさい。いずれ来るべき時が来れば──」
「ああ、いえ、オカマはちょっと」
「違うんかい!」
「はい。だから、心が女の子とか、体との違和感が……とかそういうのは……ない……んですけど……」
タケオは眉を顰めて、そのまま下を向いて黙ってしまった。それを怪訝に思ったイレイナは、首を傾げながらタケオの顔を見た。
「な、なによ、いきなり黙っちゃって」
「そ、そうか、そういう事か……! 俺も性別を超えればいいんだ! ミヤビ先生は面倒くさいから、俺をこの学校を紹介したわけじゃなく、試験を課してくれていたんだ!」
「……頭、大丈夫?」
「大丈夫です! たぶん!」
「たぶんなのね……」
「それと、ありがとうございます、イレイナさん!」
「……なにが?」
「色々と吹っ切れました! 俺には、覚悟が足りていなかったんです! 自分を変える覚悟が! 服飾とは、デザインとは、つまりは芸術。芸術を追い求める人間が、いちいち常識に躓いていたらこの先やっていけない、というミヤビ先生なりの教えだったんですよ!」
「ふーん。そう」
イレイナは心底興味が無さそうに、綺麗に手入れされた自分の爪を見ながら相槌を打った。
「はい! という事で、俺はもう帰ります!」
「そ、そう? 相変わらず何を言っているかはわからないけど、あなたが帰ってくれるのならそれでいいわ。じゃあね、立派なオカマになるのよ」
「はい、また来ます!」
タケオは元気よく言うと、そのまま振り返らず、学院から去って行った。
「いや、もう来なくていいから。……て、あら? あの子、〝オカマ〟を否定しなかったけど……ま、まさかね……」
こうしてタケオは、バスで二時間かかる山道を徒歩で五時間かけており、そのまま家へと帰った。
そして翌日──
私立エトワール・ブリエ学院高等学校の校門前には凛とした顔立ちで、長く、しなやかな黒髪をはためかせながら仁王立ちしている、羅漢前剛雄の姿があった。
「戻ってきたぜ……いや、戻ってきたわよ。エトワール・ブリエ……!」
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
美醜逆転世界の学園に戻ったおっさんは気付かない
仙道
ファンタジー
柴田宏(しばたひろし)は学生時代から不細工といじめられ、ニートになった。
トラックにはねられ転移した先は美醜が逆転した現実世界。
しかも体は学生に戻っていたため、仕方なく学校に行くことに。
先輩、同級生、後輩でハーレムを作ってしまう。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる