憧れのファッションデザイナーの弟子になろうとしたら、女装させられて女子高に通うことになりました。

枯井戸

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過去との決別

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 私立エトワール・ブリエ学院高等学校。
 それはフランス語で輝くブリエエトワールを意味する名前で、学院自体は山深い場所にあり、高く連なった山のうちのひとつを切り崩して建てた、高い標高に位置していた。夜、学院から空を見上げると、澄み切った夜空に瞬く星が浮かび上がっている事から、この名がつけられたとされている。
 余談だが、この後タケオがクリスチアーヌに「なぜフランス語なんですか?」と尋ねたが「知りません」という回答だけが返ってきている為、なぜエトワールでブリエなのかは謎である。

 学院は基本的には全寮制ではあるものの、特別な理由で家からの通学を許されている生徒は、毎朝六時発の山の麓にある学院専用のバスに乗って通学しているのだが、学院までの所要時間はおよそ二時間。その為、生徒のみならず、常勤の教師もここで生徒と寝食を共にしている。
 しかし、こんな人里離れた奥地にあるにも関わらず、毎年入学を希望する生徒はかなり多く、有名な芸能人や芸術家、医者、政治家、海外の資産家等々、各界の著名人がこぞって自分たちの娘を通わせる学校としても知られていた。
 そして、そうなる理由のひとつとして挙げられているのが、教師がそれぞれの分野においてのプロである事だった。ひとたび体育でバレーボールをするとなれば、オリンピック出場経験のある選手が呼ばれ、家庭科で料理の授業をするとなれば、都内の一等地に店を構える料理人が呼ばれたりする。
 そうして、ここでの暮らしを経て卒業を果たした生徒たちは、見事、文武両道な大和撫子となり、社会へ、またはもう一段階上の大学ステージへと羽ばたいていくのであった。


「──畜生……! ちくしょおおお……!」


 羅漢前剛雄の呻き声が、エトワール・ブリエの校舎に跳ね返って山間へと反響する。
 場所は変わり、時も流れ、タケオはここ、私立エトワール・ブリエ学院高等学校の校舎前までやって来ていたのだ。
 空は晴れ、時折吹く高地特有の爽やかな風が、タケオを見下ろしている黒人男性の長く、綺麗に編まれた髪をそよそよと揺らしている。
 

「──去りなさいボウヤ。ここはあなたの来るべき場所じゃないの。少なくとも、このイレイナ・アンジョリーノビッチマンの目が黒いうちは、この学院の敷地内には一歩も入らせないわよ」


 自身をイレイナと呼ぶこの男性・・は、流ちょうな日本語で、丁寧な口調で、眼下で呻いているタケオに言葉を投げかけた。その言葉を受け、タケオは忌々しそうにイレイナを見上げた。


「そこを退いてください、イレイナさん。俺は、ここへ遊びに来たわけじゃないんです! 入学願書を取りに来ただけなんです!」

「たしかにこの学校へ入学を希望する学生たちは、必ずこの学舎まで来て、手渡しで入学願書を受け取る必要があるけれど……けどね、何度言ったら理解してくれるのかしら。ここ、私立エトワール・ブリエ学院高等学校は、女子高なの。だからあなたがこの学院に入学することは物理的に不可能な──」

「──うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 タケオは雄叫びを上げながら立ち上がると、そのままイレイナに向かって突進した。身長二メートルはあろうかというイレイナに、一五〇センチ前半のタケオが敢然と立ち向かう。が、結果は火を見るよりも明らかで、イレイナは軽々タケオを持ち上げると、そのまま少し進み、割れ物を扱うように、そっとタケオを地面に降ろした。


「ぐはあああああああああああああああああああ!?」


 タケオが苦悶の表情を浮かべながら地面の上をのたうち回る。


「……さっきから一時間くらいこれ続けてるけど、正直イレイナ、しんどくなってきちゃったんだけど?」

「ならいい加減、俺を通してください!」

「ならいい加減、お帰りなさい」

「……でも、イレイナさんだって男性じゃないですか!」

「イレイナはイレイナなの。性別なんて野暮な物に縛られるほど、イレイナは弱くはないわ。それに、イレイナはここの教員。教員に限って言えば、べつに女性だろうが男性だろうが、採用基準はないの」

「じゃあ俺、教師になります!」

「……なれば?」

「はい! じゃあ、俺を雇ってください! 教師として!」

「いやいや、あなた中学生だし無理よ。教師になるには……」

「三年だけでいいんで!」

「あのね、そもそも誰かを雇うにも、イレイナはここの責任者でもなんでもない──」

「うおらあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 タケオはイレイナの言葉を遮るようにして雄叫びを上げると、今度はイレイナには向かわず、その脇をすり抜けて校内へと侵入を図ろうとした。が、両手を広げたイレイナの守備範囲はすさまじく、さきほどよりも強めにキャッチされたタケオは、もう一度優しく持ち上げられると、今度は子猫を抱き下ろすように、そっと地面の上に置かれてしまった。
 タケオは地面に触れた瞬間、活きの良いマグロのようにビタンビタンとのたうち回り、恥ずかしそうに両手で顔面を覆った。


「くっ、なぜ抜けられなァい!」

「それはイレイナがレスリングの元世界チャンピオンで、エトワール・ブリエの非常勤講師だからよ。悪いけど、イレイナの名誉にかけて、あなたを簡単に通しはしないわ」

「な、なるほどレスラーでしたか。……道理で、堂に入った構えをすると思いましたよ」

「なんで上から目線? それにしてもあなた、レスリングについて詳しいの?」

「いえ、ちっとも」

「そう。今のタックルはなかなかいいセンいってたと思うけど、でも残念。さっきも言ったけど、ここは女子高。あなたがここに入っていい理由はないのよ」

「でも、イレイナさんだって男性──」

イレイナはイレイナ・・・・・・・・・だから・・・性別には縛・・・・・られない・・・・……って、ちょっと! 何回このやりとりするつもり!? いい加減イレイナも飽きてきたんだけど!?」

「じゃあ俺も教師に──」

「何回も言わせないわよ!? ……残念だけど、どんな事情があるかはわからないけど、あなたぐらいの歳でそこまでの権利は認められていないの。その悔しい感情もわかるし、もどかしい気持ちも理解できるわ。けど、共学だってべつに悪い事ばかりじゃない。むしろ色々と経験したほうが、深みのあるオカマにもなれるというもの。それにあなた、顔は女の子みたいなんだから、将来、化けると思うわよ。だからね、いまは我慢なさい。いずれ来るべき時が来れば──」

「ああ、いえ、オカマはちょっと」

「違うんかい!」

「はい。だから、心が女の子とか、体との違和感が……とかそういうのは……ない……んですけど……」


 タケオは眉をひそめて、そのまま下を向いて黙ってしまった。それを怪訝に思ったイレイナは、首を傾げながらタケオの顔を見た。


「な、なによ、いきなり黙っちゃって」

「そ、そうか、そういう事か……! 俺も性別を超えればいいんだ! ミヤビ先生は面倒くさいから、俺をこの学校を紹介したわけじゃなく、試験を課してくれていたんだ!」

「……頭、大丈夫?」

「大丈夫です! たぶん!」

「たぶんなのね……」

「それと、ありがとうございます、イレイナさん!」

「……なにが?」

「色々と吹っ切れました! 俺には、覚悟・・が足りていなかったんです! 自分を変える覚悟・・・・・・・・が! 服飾とは、デザインとは、つまりは芸術。芸術を追い求める人間が、いちいち常識につまずいていたらこの先やっていけない、というミヤビ先生なりの教えだったんですよ!」

「ふーん。そう」


 イレイナは心底興味が無さそうに、綺麗に手入れされた自分の爪を見ながら相槌を打った。


「はい! という事で、俺はもう帰ります!」

「そ、そう? 相変わらず何を言っているかはわからないけど、あなたが帰ってくれるのならそれでいいわ。じゃあね、立派なオカマになるのよ」

「はい、また来ます!」


 タケオは元気よく言うと、そのまま振り返らず、学院から去って行った。


「いや、もう来なくていいから。……て、あら? あの子、〝オカマ〟を否定しなかったけど……ま、まさかね……」


 こうしてタケオは、バスで二時間かかる山道を徒歩で五時間かけており、そのまま家へと帰った。

 そして翌日──
 私立エトワール・ブリエ学院高等学校の校門前には凛とした顔立ちで、長く、しなやかな黒髪をはためかせながら仁王立ちしている、羅漢前剛雄の姿があった。


「戻ってきたぜ……いや、戻ってきたわよ・・・・。エトワール・ブリエ……!」
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