9 / 10
憧れのブリション
しおりを挟むにょろにょろにょろ。
イヴが退屈そうに、頬杖をつきながら、一本八十円くらいの安物のボールペンを走らせ、図形を描いていく。やがてそれが完成したのか、出来上がった図を「ん」と言って、雑にタケオに手渡す。
「おお、やっと出来たか。……ふむふむ、さすがはイヴ。なだらかな曲線から繰り出される、優雅で気品あるれるフォルム。こうして手に取って、目で見ているだけなのに、ニオイまで感じ取れるなんて……さすがは……て、コレ、巻きグソやないかい!」
パシン!
タケオが手に持っていた紙を地面に叩きつけた。そこに描かれていたのは、よく漫画でも出てくるような、う〇この絵だった。
「きちんと描いてくれよ! 〝ブリション〟まであともう一か月切ってるんだぞ?! あたしはまだデザインとかよくわかってないし、イヴだけが頼りなんだぞ!?」
昼休憩、教室内。
タケオはこうして、イヴ以外の人間がいる所での一人称〝あたし〟は自然と言えるようになってきていたが、口調は完全に男のままだった。しかし、それでもクラスメイトをはじめ、教師共々、タケオの口調に違和感を感じる者はいなかった。
「いやいや、コレクション用の服を、構想も何もない状態から一か月で作り上げられるわけないじゃん。だからこれはおばあちゃんの嫌がらせ。本気で取り組む必要なんて~……ないっ! ということでイロハちゃん、焼きそばパン買ってきて?」
「嫌だよ! まずはさっさと終わらせようよ!」
「じゃあ、焼きそばパン買ってきたら描いてあげる」
「そう言って、もう一週間くらい経ってますけど?」
「今度こそは私を信じてみるつもりはない?」
「ないね。これー……ぽっちも、ない!」
タケオはそう言うと、人差し指と親指で極々小さな隙間を作った。
「でも、腹が減っては戦が出来ないってコトワザもあるしさ~」
「じゃあせめて何か案だそうぜ。今回の巻きグソはじめ、いままでイヴの提案してきたデザインって全部下ネタ関連じゃん! この前のなんか洋式トイレだったし」
「だから、それくらいで良いんだって。アイデアやデザインは有限なの。こんなところでそれを使うくらいなら、適当にやったほうが百倍マシだね」
「だからって巻きグソはないだろ」
「いいじゃん。虚構と現実、フィクションとノンフィクションの狭間。実際こんなう〇こは存在しないけど、道行く人に『う〇こ描いてください』って言ったら、ほぼみんなこの絵描くんだよ? 興味深くない?」
「興味深いけど、それをファッションに落とし込むなって言ってんだよ! モデルさんもブチ切れるよ!?」
「浅い。浅いよ、イロハ。何千年と歴史ある洋服の世界において、このフォルムが提案されなかったと思うのかい?」
「あったとしても、あたしたちの手に余るわ!」
「ふん、分からず屋め。なら、そのデザインを出すために必要な糖分を買ってきてよ」
「ダメだ。あたしはもう、決めてんだよ。イヴがいい感じのデザインを描くまで、ここから一歩も動くつもりは……ない!」
「じゃあ一生そこで仁王立ちしてれば?」
「するさ! イヴが折れるまで!」
「……その前にイロハが折れると思うけどね。てか、どのみちブリションまでもう時間ないんだから、そういう作戦は悪手でしょ。さっさと買ってきたほうがいいと思うけどなあ?」
「──くっ、一理ある、か……! 卑怯者め、何が欲しいか言ってみろ!」
「チョコ……は、あんたの体温が高くてダメだから……じゃあ、ウグ〇スボールで」
「チョイスが渋いな」
「はあ? 美味しいじゃん」
「まあ、美味いけど……これで最後だからな! もうこれで何も描かなかったらほんとに……えーっと、すごいからな!」
タケオは捨て台詞のようにそう言い残すと、そのまま教室から出て行った。イヴは相変わらず、半開きでやる気のない目でタケオを見送ると、手に持ったペンをくるくると回しはじめた。
「はあー……なんで、イロハって、あんなにやる気満々なんだろ。ぶっちゃけしんどいし、そもそもなんでおばあちゃんも、私と組ませたのかな。イロハとしても、もっとやる気のありそうな子と組んだほうが絶対よかったのに……」
イヴは「めんどくさ」と呟くと、そのままペンを机に置き、椅子の背もたれに体重をかけた。
「──相変わらず、やる気が無さそうね」
明るくツッコむでもなく、フレンドリーに話しかけるでもなく、冷静に、淡々とした口調の言葉が、イヴに投げかけられる。イヴは億劫そうに振り返ると、その声の主の顔を見た。
そこにはイヴと同じ制服を着た、女子生徒三人組がいた。
左から順に大杉美香、星敦子、清原千絵で、さきほどイヴに声をかけたのは、その三人の中でも比較的身長の高い、清原千絵だった。
「えーっと……、ごめん、誰だっけ?」
「き、清原! 清原千絵よ! もう二ヶ月くらい同じクラスでしょうが!」
「いやあ、冗談冗談。大事なクラスメイトの名前を忘れるわけないじゃん」
「ほんとかしら。あなた、私が話しかけるたびにその冗談言ってない?」
「気のせいだよ。それで? 今日はなんの用?」
〝今日は〟
イヴの中で清原千絵、以下二名の名前は完全に忘れられていたが、〝自分に因縁をつけてくる変な三人組〟の事は、イヴも覚えていた。
「イヴさん、まだあなた春風さんのことをコキ使っているみたいね」
「春風さん……ああ、イロハの事ね。私としてはコキ使ってるつもりはないよ。あの子が勝手に動いてくれているだけ」
「詭弁ね。春風さんは迷惑そうにしているみたいだけど?」
「これが私たちなりのコミュニケーションってやつだよ。ほら、私とイロハって遠い親戚だし」
「親戚、ねえ……」
「なに?」
「いいえ、ただ、その割には似てらっしゃらないと思って」
「そうかな? そっくりじゃない?」
「……あなた、たまに冗談なのか本気なのか、わからない時がありますわよね」
「ひどいな清川さん、私はいつでも本気のつもりなんだけどなぁ……」
「清原です。まあ、いいわ。今日はその事について、あなたとお話しに来たわけじゃありません」
「そうなんだ? 用件は手短にね」
「……あなた、イヴさん。エトワール・ブリエ・コレクションに参加なさるそうじゃない?」
「嫌々だけどね」
「やはり、わかってらっしゃらないようね」
「……なにが?」
「エトワール・ブリエ・コレクションに参加することについて、です。エトワール・ブリエ・コレクションとは、毎年、この学院で不定期に行われている、ファッションショー。毎年、クリスチアーヌ先生が選びに選び抜いた学院の精鋭のみが参加することを許される、大変栄誉あるショーですの」
「あはは、知ってるよ。それくらい。おばあちゃんがきまぐれに始めたショーで、有名ブランドのデザイナーや大手アパレルブランドの社長なんかも見に来るんでしょ?」
「その通り。私も、一年生ながらこのショーに出させていただく栄誉を仰せつかった身。それに私は、このショーに出るために、この学院に入学したと言っても過言ではありません」
「へえ、よかったじゃん。一年生で選ばれるのって、なかなかない事なんでしょ」
「はい。これも私の努力のなせる業でしょう。……が、しかし、今年度のエトワール・ブリエ・コレクションには……なにやら不純物が混じっている様子で。いえ、汚物が混ざっている、と表現したほうが的確でしょうか」
清原は机の上にあった巻きグソの絵を、まるで汚物でも触るように、人差し指と親指とで、慎重に摘まんで持ち上げた。その様子を見た、取り巻きの大杉と星は、くすくすと嘲笑した。しかし、渦中のイヴは表情も変えず、口を開いた。
「お。さすがは御目が高いねえ。それこそが、私がデザインした〝ラッキー・ドロッパー〟って言って、う〇こだけに、幸運アップ! ……ていう、洒落と実用性を兼ね備えた……」
「こほん。どうやら、ニュアンスがきちんと伝わってらっしゃらないようなので、この際、面と向かって直接的に申し上げて差し上げます。──辞めていただけませんか? この学院を」
清原がその言葉を口にした途端、教室内の空気が凍り付いた。これにはさすがのイヴもそこまで言われるとは思っていなかったのか、「へ?」と訊き返した。
「はっきりと申し上げておきますと、目障りなんです。偉大なクリスチアーヌ先生のお孫さんが、この格式高い、伝統ある学院にコネクションを用いて入学する……というのは、まだ許せます。けれど、エトワール・ブリエ・コレクションに参戦できるのは、さすがに度が過ぎましてよ。毎年、どのくらいの人たちが、このコレクションに出たくて涙を呑んでいるか、理解しておられるのでしょうか? それを、こんな……下品下劣極まりない服で、コレクションとクリスチアーヌ先生の顔に泥を塗るなんて、笑止千万」
「……まあ、木部さんの言いたいことはわかるよ。けどね、それ私に言う事じゃないよね?」
「清原です。いいえ、これはあなたへ言うべきことなのです。これはもはや、あなただけの問題ではありません。恐らく、あなたは汚い手を使って、クリスチアーヌ先生を脅したり、孫という立場に甘んじたりしたのでしょう?」
「そんなことは……」
「だからクリスチアーヌ先生はあなたには強く言えない。したがって、私たちがクリスチアーヌ先生に代わって言いに来ました」
「……でも、それでも学院を止めろってのはあれじゃない? おかしくない? ファッションショーに出るのをやめろって言うのが普通じゃない?」
「いいえ。あなたは、謂わば癌。この学科を……この学院を蝕む病巣です。悪い所は取り除かれなければなりません。たとえ今回の出演を取りやめたところで、おそらく次回も、そのまた次回も、クリスチアーヌ先生はあなたを推薦するでしょう」
「出会って二か月程度なのに、随分グイグイ言うね」
「出会って二ヶ月、ずっと我慢してきましたので。入学初日から遅刻するわ、授業にはロクに出ないわ、勉強もまともにしない、挙句の果てに、頑張っている春風さんをこき使っている。正直、あなたなんかに顎で使われる春風さんが不憫でなりません」
「返す言葉もない」
「……よろしいですか? まだいまいち理解してらっしゃらないようなので、ここで申し上げておきます。あなたがいる事で、春風さんの成長が阻害されているのです」
「阻害……?」
「春風さんはこの学科で一番頑張っておられますし、クリスチアーヌ先生が春風さんを指名されたのはまだ納得できます。ですが、このままあなたと一緒にいる事で、春風さんは間違いなくダメになってしまいます。才ある者が、あなたのせいで潰れようとしているのです。裏でどのような取引が行われているのかはわかりませんが、ゆめゆめ、その事をお忘れなきよう」
「イロハが……私のせいで……」
「──ただいまァ! ウグ〇スボール買ってきました!」
凍り付いていた教室内に、呑気なタケオの声が響き渡る。タケオは教室内の空気などお構いなしに、ずんずんと歩いていくと、イヴの前に買ってきたお菓子を置いた。清原はそれを見ると、「ふん」と小さく鼻を鳴らして、捨て台詞のようにイヴにいった。
「……では、私はこれで。さきほどの事、じっくりと考えてくださいね。それでは、イヴさん、春風さん、ごきげんよう」
それを見たタケオは、イヴと清原間に流れる妙な雰囲気に首を傾げて見せた。
「清原さん……? おい、イヴ。なんかあったのか?」
「……べつに」
イヴは急に立ち上がると、タケオの買ってきたお菓子を受け取ることなく、そのまま教室を後にした。タケオは何が何やら、と言った様子で、とりあえず買ってきたお菓子を持ち、イヴの後を追った。
「おい待てって、イヴ」
タケオの制止を無視して、イヴはスタスタと歩き続ける。それに業を煮やしたタケオは、イヴの腕を掴んで強引に足を止めさせた。
「無視かよ。せめてウグ〇スボール食えって!」
「……ん、食べない。イロハが食べればいいじゃん」
「いや、どうしたんだよ。今更デザイン描かないって言ったら怒るぞ」
「いいよ」
「……はあ?」
「だってもう私、学校辞めるし」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幼馴染に告白したら、交際契約書にサインを求められた件。クーリングオフは可能らしいけど、そんなつもりはない。
久野真一
青春
羽多野幸久(はたのゆきひさ)は成績そこそこだけど、運動などそれ以外全般が優秀な高校二年生。
そんな彼が最近考えるのは想い人の、湯川雅(ゆかわみやび)。異常な頭の良さで「博士」のあだ名で呼ばれる才媛。
彼はある日、勇気を出して雅に告白したのだが―
「交際してくれるなら、この契約書にサインして欲しいの」とずれた返事がかえってきたのだった。
幸久は呆れつつも契約書を読むのだが、そこに書かれていたのは予想と少し違った、想いの籠もった、
ある意味ラブレターのような代物で―
彼女を想い続けた男の子と頭がいいけどどこかずれた思考を持つ彼女の、ちょっと変な、でもほっとする恋模様をお届けします。
全三話構成です。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる