婚約破棄したった

枯井戸

文字の大きさ
5 / 7

ブルーデンツの本心と父の野望

しおりを挟む

 ブルーデンツがビフテキと別れた次の日──
 サンテティエンヌ家本邸の屋敷。大きな木製の立派なデスクのある執務室にて、ガルグマッグの話を聞いたビフテキが狼狽えていた。


「──す、すみません、お父様・・・……いま、なんと……?」

「だから、そのような契約は交わしていないんだよ」

「いや、でも、師匠……変態マゾ豚は昨日、半分寄生する勢いで──」

「〝でも〟も何も、昨日ブルーデンツ・・・・・・さんと交わした契約は、隣国の名家〝リヒテンシュタイン家〟が、サンテティエンヌ家の復興に援助を惜しまないという契約だよ」

「え、ブルーデンツ……て、なんでお父様が、師匠の本名を……」

「ああ、私も驚いたよ。まさか〝変態マゾ豚〟さんの正体が、現在も行方不明で失踪中の名門貴族リヒテンシュタイン家の嫡男〝ブルーデンツ・フォン・リヒテンシュタイン〟その人で、冒険者としてブリジットと共にここ、ファゴットまでやって来ていたとはね」

「で、でも、師匠は今も捜索中で、家にも戻る気はなかったみたいですし……勝手に実家に援助を頼むのは無理なんじゃ……」

「私もそう思っていたが、ブルーデンツさんはこうも言っていたよ。『今も実家が俺の事を捜索中って事は、それなりに俺の事を大事に思っているという事。だったら、そんな、大事な一人息子である俺の頼みを無下にするはずがないので、遠慮なく、復興に使ってやってください』と」


 それを聞いたビフテキの顔から、サーっと血の気が引いていった。唇を噛み、視線をあちこちと動かし、ぐるぐると定まらない思考がビフテキの頭を占拠する。


「そ……そんな……でも、師匠は……じゃあなんのために、あんな嘘を……!」

「嘘……? それは、なんの話だい?」

「き、昨日、師匠が私に言ったんです。〝サンテティエンヌ家との取引は成功した〟って……」

「取引とは、つまり私がさっき言った事だろう?」

「違います! 自分は特に何もしなくても、サンテティエンヌ家からお金がもらえるって……」

「そ、それは本当なのか? いや、だが、手元には確かにリヒテンシュタイン家の資料とその連絡先が……そもそも、そのような条件を結ぶ人が、自分の名前を明かすとは思わないが……」

「じゃあ、師匠は私の事を想って、私のために……!? そ、そうだ。なに考えてたんだ、私。まだ完全に復興できてないのに、サンテティエンヌ家がそんな条件を飲める余裕なんてあるはずがないのに、……でも、師匠なら出来ちゃうんじゃないかって思って、それで……!」

「……ぶ、ブリジット? どうかしたのか?」

「ご、ごめんなさい! お父様、私、今すぐ師匠を追わなきゃ……!」


 ビフテキはそう言うと、踵を返し、執務室から出て行こうとしたが「待ちなさい!」と、ガルグマッグが後ろから声をかけた。


「……今からブルーデンツさんを追いかけても無駄だろう」

「だ、大丈夫ですよ! 師匠はああ見えて、愚図でノロマなので、たぶんまだそこらへんでウロチョロして──」

「私たちに──サンテティエンヌ家に、実家を通じて援助をされるという事はつまり、自分の現在の居場所を教えることと同義です。ブリジットが言った通り、まだブルーデンツさんに冒険者を辞めるつもりがないのなら、おそらく、このサンテティエンヌ領を出て……早ければ、すでに国外へと出ているはずです」

「だ、だったら、私も……!」

「──いいや。それはだめだ」


 ガルグマッグがパチンと指を鳴らすと、昨日まで屋敷にはいなかった、強面で大柄な男がビフテキの行く手を塞いだ。


「すまない、ブリジット。ここから君を出すわけにはいかんのだ」

「な、なぜですか、お父様!」

「それはだな──」

「もしかして、師匠の気持ちを汲んでやれとおっしゃるつもりですか?」

「………………」

「……そんな事はわかっています。師匠がどんな思いで嘘をついたか、どんな思いでこの屋敷を後にしたか、今なら……わかります。痛いほどに。だから、私はどうしても師匠を追いかけたいんです。追いかけて、謝りたい。昨日の事を。あんなにひどい事を言ってしまった事を。……ここで追わなければ、後できっと後悔すると思うから。ですから……ですので、お父様の気持ちもわかりますが、どうかここは、私のわがままを聞いて──」

「ダメだ」

「お父様!」

「よく聞け、ブリジット。私がそのような理由で、おまえを引き留めるはずがないだろう」

「……え?」

「──キングエメラルドの指輪を持ったまま、逃がすわけがないだろう、と言っているのだよ」


 今まで優しく、朗らかだったガルグマッグの口調が一変し、深く、低い声色に豹変する。それと同時に、今まで入り口を塞いでいた男が、その大きな手で、太い指で、ビフテキの肩をガッシリと掴んだ。


「……え? お、お父様……これは……この人は……?」

「──長かった」

「な、長い……ですか?」

「16年の歳月は、私にとって途轍もなく、そして途方もない時間だった……」

「な、なにを言って……?」


 ガルグマッグはゆらりと椅子から立ち上がると、腕を後ろに回し、大股で、ゆっくりビフテキに近づいていった。


「やはり母娘。……ブリジット、おまえはあいつによく似ておる」

「あいつ……」

「貴様のバカな母親、フローラによく似ていると言っているのだ」

「バカ……? お、お父様、なにを……?」

「……知っていたか、ブリジット。ファゴットという国で領主というモノ・・になるには、その血縁、もしくは縁者である事のほかに、王より下賜されたキングエメラルドの指輪が必要なのだそうだ。せっかく苦労して貴様の母を騙し、名を手に入れ……私の夢まであと一歩というところで、だ。『キングエメラルドの指輪を持ち得ぬ貴様に領主たる資格はない』と言われた。……この絶望がおまえにわかるか? ブリジットよ」

「何を……おっしゃって……?」

「ああ、いや、そうだな。すまない。わからなくていい。わかる必要はない。これはただの戯言だ。今のは忘れ……なくてもいいのか。苦悩も苦労も苦心もしたが、結果、こうして私の手元へ指輪は戻ってきてくれたのだ。……ブリジット、君は……いや、おまえ・・・は、どうせここで死ぬんだから、何も知らなくてよい」

「は──?」


 ガルグマッグの言葉に気を取られていたビフテキは、強面の男が取り出した注射を首元に刺されてしまった。ビフテキは首を押さえながら振り返ると、即座に反撃しようとした──が、そのまま力なく、膝から崩れ落ちてしまった。


「あれ……な……んで……体、私の……体が……力……」


 沈みゆく景色の中、微睡みゆく意識の中──ビフテキはその虚ろな瞳で、定まらない焦点で、ガルグマッグの顔をぼんやり見上げていた。ガルグマッグはそんなビフテキを、忌々しそうに見下すと、半笑いになりながら口を開いた。


「自己紹介が送れたなブリジット。父さんはこういう薬も扱っている薬剤師なんだ」

「やく……ざ……い……?」

「冗談だ。だがまあ、安心して、そのまま眠ってくれればいい。そして、せめて……次はもっとマシな、私に楯突かない、従順な女の元へ生まれてきてくれ」


 ──ガクッ。
 まるで糸が切れたように、ビフテキはそのまま意識を失ってしまった。ガルグマッグはそれに舌打ちをすると、ビフテキの指はめられていた指輪を強引に外し、奪い取った。ガルグマッグは奪ったキングエメラルドを、執務室に差し込む陽光に透かして見ると、嘆息を洩らした。


「なるほど。宝石に興味はない……が、国宝と呼ばれるだけはある。たしかにこれは美しい。……おい、そこのソレ・・を地下へ連れていけ。鎖につなぎ、逃げ出さないよう管理しておくんだ」


 ガルグマッグが男に指示を下すと、男は短く「わかりました」と言い、気絶しているビフテキを土嚢を持ち上げるが如く、雑に担いだ。


「──ああ、それと、さっきの薬を一定時間毎に投与するんだぞ。なるべく自然に死ぬようにな」

「わかりました。……では、この者の死後、処理のほうはどうしますか?」

「そうだな。自然死とはいえ、急に死なれても私が怪しまれるだけ、か。……うーむ……おお、そうだ! ちょうどいい! あの、リヒテンシュタイン家出身とかいう、お人好しのボンクラにすべての罪をなすり付けてやろう。師弟とかのたまっておったからな。──そうだ! 『キングエメラルドの希少性に気付いたブルーデンツ・フォン・リヒテンシュタインは、しつこくブリジットを追いかけ回したが、実家であるサンテティエンヌ家へと逃げ込まれたためえ無く断念。しかし、長時間追いかけ回され、傷つき、心身ともに疲弊しきったブリジットはそのまま──』というのはどうだ? 使えるだろう」

「理由としては十分でしょう。それにしても、エドラー・・・・様も人が悪い。せっかく戻って来られたブリジット様にこのような仕打ちとは……」

「勝手にフローラが生み、勝手にどこぞへ匿った娘に情など湧くはずもなかろう。むしろ、勝手に指輪ごと持っていかれた事に憤りを覚えるわ。……さあ、無駄口を叩いていないで、さっさとその薄汚い小娘を地下へ連れていけ」

「──わかりました」


 ガルグマッグがそう吐き捨てると、男はそれ以上何も言わず、ビフテキを担いだまま部屋から出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...