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ブルーデンツの本心と父の野望
しおりを挟むブルーデンツがビフテキと別れた次の日──
サンテティエンヌ家本邸の屋敷。大きな木製の立派なデスクのある執務室にて、ガルグマッグの話を聞いたビフテキが狼狽えていた。
「──す、すみません、お父様……いま、なんと……?」
「だから、そのような契約は交わしていないんだよ」
「いや、でも、師匠……変態マゾ豚は昨日、半分寄生する勢いで──」
「〝でも〟も何も、昨日ブルーデンツさんと交わした契約は、隣国の名家〝リヒテンシュタイン家〟が、サンテティエンヌ家の復興に援助を惜しまないという契約だよ」
「え、ブルーデンツ……て、なんでお父様が、師匠の本名を……」
「ああ、私も驚いたよ。まさか〝変態マゾ豚〟さんの正体が、現在も行方不明で失踪中の名門貴族リヒテンシュタイン家の嫡男〝ブルーデンツ・フォン・リヒテンシュタイン〟その人で、冒険者としてブリジットと共にここ、ファゴットまでやって来ていたとはね」
「で、でも、師匠は今も捜索中で、家にも戻る気はなかったみたいですし……勝手に実家に援助を頼むのは無理なんじゃ……」
「私もそう思っていたが、ブルーデンツさんはこうも言っていたよ。『今も実家が俺の事を捜索中って事は、それなりに俺の事を大事に思っているという事。だったら、そんな、大事な一人息子である俺の頼みを無下にするはずがないので、遠慮なく、復興に使ってやってください』と」
それを聞いたビフテキの顔から、サーっと血の気が引いていった。唇を噛み、視線をあちこちと動かし、ぐるぐると定まらない思考がビフテキの頭を占拠する。
「そ……そんな……でも、師匠は……じゃあなんのために、あんな嘘を……!」
「嘘……? それは、なんの話だい?」
「き、昨日、師匠が私に言ったんです。〝サンテティエンヌ家との取引は成功した〟って……」
「取引とは、つまり私がさっき言った事だろう?」
「違います! 自分は特に何もしなくても、サンテティエンヌ家からお金がもらえるって……」
「そ、それは本当なのか? いや、だが、手元には確かにリヒテンシュタイン家の資料とその連絡先が……そもそも、そのような条件を結ぶ人が、自分の名前を明かすとは思わないが……」
「じゃあ、師匠は私の事を想って、私のために……!? そ、そうだ。なに考えてたんだ、私。まだ完全に復興できてないのに、サンテティエンヌ家がそんな条件を飲める余裕なんてあるはずがないのに、……でも、師匠なら出来ちゃうんじゃないかって思って、それで……!」
「……ぶ、ブリジット? どうかしたのか?」
「ご、ごめんなさい! お父様、私、今すぐ師匠を追わなきゃ……!」
ビフテキはそう言うと、踵を返し、執務室から出て行こうとしたが「待ちなさい!」と、ガルグマッグが後ろから声をかけた。
「……今からブルーデンツさんを追いかけても無駄だろう」
「だ、大丈夫ですよ! 師匠はああ見えて、愚図でノロマなので、たぶんまだそこらへんでウロチョロして──」
「私たちに──サンテティエンヌ家に、実家を通じて援助をされるという事はつまり、自分の現在の居場所を教えることと同義です。ブリジットが言った通り、まだブルーデンツさんに冒険者を辞めるつもりがないのなら、おそらく、このサンテティエンヌ領を出て……早ければ、すでに国外へと出ているはずです」
「だ、だったら、私も……!」
「──いいや。それはだめだ」
ガルグマッグがパチンと指を鳴らすと、昨日まで屋敷にはいなかった、強面で大柄な男がビフテキの行く手を塞いだ。
「すまない、ブリジット。ここから君を出すわけにはいかんのだ」
「な、なぜですか、お父様!」
「それはだな──」
「もしかして、師匠の気持ちを汲んでやれとおっしゃるつもりですか?」
「………………」
「……そんな事はわかっています。師匠がどんな思いで嘘をついたか、どんな思いでこの屋敷を後にしたか、今なら……わかります。痛いほどに。だから、私はどうしても師匠を追いかけたいんです。追いかけて、謝りたい。昨日の事を。あんなにひどい事を言ってしまった事を。……ここで追わなければ、後できっと後悔すると思うから。ですから……ですので、お父様の気持ちもわかりますが、どうかここは、私のわがままを聞いて──」
「ダメだ」
「お父様!」
「よく聞け、ブリジット。私がそのような理由で、おまえを引き留めるはずがないだろう」
「……え?」
「──キングエメラルドの指輪を持ったまま、逃がすわけがないだろう、と言っているのだよ」
今まで優しく、朗らかだったガルグマッグの口調が一変し、深く、低い声色に豹変する。それと同時に、今まで入り口を塞いでいた男が、その大きな手で、太い指で、ビフテキの肩をガッシリと掴んだ。
「……え? お、お父様……これは……この人は……?」
「──長かった」
「な、長い……ですか?」
「16年の歳月は、私にとって途轍もなく、そして途方もない時間だった……」
「な、なにを言って……?」
ガルグマッグはゆらりと椅子から立ち上がると、腕を後ろに回し、大股で、ゆっくりビフテキに近づいていった。
「やはり母娘。……ブリジット、おまえはあいつによく似ておる」
「あいつ……」
「貴様のバカな母親、フローラによく似ていると言っているのだ」
「バカ……? お、お父様、なにを……?」
「……知っていたか、ブリジット。ファゴットという国で領主というモノになるには、その血縁、もしくは縁者である事のほかに、王より下賜されたキングエメラルドの指輪が必要なのだそうだ。せっかく苦労して貴様の母を騙し、名を手に入れ……私の夢まであと一歩というところで、だ。『キングエメラルドの指輪を持ち得ぬ貴様に領主たる資格はない』と言われた。……この絶望がおまえにわかるか? ブリジットよ」
「何を……おっしゃって……?」
「ああ、いや、そうだな。すまない。わからなくていい。わかる必要はない。これはただの戯言だ。今のは忘れ……なくてもいいのか。苦悩も苦労も苦心もしたが、結果、こうして私の手元へ指輪は戻ってきてくれたのだ。……ブリジット、君は……いや、おまえは、どうせここで死ぬんだから、何も知らなくてよい」
「は──?」
ガルグマッグの言葉に気を取られていたビフテキは、強面の男が取り出した注射を首元に刺されてしまった。ビフテキは首を押さえながら振り返ると、即座に反撃しようとした──が、そのまま力なく、膝から崩れ落ちてしまった。
「あれ……な……んで……体、私の……体が……力……」
沈みゆく景色の中、微睡みゆく意識の中──ビフテキはその虚ろな瞳で、定まらない焦点で、ガルグマッグの顔をぼんやり見上げていた。ガルグマッグはそんなビフテキを、忌々しそうに見下すと、半笑いになりながら口を開いた。
「自己紹介が送れたなブリジット。父さんはこういう薬も扱っている薬剤師なんだ」
「やく……ざ……い……?」
「冗談だ。だがまあ、安心して、そのまま眠ってくれればいい。そして、せめて……次はもっとマシな、私に楯突かない、従順な女の元へ生まれてきてくれ」
──ガクッ。
まるで糸が切れたように、ビフテキはそのまま意識を失ってしまった。ガルグマッグはそれに舌打ちをすると、ビフテキの指はめられていた指輪を強引に外し、奪い取った。ガルグマッグは奪ったキングエメラルドを、執務室に差し込む陽光に透かして見ると、嘆息を洩らした。
「なるほど。宝石に興味はない……が、国宝と呼ばれるだけはある。たしかにこれは美しい。……おい、そこのソレを地下へ連れていけ。鎖につなぎ、逃げ出さないよう管理しておくんだ」
ガルグマッグが男に指示を下すと、男は短く「わかりました」と言い、気絶しているビフテキを土嚢を持ち上げるが如く、雑に担いだ。
「──ああ、それと、さっきの薬を一定時間毎に投与するんだぞ。なるべく自然に死ぬようにな」
「わかりました。……では、この者の死後、処理のほうはどうしますか?」
「そうだな。自然死とはいえ、急に死なれても私が怪しまれるだけ、か。……うーむ……おお、そうだ! ちょうどいい! あの、リヒテンシュタイン家出身とかいう、お人好しのボンクラにすべての罪をなすり付けてやろう。師弟とか宣っておったからな。──そうだ! 『キングエメラルドの希少性に気付いたブルーデンツ・フォン・リヒテンシュタインは、しつこくブリジットを追いかけ回したが、実家であるサンテティエンヌ家へと逃げ込まれたため敢え無く断念。しかし、長時間追いかけ回され、傷つき、心身ともに疲弊しきったブリジットはそのまま──』というのはどうだ? 使えるだろう」
「理由としては十分でしょう。それにしても、エドラー様も人が悪い。せっかく戻って来られたブリジット様にこのような仕打ちとは……」
「勝手にフローラが生み、勝手にどこぞへ匿った娘に情など湧くはずもなかろう。むしろ、勝手に指輪ごと持っていかれた事に憤りを覚えるわ。……さあ、無駄口を叩いていないで、さっさとその薄汚い小娘を地下へ連れていけ」
「──わかりました」
ガルグマッグがそう吐き捨てると、男はそれ以上何も言わず、ビフテキを担いだまま部屋から出て行った。
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