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魔王のパンツは桃色パンツ
しおりを挟む人界と魔界の境界線──黄泉比良坂。
そこは辺り一面、真っ白な雪に覆われた雪原で、一年中が〝冬〟とされている場所。ひとたび人間がそこへ踏み込めば、どのような装備の者であっても、数時間のうちに凍え死んでしまうという、極限の地であった。
そしてそこは、人界で言うところの流刑地にもなっており、大量殺人犯や国賊といった極悪人を処刑する場所でもあった。
通称、〝ごみ箱〟
人類にとってのごみ。つまり、役に立たない、存在しているだけで、人類にとって不利益にもたらす存在を、棄てる場所。
そんなごみ箱に、まだ顔に火傷の痕が残っていた頃のショウタが棄てられていた。
ショウタはこの極寒の地で、何も着ず、何も与えられず、ただ白き地に伏して、意識が朦朧とする中、自分をこのような境遇に追いやった者たちへの呪詛を、ぼそぼそと、声にならないほどの小さな声で吐き続けていた。
──ザ、ザ、ザ。
軽い足音と、重い足音。
やがて、どこからともなく現れた二つの影が、ショウタを取り囲んだ。ショウタはそれには気づかず、ただ機械のように呪詛を吐き続けている。
「──呵呵。斯様なところに……見よ、アルデバラン。このみすぼらしい人間を。吹けば飛ぶ、塵芥にも劣る劣等種を」
声を発したのは銀髪紅眼で、均整の取れた体躯の女性だった。
女性は傍らにいる、自身の三倍ほどはある身長の大男に話し掛けた。
「……この者が、さきほどから我々に語り掛けていた者でしょうか?」
「ほう、成程、こやつが……。あまりにも強い恨みの念を発しておるから、どこぞの気骨ある魔の者かと思ったが……どうという事は無い。ごみ箱に棄てられし、ただのごみか」
「左様で」
「……興が削がれた。帰るぞ、アルデバラン。どのみちもう助からん。そやつ、凍え死ぬ前に失血で死によるわ」
女性がそう言って踵を返した途端、ショウタの周りの雪がじんわりと赤く染まっていく。
「御意」
アルデバランは恭しく女性に頭を下げると、女性の後をついていった。
「──て……」
「うむ? アルデバラン、何か申したか?」
「いえ、私は何も……」
「──てくれ……」
「しかし、何やら声が聞こえる気がするのう」
「──待ってくれ……!」
「ふぅむ、幻聴かのう。わしももう歳かもしれぬな──」
女性は意地の悪い笑みを浮かべると、背中越しにショウタに語り掛けた。
「──のう、そこなごみよ、お主は何か聴こえぬか?」
「俺が……話し、かけ……てんだよ……クソ……!」
「ほう? 魔王たるわしに対して〝クソ〟とな?」
突如、アルデバランから伸びた巨大な手が、ショウタの頭をギリギリと絞めつけた。もはや叫ぶ気力も、痛みを感じる痛覚もないのか、ショウタはただ何もせず、じっと伏している。
「人間よ。慎重に言葉を選べ。私が貴様に手を下さぬのは、貴様がすでに死に体であるからに他ならぬ。自身の寿命を一秒でも長く永らえさせたくば、その不遜な口をいますぐ閉じよ」
「よいよい」
魔王はアルデバランの腕を優しく払いのけると、ショウタの前でしゃがみ込み、ニヤニヤと笑いながらショウタを見下ろした。
「して、なにか用か、人間よ。貴様がわしらを呼んだのじゃろう? 貴様が吐き続けている恨みは、呪いは、とても下級の魔物共では拾い得ぬモノであった。何かと思い、急ぎ来てみれば、なんと人間が倒れておるではないか。さきほどは素っ気なく言ったがのう、じつは、わし、興味があるんじゃよ」
ショウタは静かに魔王の言葉に耳を傾けていると、小刻みに震えながら顔を上げた。もはや極限下における生命の活動限界を迎えていたのか、ミシミシと首の骨が、筋肉が、音を立てている。
「ほう。貴様……盲か? それにしても酷い火傷じゃな」
魔王は、醜く歪んだショウタの顔を見ても、驚きも嘲笑もせず、ただその紅い瞳で、まっすぐにショウタの顔を見つめた。
いままで事あるごとに醜男の烙印を押され、無視され嘲笑され続けた、ショウタにとって、それはとても新鮮に思えた。
「……ピンク」
そんな死にかけのショウタが、命からがら紡ぎ出した単語は色。
ショウタの眼前──魔王が穿いている下着の色だった。
「な……なあっ!?」
魔王は頬をカァッと紅潮させると、すぐさま立ち上がり、必死に手でスカートのような衣服を押さえた。
「あ、アホか、こやつ! この期に及んで……乙女の秘密を! ……あ、アルデバラン! 貴様、今の聞いておったか!?」
「はい。魔王様が現在穿いておられるのは、桃色下着だと」
「よーし! いますぐ鼓膜を潰せ! そして忘れるのだ! よいな!? これは命令である!」
「御意!」
アルデバランは自身の側頭部、耳孔を掌底で思い切り殴打すると、そのまま何度も地面に頭を打ち付けた。
ズガァン!
ズガァァァン!
ズガァァァァァァン!
アルデバランが雪原に頭を打ち付けるたび、大地が揺れる。
「おうおうおう! 貴様、そこな劣等種! よくもわしに恥をかかせおったな!? 死ぬ準備は出来ておるんじゃろうな! スパーっと首を刎ねてやるから、そのまま昇天するがよい! いや、地獄へ落ちるがよい! そして、もう一度、魔王たるこのわしが丁寧に首を刎ねてやる! 言い残す事はあるか!? ないな!? ほないくぞ!」
「桃色パンツに……悪人は……いない……」
「ま、まだ言うか! この変態! HENTAI! 変態紳士!」
「……魔王様、僭越ながら申し上げますが、変態に紳士もクソもございません」
「知らんがな! さっさと記憶なくさんかい!」
「御意」
ズガァン!
ズガァァァン!
ズガァァァァァァン!
アルデバランは魔王に命じられるがまま、再び、雪原に頭を打付ける作業に戻った。
「……こほん。くだらん問答は終いじゃ。貴様はわしを怒らせた。もはや手を下してやる必要もない。……帰るぞ、アルデバラン! こんな劣等種、放っておけ!」
「し、しかし、魔王様! まだ記憶が……!」
「一生やっとけ! アホ!」
「御意」
ズガァン!
ズガァァァン!
ズガァァァァァァン!
「──じゃあの。愚かな人間。そのまま、アルデバランと共に野垂れ死ぬがよい」
「た……たのむ……待ってくれ……!」
「まだ何か用か?」
「デカいおっさんと一緒に……死にたくない……!」
「まだいうか!」
「……あんた……ごほ、げほ、ま、魔王……なんだろ……?」
「だったらなんじゃ」
「人間……勇者……滅ぼし……グッ……たいんだろ……? だったら……お、俺を……雇ってくれ……! 俺も……! 滅ぼしたい……! 人間を……! あいつらを……! 俺は……! 俺は……!」
「やれやれ、死にかけの人間が何か宣っておるわ。……それに、むしろ、人間をわが軍に引き入れたとなれば、わしは魔物たちの嘲笑の的じゃぞ。貴様を雇うメリットなぞ……メリット……なぞ……んむ?」
魔王が言いかけて止まる。目をぱちくりとさせて、ショウタの死にかけの体を穴が開くほど凝視する。
「あれ? あれあれ? 潜在能力? 内に秘めている魔力量? ……いや、なんつーか、貴様……成長すると、わしより強くね?」
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