縁切りの神様と生贄婚 ~村のために自分から生贄に志願しましたが、溺愛がはじまりました~

西羽咲 花月

文字の大きさ
7 / 14

縁切り

しおりを挟む
よく眠っていた朝方、慌てふためいているような足音が聞こえてきて香ること切神はほぼ同時に目を覚ました。
障子の向こうへ視線を向けるが、まだ夜は開けきっていない。

外は霜に濡れて寒いだろう。
こんな時間に一体誰が。

そう思って薫子が布団の中で上半身を起こしたとき、男の声が聞こえてきた。
「神様頼みます、神様頼みます」

何度もそう言っているのがわかって切神へ視線を向けた。
よほど切羽詰まっているように聞こえる声だけれど、切神は知らん顔でまた目を閉じた。

「心配する必要はない。もう1度眠るといい」
「でも……」

男の声は1人ではない。
二人分の声が聞こえてくる。


まさかまた村でなにか起こったのではないかと気が気ではなくなってくる。
薫子が布団から出ようとしたのを、切神が止めた。

「行かないんですか?」
「昨日のふたりの父親だ。行く必要はない」

そう言われてよく耳をすまえてみれば確かに聞いたことのある声だとわかる。
「千桜と冴子のお父様が、どうしてこんな時間にここに?」

疑問をそのまま口にしても切神はなにも答えてくれなかった。
それどころか寝息を立て始めている。

千桜と冴子の父親がどうしてこんな時間にここへ?
その疑問は香るこの中でどんどん膨らんでいって、やがて我慢ができなくなって立ち上がった。

障子を開けると雨戸の向こうでは太陽が姿を見せ始めているが、思っていた通り霜が降りる寒さだ。
奥深いこの地では11月はもう真冬に近い。

薫子が軽く身震いをすると部屋の中を浮かんでいた火がひとつ薫子の方に乗っかった。
それだけで全身が暖かさに包まれる。


「ありがとう」
薫子は火の頭部を優しくなでた。

指が触れても熱くはない。
火は嬉しそうに薫子の肩の上で踊った。

それから本殿へと向かうと先程聞こえてきた男性たちの声が大きく聞こえてくる。
「お願いします。返してください」

「お願いします」
本殿の扉の隙間から外の様子を伺うと、千桜と冴子の父親が額を地面にこすりつけるようにして願掛けしているのが見えた。

咄嗟に出ていこうとしたが、寸前のところで思いとどまる。
ふたりはこれほどまでなにを願掛けしているのか気になったのだ。

「お願いします切神様。娘を、千桜を返してください」
「貴方様へのご無礼をお許しください。冴子を返してください」

そういうふたりの目には涙が浮かんでいて薫子は数歩後ずさりをした。


千桜と冴子が家に戻っていないことがわかったからだ。
薫子は体の体温がスッと冷えるのを感じていた。

昨日の出来事を思い出し、ふたりが切神の怒りをかったのだとすぐにわかった。
薫子はころげるようにして本殿から寝室へと戻った。

「そんなに急いでどうした」
切神は布団の上で正座をして薫子が戻るのを待っていた。

薫子は肩で呼吸をしながら、切神の前に座った。
「切神さま、千桜と冴子になにをしたんですか」

質問する声が震える。
縁切りの神様ができることと言えばひとつだけ。

それは、縁を切ることだ。
「この村との縁を切った」

冷たい言葉に薫子の体が硬直した。
目を大きく見開いたまま動くことができない。


「それじゃ、ふたりは……」
「もう村に戻ることはないだろう。でも、死んではいない。あのふたりなら別の村でもたくましく生きていくことができると考えてのことだ」

「そんな……!」
千桜と冴子がたくましいのはわかっている。

だけどもう二度と村に戻らないなんてひどすぎる!
「ふたりの父親は自分の娘を探しています。今すぐふたりをこの村に戻してください!」

「探しているのなら自分がこの村から出ていけばいい。村との縁を切っただけで、父親との縁は切っていないのだからな」
「どうしてそんなことを……!」

この村で生まれ育った人たちはこの村に愛着がある。
そう簡単に出ていけるものではない。

「人はどこででても生きていくことはできるものだ」
切神はそう言うと立ち上がり、寝室を出ていってしまったのだった。


☆☆☆

それから数時間後。
薫子は朝食を作るために土間にいた。

すでに味噌汁のいい匂いがしてきているけれど、どうも料理に集中できない。
切神の言い分も理解できるけれど、千桜と冴子へ対する処罰がおもすぎる気がしてならない。

昨日のことを思い出すと薫子の胸は痛むけれど、なにも村から追放しなくてもと思ってしまう。
ぼーっとしながら漬物を切っていると、つい手先がぶれてしまった。

「痛っ」
指先を切ってしまってジワリと血が滲んでくる。

久しぶりに刃物で指を切ったため、その痛みは全身に駆け抜けていくようだった。
「どうした、大丈夫か?」

薫子の声を聞きつけて切神がすぐにやってきてくれた。
「派手に切ったな」

薫子の手を少し乱暴に掴んで、水で血を洗い流す。
大げさに出血しているけれど、傷口は浅そうだ。


それを確認した切神は安心シたように頷き、救急用具を取りにくと、またすぐに戻ってきた。
切神が持ってきた焦げ茶色の木の箱の中には薬草や包帯が常備されている。

「これを塗っておけばすぐに治る」
切神が敵輪よく薫子の指先に薬草を塗りつけて、その上を包帯で巻いていった。

ケガの割に大げさに見える処置だったけれど、切神は満足そうにしている。
「続きは私がやる。薫子は休んでいるといい」

「そんな、これくらいのケガどうってことはありません」
そういう薫子を強引に寝室へと押しやってしまった。

土間からは包丁の小気味いい音が聞こえてくる。
その音に耳を傾けながら薫子は小さくため息を吐き出した。

切神はきっと根はいい人なんだろう。
それは薫子への扱いでよくわかる。


だけど逆鱗に触れれば縁を切られてしまうのは難点だった。
千桜と冴子とだって話をすれば理解しあえたあずだ。

1人悩んで落ち込んでいるところに、火がやってきた。
まるで薫子を慰めるようによりそってくる。

「ありがとう。あんたは私の気持ちがわかるのね?」
火はコクコクと頷くように揺れて、薫子の肩にとまる。

その途端体があたたまるだけではなく、心までジワリとぬくもりを感じられて薫子は目を閉じた。
誰にも相談できない今の状況で唯一の心の救いと言えた。


☆☆☆

「今日の汁物のうまいな」
それから数日後の朝。

朝食を囲みながら切神が笑顔を見せる。
いつも険しい表情をしている切神だけれど、薫子の前では笑顔を見せる機会が増えていた。

こうして食事をするときも必ず褒めてくれる。
「ありがとうございます。昨日芋が取れたので入れてみました」

薫子の菜園も最近では賑やかになってきている。
切神が与えてくれた果物のお陰で四季折々の野菜や果物が簡単に身をつけるようになったからだ。

お陰で朝から食卓は賑やかだ。
甘いさつまいものお味噌汁に、ふきのとうの天ぷらに、ナスの漬物。

朝にしては少し豪華すぎたかもしれないが、様々な食材が採れることが嬉しくて、あれもこれも料理したくなってしまう。
「明日にはきゅうりが収穫できるんじゃないか?」


「そうですね。夏野菜も育って来ているので塩漬けにして食べましょうか」
「それは美味しそうだな」

薫子はそっと自分の指先に視線を向けた。
そこにはまだ包丁でケガをした後が残っているけれど、もうほとんど目立たなくなり水仕事をしてもどうってことはなくなっていた。

それに気がついた切神が「もう少しよくきく薬草を準備しておこうか。ちょっと治りが遅いか」と、心配してきた。
薫子は慌てて左右に首を振り「もう十分治っています」と、指を曲げたり伸ばしたりして見せた。

「そうか。それならよかった」
そう言ってまた笑みを浮かべる。

だけど切神が安易に笑顔を見せるのは香るこの前だけでのことだった。
村人がお参りにやってきたことに気がついても笑顔は見せないし、その姿を相手に見せることもしない。

もう少し社交的でもいいのにと思うようになっていた。
「切神さまはお友達はいないんですか?」


不意の質問に切神が食事の手を止めて薫子を見た。
「友達?」

「はい。この村で友達を作ればいいと思います」
「千桜と冴子のことを言っているのか? それならふたりとも元気だから安心するといい」

「そうじゃなくて……」
神様自身のことをあんじているのだと言いかけて口を閉じた。

神様はもう何年、何十年、何百年とここにいる。
村のことならなんでも知っている人に友達のことを質問するなんて愚問だったと今更気がついた。

「ご、ごめんなさい。忘れてください」
薫子は慌てて居住まいを正して頭を下げた。

だいたい、神様が人間お友達になるはずがない。
「昔は私にも友達がいた」

意外な言葉に薫子は「え?」と、顔を上げた。


すると切神は懐かしそうに目を細めている。
「私がここへ来てすぐの頃だ。その時は私も子供の姿だった」

当時は神社ももう少し賑わいがあり、小さな子どもたちの遊び場となっていたらしい。
そんなときによく遊びに来ていた5歳くらいの男の子がいた。

その子は山から下りてきて、山に帰っていく。
他の子と混ざって遊びたそうにしているけれど、その子だけはなぜかいつも遠くからみんなを見ているだけだった。

「どうしてですか?」
1人だけ混ぜてもらえないなんて可哀想。

そう思ったが、切神は穏やかな表情で話を続けた。
「私にはその子供の正体がすぐにわかったよ。その子はたぬきの子供だったんだ」

切神は思い出し笑いをしている。
「た、たぬきですか?」

「あぁ。この山に暮らしているたぬきだ。きっと子どもたちの声が聞こえてきて楽しそうだったから、化けて出てきたんだろうな。だけど人間の子どもたちも敏感で、自分たちとはなにか違うと感じたんだろう。この子だけは遠ざけていた」
「だから1人ぼっちだったんですね」

切神は頷いた。
「それで、私も人間の子供の姿になってたぬきの子と遊び始めたんだ」

「それが、切神さまの友達ですか?」
「そういうことだな。だけど相手はたぬき。長く生きても10年くらいだ」

切神はそう言うと言葉を切った。
なんとなく切ない雰囲気が室内に漂う。

「そ、そのたぬきはきっと楽しかったと思います」
思わず、声が大きくなった。

「切神さまと遊べて、楽しかったと思います」
「あぁ。私もそう思っている」
切神はそう答えて微笑んだのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

処理中です...