テスター

西羽咲 花月

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捜索~久典サイド~

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それは自宅でのんびりと夜のテレビを見ているときのことだった。


テーブルに置いてあったスマホが震えて画面を確認すると、千紗の家からの電話だった。


「なんで家からなんだ?」


俺は首を傾げて呟く。


リビングでは今日が誕生日の妹がはしゃいでいるので、廊下へ出て電話に出た。


「もしもし?」


千紗からの電話だと思っていたから、いつもの調子で声をかける。


すると電話口から聞こえてきたのは千紗の父親の声だったのだ。


『久典君かい?』


その言葉に咄嗟に背筋が伸びた。


千紗の両親とは3回ほど会ったことがあり、そのときに家の番号も教えてもらっていた。


相手の番号を教えてもらっておいて自分の番号を教えないわけにもいかないため、そこで番号交換をしたのだ。


「は、はい」


緊張で声がうわずってしまった。


『突然電話をかけてすまないね。ちょっと聞きたいことがあったんだ』


「聞きたいことですか?」


千紗の両親が俺に聞きたいことってなんだろう?


学校のことなら千紗に聞けばいいだけだし。


全く心当たりがなくてとまどうばかりだ。


『千紗がそっちにお邪魔してないかい?』


その言葉に俺は一瞬キョトンとしてしまった。


「いえ、来ていませんが……」


仮にきていたとしても、今はもう夜の10時だ。


とっくに送って帰っている時間だった。


『そうか……』


「あの、千紗がどうかしたんですか?」


『あぁ。実はまだ帰ってきてないんだ』


「え?」


『電話にも出ないし、メッセージも既読にならない。久典君、なにか知らないか?』


「いえ、特になにも……」


今日の放課後、千紗は居残りになった。


送っていくために待っているつもりだったが、千紗が先に帰っていいと言ってくれたのだ。


居残りは千紗ひとりじゃなかったし、今日は妹の誕生日だからその言葉に甘えさせ
てもらった。


『そうか……』


「あの、俺も千紗さんの連絡を取ってみます」


『あぁ、頼むよ。もしかしたら、久典君からの連絡なら返事をするかもしれない』


それには答えず、電話を切るとすぐに千紗に電話をかけた。


しかしいくら待ってみても、電話に出る気配はなく。


留守電になってしまう。


「千紗、今どこにいる? みんな心配してるから、これを聞いたら連絡して」


そう吹き込んで電話を切り、更にメッセージも送った。


これで、気がついてくれるといいけれど……。


☆☆☆

それから1時間が経過していた。


千紗から折り返しの電話もないし、メッセージに既読もつかない。


さすがにいてもたってもいられなくなってきて、俺はこっそり家を出て千紗を探し始めていた。


「一体どこに行ったんだよ……」


千紗の父親に寄れば一度も帰ってきていないそうだから、まだ制服姿のはずだ。


紺色の制服は夜の闇に溶け込んでしまう。


変な男に声をかけられる心配もあるし、探している間中気が気じゃなかった。


「久典君?」


千紗と言ったことのある公園に差し掛かったとき後ろから声をかけられて振り向いた。


「あっ」


そこにいたのは懐中電灯を持った千紗の両親だったのだ。


2人も近所や学校付近を捜していたみたいだ。


「千紗を探してくれているのかい?」


「はい。電話をしても返事がないので、気になって」


「そうか、君からの電話にも出なかったか……」


千紗の両親の表情は焦燥感で溢れている。


「学校や家の近所は探したんだが、他に行きそうな場所はないかい?」


聞かれて、俺はうなづいた。


もう閉店時間だけれど、これから千紗と行ったことのある店に行こうと思っていたところだ。


「よし、空き地に車を止めてあるから、それで移動しよう」

☆☆☆

それから俺たちは覚えのある場所をすべて見て回った。


一緒に行ったゲームセンター。


ボーリング場にカラオケ。


それにショッピングセンターや神社まで。


しかしどこにも千紗の姿はなく、気がつけば12時が回っていた。


「つき合わせてしまった悪かったね」


家まで送ってくれた千紗の父親は申し訳なさそうに言った。


「いいえ。何もできなくてすみません」


千紗からの連絡はいまだになく、不安が胸に膨らんできていた。


でも、俺よりもこの2人のほうがよほど心配しているはずだから、できるだけ顔には出さないようにした。


「いや。久典君のおかげで千紗が遊んでいた場所がわかったし、助かったよ」


「そうね。明日の昼間、また探しに行ってみましょう」


玄関に入る前にふと思い出したことがあって立ち止まった。


「実はひとつだけ気になることがあるんです」


「なんだい?」


「なにも関係ないと思うんですけど、学校でテスターっていう都市伝説を聞いたんです」


俺はおずおずとテスターについて説明した。


こんな話をしても千紗と繋がるものはないと思うが、こういう噂が立つと言うことは近所に不審者が出ているということかもしれない。


「そうか。そんな都市伝説があるんだな」


千紗の父親は顎に手を当てて考えこんだ。


「聞いたことがありますか?」


「いや、初めて聞いたよ。教えてくれてありがとう。千紗から連絡があったら、すぐに知らせてくれるかい?」


「もちろんです」


俺は大きくうなづき、2人と分かれたのだった。


☆☆☆

その日はろくに眠ることができないまま朝を迎えていた。


7時のアラームを消してスマホを確認するが、千紗からの連絡は入っていない。


「どこに行ったんだよ……」


呟き、いつもより随分早いけれど制服に着替えをした。


このまま登校時間までのんびりしていられるほど、落ち着いていられなかった。


キッチンで焼いていないパンをほお張り、そのまま玄関へ向かう。


「久典、そんなに慌ててどうしたの?」


靴を履いているときに母親が追いかけてきて、そう声をかけた。


「昨日の晩から千紗が家に帰ってないんだ。連絡も取れないし、ちょっと早く出て近所を探してから行く」


俺の言葉に母親が目を丸くするのがわかった。


「千紗ちゃんが帰ってないって、どういうこと?」


「わからないんだ。じゃ、行ってきます」


まだなにか聞きたそうな母親をその場に残して、俺は家を飛び出したのだった。


☆☆☆

家を出た俺は真っ直ぐ千紗の自宅に向かって歩き出した。


ここから徒歩で10分くらいの場所だ。


千紗の自宅へ向かいながらもコンビニの中を確認したり、公園で立ち止まったりして千紗を探す。


どこにもいなくて肩を落としてしまいそうになったとき、やっと千紗の家に到着した。


呼び鈴を鳴らすと、すぐに父親が出てきてくれた。


その顔は疲れて、目の下にクマがクッキリとできている。


昨日1日でずいぶん老けてしまったようだ。


「久典君、こんなに早くに来てくれたのか」


俺の顔を見てかすかに微笑み父親。


しかしその表情の中には安心した様子が見られなくて、千紗はまだ戻ってきていないのだと安易に想像できた。


「あの、千紗は?」


「まだだ」


左右に首をふる父親にやっぱりかと落胆する。


一体どこに行ってしまったんだろう。


「これから警察に連絡するつもりなんだ」


警察という言葉に一瞬背中が冷たくなった。


千紗が事件に巻き込まれてしまったんじゃないかと、嫌な予感が胸をよぎったのだ。


俺は左右に首を振り、その考えをかき消した。


そんなはずない。


千紗に限って事件に巻き込まれるなんてこと……!


「そうですか……」


「だから、久典君は安心して学校に行きなさい」


そう言われ、俺はうなだれて歩き出したのだった。


☆☆☆

B組の教室に入ると千紗がいる気がしていたけれど、やっぱりそこに千紗の姿はなかった。


俺が早く来すぎたせいもあって、智恵理と栞の姿もない。


あの2人なら千紗の行動をなにか知っているかもしれない。


昨日は3人で居残りをしていたのだから。


そんな期待を持って2人が登校してくるのを待っていたのだけれど、時間ばかりが無常に過ぎていく。


結局3人とも姿を見せないまま、担任の先生がホームルームを始めてしまった。


「今日はみんなに大事な話がある」


先生が改まった様子で咳払いをし、クラス全体を見回した。


「実は昨日から小川さんと西角さんと岩吉さんの3人が家に帰っていないそうだ」


その言葉に俺は目を見開いた。


千紗だけじゃなく、智恵理と栞も家に戻っていないということなのだ。


さすがに教室内がざわめいた。


「仲がいいから、3人でどこか行ったんじゃない?」


「そうかもね。きっと遊んでるんだよ」


そんな言葉が飛び交う中、嫌な予感がして心臓が早鐘を打ち始めていた。


本当にただ遊んでいるだけだろうか?


両親に心配までかけて、あの3人が?


勉強はできないかもしれないけれど、そんな不謹慎なことをするとは思えなかった。


特に千紗は両親のことを大好きだと言っていた。


他の2人だって、熱心にアルバイトをしていたりするから人の迷惑になることを率先してやるとは思えなかった。


ホームルームが終わったとき、先生が真っ直ぐ俺の席へと歩いてきた。


「守屋少しいいか?」


「はい」


先生について廊下へ出ると、千紗のことについて質問をされた。


「なにか知っていることはないか?」


その質問に俺は左右に首を振った。


「俺も昨日から探したり、連絡をとてみたりしてるんですけど、全然ダメで……」


「そうか。先生も探してみるから、なにかわかったらすぐに教えてくれよ?」


「はい」


もちろんそのつもりだった。


教室へ戻ると、心配そうな顔をした郁乃が駆け寄ってきた。


「千紗がいなくなったのって、本当なの?」


「あぁ」


先生がそんな嘘をつくわけないだろ。


そう言いたかったけれど、黙っていた。


「でもみんな3人で遊びに行ったんだって言ってるし、きっと大丈夫だよ。それより、久典君に連絡もしないなんて、なにを考えてるのかな?」


郁乃の怒りを含ませた言葉を無視して、自分の席へと向かう。


椅子に座ってスマホを確認してみるけれど、やっぱり千紗からの連絡はなかったのだった。


☆☆☆

それから授業が始まっても実に入らず、先生の声は右から左へと流れていくばかりだ。


俺は暇さえあればスマホを確認した。


「おい久典、そんなに気にしても仕方ねぇじゃん」


休憩時間になって友人が声をかけてくる。


その表情はさほど心配していないように見えて、憤りを感じた。


3人も同時にいなくなっているのにどうしてそんなのうのうとしていられるんだという感情がわきあがってくる。


でも、みんなからすれば3人が同時にいなくなったからこそ、危機感がないのだろう。


「ごめん。俺千紗を探しに行くから」


もしかしたら学校内にいるかもしれない。


その可能性は極めて低いことはわかっている。


すでに昇降口に千紗の靴がないこともわかっていた。


それでも、のんびりしていられなくて、俺は一人で教室を出たのだった。


☆☆☆

普段生徒たちが使う教室にいれば、すぐに見つけることができる。


だから俺はめったに使われていない空き教室や、部室棟を重点的に探すことにした。


といっても、休憩時間は15分だ。


その間に調べられる範囲なんてたかが知れている。


今回は最上階の空き教室を調べただけで休憩時間は終わってしまった。


他にも旧校舎があったり、外のトイレや物置もある。


誰も立ち入らない場所は以外にも多いことに気がついた。


授業開始を知らせるチャイムを聞きながら、絶対に千紗を見つけ出してみせると、個々とに決めたのだった。
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