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第一部
自分のなすべき事
「ヤヌシュ……!来ていたのね」
「王宮で行われる舞踏会だからね、公爵家の者が来ないわけにはいかないよ。そう言えばこんなところに君を一人で残しているとは、公爵閣下は愛しの婚約者を放ってどこにいるの?」
愛しの婚約者だなんて、私の心を抉るような言葉を言われ、胸が苦しくなってしまう。
もちろんヤヌシュは、ドミニク様が今も奥様を想っている事や私たちが愛し合って婚約したわけではない事を知らないのだろうから、普通に言っただけなのだろうけど。
私にはとてつもないダメージを与える言葉になっていた。
「……ドミニク様はご友人方に挨拶に回っているわ。私はたくさん踊って暑かったから涼みたくて自分からバルコニーに来たの。決して彼が私を放っているわけでは……」
「ふん、あんなに大切そうにしておきながら、この体たらく……僕だったらずっとそばにいてあげるのに」
私はヤヌシュの言葉に驚き、固まってしまう。
ヤヌシュと婚約している時、あなたが私の隣りにずっといてくれた事などなかったじゃない。
それとも私が魔女の血を受け継ぐ者だと分かったから、今度こそ離れないとでも言いたいの?
隣でずっとヤヌシュにしな垂れかかっているナタリア嬢は、私たちのやり取りを見ながらクスクスと笑い、こちらに嫌な笑みを向けていた。
どうしてこの状況で笑っていられるのだろう……自分の愛する人が他の女性に話しかけている場面なのに。
私はナタリア嬢には同情の気持ちすら持っていた。
観劇の時もヤヌシュはナタリア嬢にとても失礼な態度だったし、私が婚約者の立場だったらいたたまれなくて帰っていたかもしれない。
でも彼女はあの時も今もまったく意に介している感じがないのだ。
二人の様子に酷い違和感を感じていると、ヤヌシュが畳みかけるように衝撃の言葉を伝えてきたのだった。
「ねぇ、僕のところにおいでよ。あんなおじさん、君より先に亡くなってしまうんだから、君が寂しい思いをするのは目に見えている。僕の方が若いし、色んな面で君を満足させてあげられる」
自分の婚約者が隣りにいるのに、平気で下品な事を言い放つ。
そして舌なめずりするかのように近づいてきて、私の手首を掴んできた。
色んな面で満足とは――――閨の事を言っているの?
幼い頃のヤヌシュはとても可愛くて純粋で、楽しく遊んでいた記憶が壊れていく……あなたはもう本当に変わってしまったのね。
それにドミニク様をおじさん、おじさんと何度も言われ、自分が貶められるよりも深い怒りがこみ上げてきた。
「ひっ!」
ナタリア嬢が私を見ながら、化物でも見るかのような表情をしている。
その表情で自分に何が起こっているのか、ようやく気付いた。
ドミニク様を貶められた怒りと変わってしまった幼馴染への悲しみで、髪が光り輝き、髪の一筋一筋がふわふわと浮き上がっていたのだ。
体までほんのり光り輝き、力が暴走しようとしているのを感じた。
ダメよ、ここは王宮なんだから私が力を使ったらどうなるか……!
必死に自分に言い聞かせて深呼吸する。
「すごい…………やっぱり父上の言っていた事は本当だったんだ……」
「手を離して、ヤヌシュ」
具現化している私に見惚れているのか、彼の耳には全く届いていないようだ。
だんだんとヤヌシュの様子が怖くなり、心の中で彼の手が離れてほしいと願っていると、ヤヌシュの手がパンッと弾かれる。
「いたっ!」
そしてその反動でよろけたヤヌシュが、ナタリア嬢に支えられる形となった。
「あなたがどう思おうと勝手だけど、私が生涯で愛する人はドミニク様だけよ」
私の心からの想いをヤヌシュに伝える。
自分の心が落ち着きを取り戻したのかスッと輝きが消え、通常の状態に戻ったのだった。
良かった……これでドミニク様の元へ向かえる。
「2人とも、ごきげんよう」
私は笑顔で2人にそう言い残し、バルコニーから舞踏会の場へ戻る扉の前へと駆けていく。
「クリス、姉上はあの男に殺されたんだぞ!あんな男と結婚したら、君はきっと後悔する事になる!」
ヤヌシュは私に向かって、ありもしない事実を叫んだ。
この人は何を言っているんだろう……そんなわけないじゃない。
だってテレージア様が亡くなった時、あんなに落ち込んでいたのに。
今だって彼の心の中には――――
「あなたのお姉様は、病で亡くなったのよ。病が何かは分からないけれど……ドミニク様のせいではないわ。聞かされていないの?」
「それは……」
まさか亡くなった理由を知らない?
ヤヌシュの様子に愕然としてしまう。
恐らくフェンデルバーグ公爵がドミニク様のせいだと思い込ませていたのでしょうけど……少し調べれば分かる事だわ。
「それにね、ドミニク様はヤヌシュのお姉様をとても大切になさっていたわ。彼のせいで亡くなったなんてありえない」
「どうして言い切れる?君に何がわかるんだ!」
「分かるわよ……だって…………」
「ふん、君だってそう言い切れる証拠も何もないじゃないか」
「私には分かるの……だって、ドミニク様は今でも亡くなった奥様を愛しているのだから!」
「え…………今でも?」
ヤヌシュの驚き目を見開いている表情を見て、私は自分が失言をしてしまった事に気付く。
マズいわ……私たちの婚約が愛によって結ばれているわけではないと、ヤヌシュに伝えてしまった事になるじゃない。
私はその場に留まっているとヤヌシュに質問攻めにあいそうだと感じ、逃げるようにバルコニーから走り去った。
後ろからは私を呼ぶヤヌシュの声が聞こえてきたけど、振り切るように会場を急ぎ足で通り抜ける。
たとえ私たちが愛し合っていなくても私はドミニク様を愛しているし、彼への気持ちが変わる事はない、それだけは確信できる。
ヤヌシュを選ぶ事はあり得ないのだから……そう思いながら舞踏会場を見渡したけれど、ドミニク様の姿はまったく見当たらない。
ご友人と違う場所でお話をしているのかしら。
ホールにはいない事を確認し、その場を後にした。
あちこちのサロンも探し回ったのに、全然見当たらないわ。
早くドミニク様に会いたい……ドミニク様が誰を一番に想っていても、私の心は永遠に彼のものだから、それだけを伝えたい。
先ほどのヤヌシュの様子を見て、私が魔女の血を受け継ぐ者だという事をやはり知っていたのだと確信する。
もしかしたらこれから魔女であるが為に、色々な事に巻き込まれてしまう事、ドミニク様も巻き込んでしまうかもしれない事を頭に入れておかなくてはいけない。
伝えられる時に自分の気持ちを伝えておかなくては、きっと後悔をする事になるわ。
迷いがないうちに伝えたい――――
中庭に来た時にドミニク様の低い声が聞こえてきて、ようやく見つけられた喜びで駆け寄る。
しかしもう一人誰かと話している声が聞こえてきたので、声をかけるのを躊躇してしまうのだった。
お友達かしら?
私が突然話に入ってしまったら迷惑よね……タイミングを見計らうべきだと思った私は少し廊下で待ってようとその場を去ろうとすると、自分の事を話しているのが聞こえてきて、思わず立ち止まってしまう。
「お前がチェザーレのところの娘と婚約するとはなぁー……やりずらくはないか?」
「大丈夫だよ。チェザーレも納得してくれているし、ティナにも同意を得ている」
「同意とかの問題じゃなくて、ジアと全然違うタイプだろ?それにそれだけ年が離れていて、女として見られるのか心配しているんだよ。俺みたいな年齢の者がお前達を見ても本当に親子みたいだし、まだ子供だろ」
「……ああ、そうだな。でも……」
…………聞いているだけで胸がドキドキしてくる。
『まだ子供だろ』
私が一番聞きたくない言葉だった。
ドミニク様はどう答えるのだろうと息を飲んで固まっていたところに「ああ、そうだな」という最悪の答えを聞いてしまう。
子供だと思われているのは分かってはいたけれど、本人の口から同意の言葉は聞きたくはなかった。
まだ奥様を想っているからって言われた方が良かったかもしれない。
せっかく気持ちを伝えようと決意したばかりなのに。
なんとかその場から離れようとした瞬間に物音を出してしまう。
――――ガササッ――――
「誰だ?!」
「…………ティナ?」
しまったわ……見つかってしまうなんて…………私はゆっくりと振り返りながら、ひとまず言い訳をしてみる。
「ご、ごめんなさい。ドミニク様を探していて……決して邪魔をするつもりは…………」
一緒にいたご友人はバツが悪そうにしている。
そしてドミニク様の肩にポンッと手を置いた後、私に軽く会釈をしてその場を後にし、私は中庭にドミニク様と2人になってしまうのだった。
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