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夜の庭園でダンスを
しおりを挟む何が起こったの……先ほどまで絶体絶命だったのに。
ひとまず助けていただいたのでお礼を伝えないと。
「パッカニーニ公爵閣下……助けていただき感謝いたします。大変助かりましたわ」
あまりにホッとして思わず笑顔になってしまう。
本当に助かったわ……心からの感謝の気持ちが伝わってほしい。
あのままあの男性の嘘を信じられてしまったら、私はふしだらな女として広まり、もうどこかへ嫁ぐ事など出来なかったもの。
あらためて閣下をよく見ると、オレンジ色の瞳が煌めき、切れ長の目に漆黒の髪は獅子のたてがみの様で、とても野性的だけれどとても美しい。
ホッとしたのも相まって、思わず見惚れてしまう。
「カタリナ王女殿下、我が国の者が大変な無礼を働き、申し訳ございません」
「閣下!頭をお上げください……!」
私の手を取り、片膝をついて深々と頭を下げる姿に私の方が動揺してしまう。
「いいえ、これは許される事ではありません……!何とお詫びをすればよいか……」
閣下の表情はとても苦悶に満ちていて、私に対して申し訳ない気持ちが溢れていた。
体が大きく、先ほどまで男性が震えあがるほどの威圧感を放っていた方が、こんな風に頭を下げてくるなんて……そういえばパッカニーニ公爵の事は我が国でも聞いた事があるわ。
公爵でありながら騎士団をまとめる騎士団長でもあり、彼が戦場に立てば敵兵も震え上がるほどの強さでまさに「鬼神」と呼ばれているとか。
そんなお方が私に片膝をついているのが新鮮で、申し訳なくて。
私は国でも透明人間のような存在感の王女なのに。
閣下のように素晴らしいお方がひれ伏すような、大層な人間ではない。
私は閣下の優しいお心を無碍にしないよう、注意しながら言葉を返した。
「閣下。それならば少しお話相手になっていただけませんか?」
「話し相手……」
「はい。この美しい庭園についてお話する方がいなくて残念だと思っておりましたの」
「それはいいのですが……私が怖くはないのですか?」
私は一瞬目が丸くなってしまう。
閣下が怖いというのはどういう意味なのかしら……先ほど大剣を抜いていたから怖がらせたという意味かしら。
でも私には両親やお姉様達、お兄様の方がよほど怖い。
鬼というのはああいう人の心がない人達の事を言うのだと思う。
閣下は私を信じて追い払ってくれたので、怖いという感情は微塵も持っていなかった。
むしろその姿に見惚れていた、とは言えないわね。
「ふふっ。助けていただいた相手が怖いだなんて、あり得ませんわ」
「そうですか」
小さく呟いて少し表情を緩めた閣下の微笑みに、心臓がドクドクと脈打つ。
顔も熱いし、こんな事初めて――――
閣下に言ったら怒られてしまいそうだけど、大きな体格に対して笑顔がとても可愛らしい。
「では、隣りに座す事をお許しください」
「もちろんです」
閣下は遠慮がちに隣に腰をかけ、こちらを見てまだ微笑んでいる。
こんなに素敵な笑顔を向けられたら、勘違いしてしまいそう。
鬼神としての顔と笑顔のギャップがあり過ぎて……私は庭園の方へ視線を移し、再び話し始めた。
「この庭園は庭師がデザインをしているのでしょうか?」
「いえ、王太子殿下の御母上である王妃殿下と庭師が話し合い、決めていると伺ってます」
「まぁ……こんな素敵な庭園を造られるなんて、素晴らしいお方なのでしょうね」
私の言葉に閣下から、この国の王族や歴史などが次々と語られていく。
自国の王族が褒められたのがよほど嬉しかったのかしら。
全く止まる事なく話し続けるので可愛らしく思い、しばらく耳を傾けて、思わず笑いがこぼれてしまう。
「うふふっ。閣下はこの国を愛していらっしゃるのね」
「はっ……申し訳ございません!私ばかり話してしまいました」
「いいのです。とても羨ましくて」
自分の国を愛する事が出来るって幸せな事だもの。
私も祖国をそんな風に自慢し、誇りに思えたらいいのに……でもそれは永遠に叶いそうにないわね。
こんなにも愛国心に溢れる閣下の前で、自国の事など言えるはずもない。
「カタリナ王女殿下?」
私が黙ってしまったので心配した閣下が、こちらの様子を窺っている。
私を気遣う者など国にはいない。
閣下のそばにいればこうやって気遣っていただけるのかしら。
その笑顔もキョトンとした表情も、私を助ける為の鬼気迫る表情も全部……私だけに向けられるものだったらいいのに。
こんな風に他人に対して思うのは初めてだわ。
自分でもよく分からない感情が湧いていきて戸惑ってしまい、動揺を悟られないように立ち上がった。
「閣下、ダンスをしませんか?」
「ここで、ですか?」
「はい!こんなに月が美しくて素敵な庭園があるのです。ここで一曲踊るのも一興かと」
私は閣下に手を差し出した。
女性から誘うのははしたないかしらと思いながらも、王宮からは少し音楽が聞こえてきていたし、ほどよい解放感が私を大胆にしていた。
王宮に戻ればまた王女の顔に戻り、接待としてのダンスが待っている。
でもこのひと時だけは二人だけのダンスにしたい――――
私の願いが伝わったかのように閣下が柔らかく微笑み、私の手を取って甲にキスをする。
「よろこんで」
彼の肩に手を置き、音楽に合わせてステップを踏んでいく。
流れるような動きと私を導く動き……素晴らしいわ。
私はそれほど上手な方ではないにも関わらず、まるで上級者になったような気持ちにさせてくれる。
「凄い……!私が何もしなくてもダンスになっていますわ!」
「ご謙遜を。王女殿下の動きが良ければこそです」
結局3曲ほど踊り、私の体力が限界に達した為に終了した。
私は息が上がっているのに、目の前の閣下は全く平然としている。
「大丈夫でしょうか?」
「はぁ……はぁ……お心遣い、感謝します。ふぅ……日頃の鍛錬の違いでしょうね。身に沁みましたわ」
「ふははっ」
あまりに私の息が整わない姿が面白かったのか、声を上げて笑う閣下。
ちょっぴり恥ずかしい……でも子供みたいに笑うお顔も可愛らしいわ。
大の大人に、しかも鬼神と恐れられる騎士団長に可愛いだなんて言ったら、きっと嫌な気持ちにさせてしまいそうで言えないけれど。
「パッカニーニ公爵閣下、今夜は本当に感謝の気持ちでいっぱいです。何かお礼が出来ればいいのですが……」
「王女殿下からお礼をいただくわけには参りませんので」
「そう、ですわよね……差し上げても困らせてしまいますわね」
私のような者からお礼をもらったなんて、閣下にとって汚点になってしまいそうだもの。
バカな事を言ってしまったと思っていると、パッカニーニ閣下が私の髪をひと掬いし、髪の一部に口付ける。
何が起きているのか理解出来ず、その場で立ち尽くしながら閣下を見つめた。
ちゅっという乾いた音……そして顔を上げた閣下は月を背に鋭い瞳を光らせて私を見据える。
「お礼はこれで」
「は、い……」
心臓が止まってしまいそう。
本当なら髪に触れられるなんて誰であろうと嫌なはずなのに。
全然嫌じゃない自分がいる……それどころかもっと触れてほしいだなんて、はしたないわよカタリナ。
すると足音が聞こえてきて突然顔を出したのは、お兄様だった。
「カタリナ、いつまで休んでいる」
「お兄様!」
「これは王太子殿下。王女殿下は具合が悪そうでしたので、僭越ながら護衛をさせていただきました」
「パッカニーニ閣下!愚妹が大変失礼を……閣下のお手を煩わせてしまうとは。カタリナ、閣下に謝るんだ」
お兄様は国で見せるような私を蔑む目を向け、閣下の前で私を叱責した。
さっきまでの時間は夢だったかのように幸せな気持ちが消えていく――――
「王太子殿下、差し出がましいようですが、今日の主賓であるお二人が祝宴の場にいないとなると、ホールが騒ついてしまいます。お早めにお戻りになられるべきかと」
「む、それもそうだな。カタリナ、戻るぞ」
「はい」
また助けてくれた――?
お兄様に腕を引かれながらも閣下の方をチラリと振り返る。
するとほんの少しだけ頭を下げた気がして、私も一瞬だけ笑顔を返した。
「グズグズするな、恥晒しが」
お兄様は相変わらず辛辣だったけれど、私の胸は痛むどころか温かさで満たされていた。
こんな気持ちになれる人に出会えるなんて……祝宴に連れ戻された後も頭はふわふわ浮ついていて、気付けば祝宴は終わり、帰国の途に着いていた。
結局閣下には庭園の後も顔を合わせる事はなかったけれど、あの夜の出来事は灰色だった私の人生に確かな色を与えてくれた。
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