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夢であってほしい結婚式の日
しおりを挟む公爵家に到着したその日は旦那様の帰りが遅く、翌日に朝食こそ一緒にとる事が出来たけれど、ほとんど会話もないまま。
そして会えない日々が続き、夜に邸の侍女たちがこっそり話している内容が物陰から聞こえてしまう。
「今日も旦那様は遅いの?」
「そうみたい……もう少しでお式なのに。カタリナ様がお可哀想」
「噂ではヴェローナ様のところにいるとか」
「え!あの幼馴染の伯爵令嬢?!」
「シ――ッ!万が一カタリナ様に聞かれでもしたらどうするの!」
聞いてはいけないと思いつつ、足が床に縫い付けられたように動かない。
冷や水を浴びせられたかのような気持ちになり、足元が凍り付いていく。
旦那様に幼馴染の貴族女性の存在が……それほど仲が良い女性が……?
ううん、まだその方のもとにいるとは決まっていないわ。噂を鵜呑みにするなんてダメよ。
必死に自分に言い聞かせるも、心臓の鼓動が早くなり、呼吸が浅くなっていく。
侍女たちは誰もいないのをいい事に、会話を続けていく。
「あの伯爵令嬢が旦那様とご結婚するものだと思っていたけど……」
「その話で持ち切りだったものね!」
「本当に驚いたわ」
「カタリナ様はどうやって旦那様を奪ったのかしら」
「失礼だけど外見もそれほど……なのに」
「滅多な事を言ってはダメよ。二人が恋仲だった証拠もないし」
私はここまで聞いて、踵を返した。
もうこれ以上この話を聞くのは無理……この国では私が伯爵令嬢からレブランド様を奪った事になっているの?
ううん、そう思っている人が少なからずいるという事なのね。
物凄く浮かれてこの邸に来た事を激しく後悔した。
縁談の申し込みは旦那様からだったのに……どういう事なのだろう?
私は嫌な思考に支配されそうな頭の中を振り切るように、無理やり眠りに就いた。
しばらくは眠れなかったものの心は思いの外疲れ切っていたようで、気付いたら朝を迎えていたのだった。
しかし翌日もその翌日も、旦那様とお会いする機会はほとんどなく、話を聞こうにも聞けず仕舞いで心は晴れないまま日々は過ぎ去る。
心にはどんどん不安が降り積もり、それは胸にべっとりとこびり付いたまま、式の日を迎える事となった。
~・~・~・~・~
この国には大聖堂というとても大きな聖堂が建てられていて、この国の象徴とされていた。
王族や公爵位の者だけが式を挙げる事を許されているので、今回私達の式もそこで挙げる事となっている。
私は控えの間で一人真っ白なドレスに身を包み、呼ばれるのを待つのみとされていた。
今日はお兄様がくるはず。
ヘマをしないようにしないと。
それにしても素晴らしいドレスだわ……私のサイズなど分からないはずなのに、ここまでピッタリのドレスを用意できるなんて凄い。
腕はベルスリーブの形、ドレスはAラインに後ろがバッスルラインになっており、裾にはふんだんにレースや宝石が散りばめられていた。
見た目が地味な私でも本物のプリンセスになれそうなほど、ゴージャスなドレス。
鏡に映る自分を見て、思わず声が漏れてしまう。
「まるで自分じゃないみたい」
「本当にそうですわね。馬子にも衣裳とはよく言ったものですわ」
突然後ろから声がしたので振り返ると、そこには数人の貴族女性が立っていた。
「どなたでしょう」
「あら、プリンセスはご自分の嫁ぎ先の情報など頭に入っていないのかしら?」
女性たちの中心にいる、薄いアクアブルーの髪の女性が上から見下ろすようにそう告げた。
髪を縦ロールに巻き、大きな釣り目は蔑みの色を大いに含んだ視線をこちらに向けている。
この目は知っている……よくお姉様たちに向けられていたから。
「あなたがレブランド様の幼馴染でいらっしゃるヴェローナ様かしら?」
「まぁ!知っていらしたのね。そうですわ、私が彼の婚約者となるはずだったヴェローナ・ザックハート……私から彼を奪っておいて、よくもそんな涼しい顔ができたものですわね」
「私は奪ってなど……!」
「昨夜もレブランドは私のもとへ来て慰めてくださったの……結婚出来なくてすまない、と」
「そんな……ウソ…………」
私はだんだんと呼吸が浅くなっていくのを感じ、頭が真っ白になっていく。
侍女が話していたのは本当だったという事?
ううん、本人から聞くまでは信じないわ。
彼から縁談を申し込んでくれた、その事だけは事実だもの。
必死に自分に言い聞かせているところに、ヴェローナ様の取り巻きが次々に衝撃の言葉をぶつけてくる。
「あなた様が来なければ閣下とヴェローナ様が結婚するはずでしたのよ!」
「家同士もそれで合意していたのに」
「盗人猛々しいですわ」
何を信じればいいか分からなかった私は椅子から立ち上がり、その場を後にした。
後ろからヴェローナ様が何かを叫んでいる。
「賭けもあって断れなかった事も知らずに、可哀想なお人!!」
賭け?
何の事――――?
もう訳が分からず、とにかくレブランド様にお会いして真実を確かめようと彼の姿を探した。
そして私の控えの間に行こうとしていたオーリンとぶつかり、驚かれてしまう。
「カタリナ様!もう式ですがどちらへ?!」
「オーリン……お願い、どうしてもレブランド様とお会いして聞きたい事があるの。案内して」
「え……っと…………承知しました!」
オーリンは明らかに私の様子がおかしいと感じ、レブランド様の控えの間へと連れて行ってくれたのだった。
扉の前に立った時、中から声が聞こえてくる。
ほんの少し扉が開いていた為、否応なしに中の話し声が聞こえてきてしまったのだ。
「本当に勝つとは思わなかったよ」
勝つ?
この声は聞いたことがあるわ。建国祭の時にご挨拶を交わしたこの国の王太子殿下……確かレブランド様と仲が良くて、この国に到着した時も王太子殿下に呼び出されたと仰っていた。
殿下との会話を邪魔する事は出来ないわね。
少し冷静になった私はその場を後にしようと思った。その瞬間。
「私は彼女に縁談を申し込み結婚する事に成功しました。この賭けに勝ったのだから、約束は守ってもらいますよ、殿下」
レブランド様のお言葉にその場から動けなくなってしまう。
やはりこの縁談は賭けの為に申し込まれたものだったというの……チラリとオーリンの方へ視線を泳がせると、オーリンは顔を真っ青にしていた。
どうやら彼女は全く知らなかった様子だ。
「分かった分かった」
王太子殿下がレブランド様を宥めるように言葉をかける。
「お前は硬いな」「お前がそんなに必死になるとはな」「賭けに勝ったんだからもう少し喜べよ」
ご友人たちもレブランド様に笑いかけながらそう言っていた。
賭けは本当だった。勝利によって何を約束していたのかは分からないけれど、彼が自分に結婚を申し込んだのはそういう理由からなのだ。
自分への好意などではなく、賭けの対象にされていて、それを知らないのは自分だけだった事実に打ちのめされていく。
私は足音を出さないように控えの間へと戻っていった。
戻る途中、オーリンが「旦那様は本当にカタリナ様がいらっしゃるのを楽しみなさってました!」とか「あんなのは嘘です!何か理由があるはずです!!」と一生懸命言っていたけれど、もうどうでもよくなっていく。
求められて結婚したのだと思っていた。
あの時の素晴らしい夜は全て偽りだったというの?
でも私はレブランド様が本当に好きで、この結婚はあのお母様も喜んでいたし……レブランド様も賭けに勝てたのなら少なからず嬉しいはず。
そう思ってみても虚しさは増すだけだった。
式の途中、私の様子がおかしいと思ったレブランド様に、顔を覗き込まれ「大丈夫か?」と、とても心配されてしまう。
そんな顔を見せてくれただけで喜んでしまう自分が恨めしい。
こんな時でも彼が不誠実だとは思えない。
レブランド様の事は本当に大好きだけれど、彼には本当に結ばれるはずだった方がいたから――――
初夜を最後の思い出に邸を出よう。
透明人間になればいい。私の事など存在もしていなかったように。
この国を出て、遠い異国で一人で生きる……私がいては誰も幸せにはならないのだから。
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