10 / 36
四年半ぶりの
しおりを挟む「かぁさま、おいしいね!」
「ふふっ。そうね。あ、お口についてるわよ」
「んむぅ」
「うふふっ」
口回りについたソースを拭いてあげると、アルジェールの口から可愛らしい声が漏れた。
毎日、ずっと見ていても飽きる事はない。
この子の存在のおかげで、今の私がある。
愛する息子とリイザさんの息子のラルフと一緒にサンドイッチを頬張りながら、騎士団がやって来る日はいつなのかとか色々と考えを巡らせていた。
騎士団のメンバーと会うのも避けたいくらいなのに……もし結婚式の時の私を覚えている方がいたらバレてしまう。
そしてレブランド様に報告されてしまうかもしれない。
私の事は構わないにしてもアルジェールの事だけは知られたくはなかった。
私とレブランド様の間に生まれたこの子の存在を知れば、どうなるか――――
「かぁさま、これもあげる!」
「ありがとう。アルは優しい子ね」
「んふふっ。かぁさま、だいしゅき!」
「私も大好きよ。愛してる」
「おいおい、俺の存在をすっかり忘れて、二人でイチャイチャするなんて妬けるなぁ」
「やける?パンやくの?」
ラルフの言葉を勘違いしたアルジェールが、完全にパンを焼くと思っているのか顔を輝かせている。
「アルは本当にパンが好きね」
「ラルフのパンすきぃ!」
「あははっ!ありがとう、アル」
私の天使。
穏やかな日常。
レブランド様の話を聞いた時、一瞬ここから逃げる事も考えたけれど、アルジェールへの負担とこの村には多大なご恩がある事を考え、何も言わずに去る事は出来ないと考え直した。
それにこんな辺境に王国の騎士団が足を運ぶとも思えない。
油断はしてはいけないと思いつつ、少しの間だけやり過ごせばいいのだから。
「よし、じゃあ沢山食べたからしっかり昼寝するんだぞ」
「あい!」
「ありがとう、ラルフ」
「礼なんていいんだよ。じゃあ店に戻るから」
「ええ。寝かしつけたら私も店に戻るから」
ラルフは手を振りながら部屋を出て行ったのだった。
「アルはラルフと仲良しね」
「ラルフ、にぃちゃだといいなぁ」
「お兄ちゃんか……あなたがそう言ってるのを知ったらきっと喜ぶんじゃないかしら」
「ほんと?!わーい」
「ほらほら、興奮すると眠れなくなるわよ」
「あい!」
「まったくもう……」
そんな可愛い返事で誤魔化そうとしたって……何でも許してしまいそうになるわね。
こんな風に健やかに育ってくれた事を神に感謝したい気持ちだ。
私はアルジェールをお布団に寝かせ、子守歌を歌いながら、彼の背中を撫でた。
ゆっくり、ゆっくり撫でていき、だんだんとアルジェールがウトウトし始めてくる。
眠りに落ちそうになりながら、ふとアルジェールが呟いた。
「かぁさま……とうさまは、どこにいるの?」
「………………」
「どうして、ぼくのとうさま、ないないの……」
「アル、とうさまはね……」
「ぼくもとうさま、ほしぃ――……」
そのまますぐに眠りに落ちてしまったようだ。
ごめんなさい、アルジェール。
あなたのお父様はとても素晴らしいお方で、素敵な方で、私には勿体ない方で……だからこそ一緒にはいられなかった。
レブランド様には結婚する予定だったヴェローナ様がいらっしゃったから。
あの邸では私こそが邪魔者だったのだもの。
いつかは会わせてあげたい。でも今は……もしこの子の存在が見つかれば、きっと公爵家にとって面倒事が増えてしまうでしょう。
レブランド様とヴェローナ様との間に男の子供がいて、アルジェールが後継ぎ争いに巻き込まれる事になるのは避けたい。
彼に子供がって考えると未だに胸が痛むけれど……もう忘れないといけないのに。
私にはアルジェールがいる。
最悪命を狙われる事になったら、この身に代えてもこの子だけは守るわ。
とにかく騎士団がこの国にやって来たら数日間、パン屋をお休みさせてもらって自宅にこもっていよう。
そう思っていた。
アルジェールと共にうつらうつらしている私の耳に、外から村人の声が聞こえてくる。
「お――い!ジグマリン王国からの騎士団がやってきたぞ!!」
「?!」
すぐに目が覚め、窓から外を眺めた。
村人の男性が皆に知らせるように手を振り、村の入り口付近を見ながら興奮している。
どうして――――本当にこんな辺境の村に、王国の騎士団が?!
ふと振り返るとまだアルジェールは眠りに就いたばかりという事もあって、スヤスヤと眠っている。
ホッと胸を撫でおろし、足音を立てないように部屋を後にした。
階下に下りていくと、店の中にいる人々も騎士団の登場に物凄く興奮している。
「カタリナちゃんも見に来たのかい?騎士様たち凄いカッコいいよ!」
「え、ええ。そうですね」
近くにいたマージュさんというおばさまが興奮気味に声をかけてくれた。
私はすっかり動揺してしまって、声が上ずってしまう。
「ちょっと外へ見に行こうよ!」
「え?私はちょっと……」
「いいからいいから!」
アルジェールを置いてきている事が気になって仕方なかった私は、近くにいたラルフにアルジェールをお願いし、ほんの少し人ごみに紛れて見に行く事になったのだった。
日除けのフリをしてショールで頭を隠しながら、一番後ろの方から騎士団が通り過ぎていくのを眺める。
騎士団はパン屋の前の大通りを通っていて、人々は左右に分かれ、騎士達が通るのを大歓声で迎えていた。
ジグマリン王国には第四騎士団まであり、全てを束ねているのがレブランド様だった。
周りの人々の話では、今回ここに来ているのは第一騎士団らしい。
レブランド様の姿が見えなくてホッとする……ほんの少しだけ残念な気持ちがあるのは、私自身の未練ね。
この気持ちは胸にしまっておこう。
そしてパン屋へ戻ろうとした瞬間、村人から悲鳴のような声が上がる。
「きゃ――っ!騎士団長様が来ているわ!」
「「わぁぁぁぁ!!」」
村人たちは大歓声を上げ、ジグマリン王国騎士団長を歓迎した。
その歓声に心臓がドクドクと脈打つ。
ゆっくりと振り返り、その姿を遠くから捉える。
あの子と同じ、漆黒の髪……少し伸びたようにも見えるわ。
でもあの頃のように無造作だけれど彼の野性味と精悍さを際立たせている。
そして太陽のようなオレンジ色瞳。
あれから四年半も経ったのに、たった一瞬で心が逆戻りしていく。
レブランド様――――
でも彼の為に自分から去ったのだから、絶対に見つかるわけにはいかない。とくにアルジェールを彼に会わせるわけにはいかないもの。
そう思っていたのに、ふと視線を泳がせるとラルフがアルジェールを肩車している姿が目に入ってきたのだった。
262
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
婚約者は嘘つき!私から捨ててあげますわ
あんり
恋愛
「マーティン様、今、わたくしと婚約破棄をなさりたいと、そうおっしゃいましたの?」
愛されていると信じていた婚約者から、突然の別れを告げられた侯爵令嬢のエリッサ。
理由も分からないまま社交界の噂に晒され、それでも彼女は涙を見せず、誇り高く微笑んでみせる。
―――けれど本当は、あの別れの裏に“何か”がある気がしてならなかった。
そんな中、従兄である第二王子アダムが手を差し伸べる。
新たな婚約、近づく距離、揺れる心。
だがエリッサは知らない。
かつての婚約者が、自ら悪者になってまで隠した「真実」を。
捨てられた令嬢?いいえ違いますわ。
わたくしが、未来を選び直すの。
勘違いとすれ違いから始まる、切なくて優しい恋の物語。
私たちの離婚幸福論
桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる