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恋人らしい1日 1
目覚めるとヴァレリオ様はすでに帰っていて、背中を見送る事も出来なかった。
あの背中を見ると胸がしめつけられるけれど、また10日後に、と言葉を交わすと約束をしたみたいで安心するのだ。
情を交わしてはいけない。
恋などもってのほか。
頭では分かっている。
でもどうしようもなく彼を求めてしまう自分もいる。
あんなに美しい侯爵閣下が自分だけを求めてくれるなんて夢のようで――――
社交界で会った事はなかっただろうかと思い返すけれど、あまり社交界に積極的ではなかったので、ほとんど参加していなかった。
たまに参加しても少し挨拶をして、お話して帰る程度。
夜会はイヤな記憶でしかないのだから、覚えているわけがないのよね。
「はぁ…………10日が長いわ。ヴァレリオ様……」
閣下の名前を口にして、毛布にくるまる。
私が妻だったら良かったのに。
邸で彼を待ち、一緒に食事をとり、夜はあの大きく優しい手で包まれ、愛され、体中彼の痕を刻まれる。
そんな存在だったら……私を抱いた足で奥様のいる邸へと帰っている彼の背中を思い出し、心が切り刻まれていくようだった。
ダメよ、深く考えては。
初めて感じるこの気持ちを持て余しながら、重い気持ちを奮い立たせて体を清め、サロンへと向かった。
そこにはいつものようにマリエッタ姐さんが座っていたので、向かいに腰をかける。
「おや、お姫様はお目覚めかい?」
「姫だなんて、やめてください」
「あれほどの大貴族を相手にしているんだ、姫だろう?昨夜も激しかったみたいだね」
「え……」
「まったく。痕が隠し切れてないよ」
姿鏡を見てみると、指摘されたデコルテ部分に幾つもの痕が残っていた。
恥ずかしい……咄嗟に隠そうとしてみたものの、首まで付いているので今は隠し切れなさそう。
こんなところまで付けているなんて。
恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになる。
「あの侯爵様も隅に置けないねぇ。早く身請けしてくれりゃいいのに」
「……きっと奥様を大事になさっているのです」
自分の言葉に傷付くなんて、バカみたいだわ。
「バカだね。だったらその愛妻とやらから奪ったらいいじゃないか」
「え?でも、それは……」
「お綺麗な貴族令嬢ならそんな事は出来ないだろうけど、あたしらは娼婦だ。失うものなどないだろう?」
「………………」
相手は本当に見ず知らずの令嬢なら、きっとそんな気持ちにはならなかった。
でもシュレーブス公爵家の令嬢である事に心を揺さぶられてしまう。
その令嬢に何の罪もないのに?
戸惑う私に姐さんが、さらに言葉を重ねていく。
「まぁ、あたしはあんたの気持ちを大事にしてほしいと思っているだけさ。情を交わすなと言ったけど、どうしていくのかも全部あんたの気持ち次第……自分で後悔のないように動くんだよ」
「はい、ありがとうございます」
後悔のないように。
その言葉は確かに私の心に刻まれていった。
お父様を騙し、全てを奪ったシュレーブス公爵に復讐したい。
でもその為に罪のない人を不幸にしていいのかという迷いがある。
私がしたいのは……ただ、この心に芽生えた閣下への気持ちを大事にしたいという事だけは確かだった。
その先に何が待っているかは分からないけれど。
そうこうしている内にまた次の”10日後”が訪れ、昼間は受付をしながら慌ただしく動いていた。
そして一人の貴族男性が昼間から酔っ払った状態で店に入ってくる。
「やぁ、君は……あまり見かけない顔だな。名は何と言う?」
「ミリタニーと申します。ジェスター子爵」
この男性は常連客で、イヌマリエル・ジェスター子爵。
ここでは評判が良くない客として有名だった。
どうしよう、このお客様の相手はした事がなかったわ。
酔っぱらっているし、マリエッタ姐さんを呼ぼうかしら。
しかし子爵の手が伸びてきて、私の腕を掴み、その場から動けなくなってしまう。
「今日は君でいい。私の相手をしてくれ」
「申し訳ございません。私は専属の方がいらっしゃいますので、それは出来かねます」
「なに?」
「私は……」
「娼婦ごときが私の要求を聞けないというのか?!」
突然激昂し始めたジェスター子爵に、奥からマリエッタ姐さんや他の姐さん達が飛んでくる。
私は何が起きているのか分からず、その場で固まってしまっていた。
「お客様!いかがなさいました?!」
「この女が私の指名を断ったのだ!どういう教育をしている?!!」
「申し訳ございません、ミリタニーは……!」
マリエッタ姐さんが色々と説明をしてくれている間も、子爵は腕を離してくれない。
強く握られ、だんだんと手の感覚がなくなってくる。
とにかく腕だけでも離してほしい……!
そう思った瞬間、
「その汚い手を離すんだ、ジェスター子爵」
まだこの時間にいるはずのない人が店の入り口に立っていた。
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