独り身オメガに幸せを

蒸しケーキ

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デート

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 うーん、ちょっと張り切りすぎかも。でも一応瑠夏にも見てもらったし、服装はこれで大丈夫なはずーーたぶん。

 空を見るとちょうど、太陽が雲に隠れ、柔らかな日差しが肌を撫でる。時計を確認すると、待ち合わせの場所には予定より十五分ほど早めに着いてしまった。

 それにしても瑠夏と母さん意外の人と出かけるなんて何年振りだろ...。

 空から目を離し、ふと視線を落とそうとしたその瞬間、ふわっと甘い香りが鼻を掠めた。香りのした方を見ると、小走りでこちらに向かってくる爽やかな青年の姿が目に入る。

 服装は黒のワイドパンツに皺ひとつない白シャツ。足元の靴はシンプルで動きやすそうなスニーカーを履いていた。

 モノトーン調でまとめられた服装は飾られてはいないけれど、洗練されていて、内心ほっとした。もっと気合いの入った格好で来られたら、こっちが気後れしていたかもしれない。

 もしかして俺に気遣ってくれたのだろうか...?

 髪は無造作にセットされており、金色の髪と整った顔立ちも相まって、まるで雑誌のモデルのようだった。白シャツから覗かせる肌が妙に色っぽく見えたことは、俺だけの秘密だ。

「葵さん!お待たせしてしまってすみません!!今日はありがとうございます!デートめちゃめちゃ嬉しいです!!」

 やや息を切らしながら、目の前で九十度の角度で頭を下げるその姿は、微笑ましくも眩しく感じた。ちなみにこの青年は俺の運命かもしれない相手だ。

 思わず周囲の人からは「何あの子かわいい~」「初デートかなぁ??」なんて声が聞こえてきた。

 視線は明らかに俺たちに痛いほど注がれているのが分かった。

 ここはスマートに大人な対応を見せなければーーー

「こちらこそ、貴重な休みをありがとね」

 平静を装い、優しく微笑みかける。

「いえっ!でもまさかほんとに来てくれるなんて思わなくて....夢見たいです....」

 照れたように頬をぽりぽりと掻く仕草が、年相応の子で少し安心する。

「そんなに?じゃあ今日は目いっぱい楽しもうね。美園君」

「蓮!蓮って呼んでください、いや呼んでほしいです......ダメですか??」

 子犬のような愛らしく、キラキラとした眼差しで見つめられたら断るのが申し訳なくなるだろ...。

 断ったらしゅんとなってしまうのは目に見えてるしーーーはぁ、俺が折れるか。

「分かったよ。でもまだ蓮君でいいかな?」

「っ!?はいっ!全然!!むしろ伸びしろがあって、えへへ.....なんか嬉しいです.....」

 胸がぎゅん、と鳴った。

「可ーーー」

「か.....??」

「いや、なんでもない......」

 危ない危ない、つい可愛いと言ってしまうところだった。蓮君は瑠夏と同い年の子なんだ。子ども扱いされたらきっと嫌な思いをするはず。

 ......にしてもたかが名前呼びであそこまで喜ばれると、こっちまでむず痒い気持ちになる。

「じゃあ俺、チケット買ってきますね!!葵さんは待っててください!」

 ぴゅーっと勢いよくチケットの受付に走っていく蓮君の後ろ姿を目で追いながらつい、吹き出しそうになってしまう。

 .....まるで大型犬だな。髪も明るい金髪だし、コロコロ変わる表情。見た目も性格もゴールデンレトリバーがちょうどいいだろう。心の中でうんうんと頷く。

 さて、どうして俺がそんな大型犬と水族館デートに来ているのかーー理由を語るには、時は少々遡る。

***

「俺は美園君は.....年齢関係なくって言うなら、うーん.....」

 俺は瑠夏の唐突な言葉に、腕組みをしながら真剣に考える。

「じゃ、じゃあさ。二人で会えるか、会えないかで言ったら??」

「会えなくはない.....かな?」

「ほんとっ!?そしたらさ今度の日曜日、母さんと蓮で遊びに行ってきてほしいな!」

「......なんて??」

「蓮が水族館行きたいんだって!」

「それ、別に俺とじゃなくてもーー「母さんとじゃないとダメなの!!ね?お願い!!」

 瑠夏の必死過ぎる眼差しに、俺は思わず「はぁ~...」と大きく息を吐いた。

 しょうがない。これも瑠夏なりの気遣いだろうな。一回ぐらいなら付き合ってやるか。

 俺が「いいよ」と、ひと言いえばそこからはとんとん拍子で話が進んでいき、気づけば今日、水族館に来ていた。

 若い子の行動力ってほんと、すごいな。

 俺も昔はどうだったかなぁ。あぁでも、瑠夏を産んだってことに関しては行動力があるって言えるかも......そう考えると、あの時の自分も若かったんだなと、自然と口元が緩む。

「お待たせしました!!」

 蓮君がチケットを手に小走りで戻ってくる。もっとゆっくり歩いてくればいいのに。と思うが胸の内に留めておく。

 息を弾ませながら俺の前に立った後、ふと鼻をすんすんっと動かして、俺に顔を近づけた。

「...あれ?何かいいことでもありましたか??」

「え??なんでそう思ったの?」

「うーん...なんか葵さんからお日様みたいな匂いがしたから、かな?」

「お日様??」

 俺には分からないが、どうやら俺の機嫌がいいのが、匂いに出ている...らしい。蓮君の本能かなにかなのだろうか。

「それより!早く中入りましょ!?」

 蓮君はさりげなく俺の手を取ってくる。指先だけだったのが、いつの間にかしっかりと手のひらを絡めてくる。

 あれ?初々しいと思ったんだけど、案外こういうの、慣れてる?そんな俺の疑問はよそに、蓮君はかなり楽しそうだった。

「わぁ!!見てください!!でっかい水槽ありますよ!!」

 大きな水槽の前で蓮君が目を輝かせながら言った。俺たちは手を繋いだまま、水槽のガラスに近づく。光に照らされて泳ぐ魚たち。ゆらゆらと波のように揺れる水の中を、サメが悠々と泳いでいる。

「俺、サメ好きなんですよね...葵さんは何が好きですか?」

「俺は...エイとかクラゲかな??」

「えっ、なんでですか??」

「エイは単純に裏側が可愛いくない?あの笑ってるみたいな顔がさ。クラゲはね、ぷかぷか浮いてるのを見るとなんか落ち着くんだよね」

「ふふっ、確かにちょっと分かるかも。じゃあクラゲの所行きましょ?」

 そのまま蓮君に手を引かれてクラゲの展示コーナーに向かった。握っている手はいつの間にか恋人繋ぎに変わっていた。

 最初は人の目とか気になるかな、とかちゃんと蓮君と楽しめるかな、なんて思っていたけど...全部俺の杞憂だったみたいだ。

 クラゲのようにゆっくりと心が浮かんでいく。じんわりと胸の奥が温かくなっていくのが分かる。

「クラゲ確かに可愛いですね」

「でしょ?可愛いよね」

「葵さんも可愛いです」

「......こら大人を口説くんじゃありません」

 危ない、鵜呑みにするところだった。こんな俺と付き合って、万が一蓮君の未来を潰してしまったらどうするんだ。それに番も恋人も、俺にはいらない。必要ないんだと自分に言い聞かせる。

「そろそろショーが始まるからそれ見に行こうか」

「そうですね!行きましょう!!」

 ショーの席をどこにしようか悩んでいると「前に行きましょう!!」と半ば強引に手を引かれた。これ濡れるやつなんじゃ......

 蓮君の方に視線を向けると「ん?なんですか?」と白々しい態度をしていたけど、絶対これ確信犯だろ。

 ショーが始まるとセイウチやアシカ、ペンギンまで出てきて、「あれ?今ってイルカ以外にも出てくるんだ」と少し驚かされた。終盤になってイルカたちが登場したと思ったらーーなんとくじらまでいた。

 思わず蓮君に「くじらがいる!」とはしゃいでしまい、少し恥ずかしかった。この時はすっかりくじらに気を取られ、濡れるなんてことは完全に頭から抜け落ちていた。

「それじゃあ最後は大きいジャンプで!!皆さんとお別れしたいと思います~!ジャンプが成功したら皆さん拍手でお願いします~!」

 飼育員さんの掛け声と同時に、イルカたちは一斉に水中へ潜った。そのまま勢いよく水面から飛び出し、高くジャンプ。そして全身をしならせながら、水面にドンッと落ちた瞬間ーー

 豪快な水飛沫が上がり、俺たちの席に盛大に降り注いだ。

「......うわっ!?」

 俺も蓮君も見事にずぶ濡れになっていた。

「皆様拍手ありがとうございまーす!!前列にいらっしゃる勇気あるお客様にも拍手をお願いします~!!」

 って、それ俺たちじゃん。なぜか観客の視線と拍手が俺たちに向けられていて、あまりにもおかしくて、つい「あははっ!」と声を上げて笑ってしまった。

 びしょ濡れにはなったけれど、それすらも楽しくて、俺たちはそのまま笑い合いながら水族館を後にした。近くのファミレスで夕飯を済ませる頃には、もう二十一時を回っていた。

 俺の方が年上だし、蓮君の家まで送るつもりだったのに、「俺に送らせてください!」と断固として譲らなかった。結局、俺の最寄り駅まで送ってもらうことにした。

「は~、今日の水族館楽しかった。あんなに笑ったの久しぶりだよ」

「ほんとですね、やっぱり葵さんは笑ってる方が素敵です。」

「......ダメだよ。そういうのは好きな子に言わなきゃ」

「好きだから、葵さんを口説いてるんですよ。それのどこがダメなんですか??」

 その言葉と同時にするっと自然に手を絡められる。つなぐというより、包むように指先を絡められて。そしてそっと手の甲に軽くちゅっとキスを落とされる。

 じっとこちらを見つめてくる瞳が熱を帯びていて。そのままでは目を逸らしたくなるくらい、真剣だった。俺はそれに耐えかねて視線を逸らす。

「蓮君、君は俺以外の素敵な人と結ばれるべきだよ。こんなおじさんと付き合ってもメリットなんて一つもないよ」

「大丈夫です、葵さんは素敵です。俺にはもったいないぐらい。メリットなんて求めてないです。葵さんといれたらそれだけで十分です」

「葵さんが恋愛を怖がっているのは、分かってるつもりです。歳の差とかもあるから余計にっていうのも」

「だったらーー」

「でも俺のこと......もっとちゃんと考えて欲しいんです。きっかけは運命だったかもしれないけど、俺、葵さんと一緒にいたいって気持ちは、嘘じゃないよ」

「俺に、こうされるのは嫌ですか??」

 なんとなく蓮君の匂いが強くなった気がした。それにしても聞き方がずるい。

「嫌......では、ない」

 そう俺が答えた瞬間だった。蓮君は俺の後頭部をそっと抱き寄せ、唇を重ねた。ふいに触れた熱に、頭が真っ白になる。

 けれど、その温度は柔らかくて、思っていたよりもずっと優しかった。

「俺、もっと頑張りますね!おやすみなさい。」

 蓮君はいたずらが成功したように小さく笑ってそう言うと、背を向けて歩き出す。俺は、その場からしばらく動けなかった。

 胸の奥が、じんじんと熱を持っていた。俺はこれからどうすればいいんだろう...









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